PROFILE: 千石あや/中川政七商店社長

奈良を拠点に老舗の枠を超えた挑戦を続ける中川政七商店が今、注目を集めている。享保元年(1716年)創業の麻織物商として創業した同社は、2007年にビジョン「日本の工芸を元気にする!」を掲げて以降、07年に15億円だった売上高は25年には92億円に、店舗数は16から67に増えた。事業は工芸をベースにしたSPA事業に加えて、工芸メーカーの経営再生支援を目的としたコンサルティングや教育事業、販路支援を目的にした合同展示会や工芸アワードなど多岐に渡る。これまで協業した工芸メーカーは2000社。コンサルティングや講座を通じて740社をサポートしてきた。小規模事業者のコンサルティングや「地産地匠アワード」など収益性が低いように見受けられる事業も、その背景には仕事の原理原則「ビジョン51%、利益49%」を社員全員が共有し、利益よりもビジョンを優先する独自の経営哲学がある。25年8月に環境や社会に配慮した公益性の高い企業に与えられるBコープ認証を取得した際も「ビジョンと仕事が直結する企業文化」と独自のビジネスモデルそのものが評価された。「全ての事業はビジョンのためにある」と語る千石あや社長に、その信念と組織づくりについて聞いた。(この記事は「WWDJAPAN」2025年11月3日号からの抜粋・加筆しています)
WWD:Bコープ認証取得にあたり「ビジョンと仕事が直結する企業文化」が評価された。ビジョンドリブン経営でビジョンと利益のバランスの見極め方とは?
千石あや社長(以下、千石):仕事の原理原則に「ビジョン51%、利益49%」を掲げ、徹底している。シンプルだが、何度も繰り返し伝えている。年に2回実施している人事考課では「マインド」と「スキル」の両面で自己評価と上司評価を行っているが、その「マインド」の項目の一番上に「ビジョン51%、利益49%で自分の仕事を進められたか」を据え、振り返りの機会がある。また、年1度の社員総会「政七まつり」ではそれぞれのビジョンへのベクトルをそろえるため、自分の言葉でビジョンや仕事について考え、仲間と共有し合う機会にしている。利益追求だけでは駄目だし、ビジョンに逃げても駄目。「ビジョンと利益のバランスは限界まで拮抗させよ。その上で必ずビジョンが勝つことが大切」と伝えている。皆が日々の業務の中で折に触れてビジョンを意識し、自分の仕事と照らし合わせて考えるだけでも大きな効果がある。

WWD:一つの事業・部署単位で必ず利益を出すことは難しいのではないか。
千石:全社最適を徹底している。最終的にマネジメント層の合意形成ができれば、個人評価にひもつかずに進めることができる。「なぜやるのか」「どんな成果を期待しているのか」「何を目指すのか」。その目的をしっかり共有した上で、たとえ今期や来期に利益が出なくても、それを会社全体で支える―そういう価値観を持った会社でありたいと考えている。
もちろん引き際の判断も同じくらい重要だ。ベンチャー企業などでは「何年以内に利益率がこれだけでなければ撤退」といったルールを設けているが、当社にはそうした厳密な基準はなく、プロジェクトごとに丁寧なコミュニケーションを重ねることを重視している。
WWD:数年かけて形になったプロジェクトはあるか。
千石:合同展示会「大日本市」(2011年に4ブランドから始まり、11回目の25年9月には101ブランドが出展)は、まさにその考えを体現している。展示会ビジネスとして見れば、利益が出ない年もあるが、そもそも展示会ビジネスとして捉えていない。販路提供の一つであり、メーカーが「大日本市」をきっかけに新商品を企画するなど生産サイクルを回したり、ブランドを育てようという意志が育ったり。短期的には見えにくいが、実際には非常に多くの価値を生み出していると感じている。
WWD:ビジョンを策定したカリスマ経営者の中川淳氏が今年、退任した。変化はあったか。
千石:私たちのビジョンがブレずにいれば、変わらないし、私たちの判断は中川と一致していると思っている。中川の最も大きな功績はビジョンを策定し、それを浸透させたこと。彼は、判断の速さやビジネスモデルをつくるアイデアといった属人的な能力は高いが、そもそも彼もビジョンドリブンで判断していた。つまり彼自身の意志どうこうではなく、「ビジョンのために何が最善か」を考えて行動してきた。彼が 「会社の利益ではなく、工芸の利益を優先する」と明言してきたことはすごいことで、それを今も貫き「自社のためだけじゃない」とオーナー自らが言い切るのは、なかなかできることではない。だからこそ現経営層が判断できている。
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