中川政七商店は9月3日、2024年から同社が主催するデザインアワード「地産地匠アワード2025」の授賞発表式を東京ポートシティ竹芝で開催した。同アワードは「日本の工芸を元気にする!」をビジョンに掲げる中川政七商店がものづくりの新たな循環を目指す取り組みで、産地のメーカー(地産)と地域のデザイナー(地匠)が協働して生み出すプロダクトを募集し、受賞後の販路まで支援するもの。受賞した製品は10月23日から「中川政七商店 渋谷店」や「ニュウマン高輪店」などの直営店とオンラインショップで販売する。
審査員は手工業デザイナーの大治将典Oji & Design代表、長田麻衣SHIBUYA109エンタテイメント SHIBUYA109 lab.所長、クリエイティブディレクターの坂本大祐オフィスキャンプ代表社員、矢野直子・積水ハウス業務役員兼デザイン設計部長が務めた。
「一番安い工芸」を100年売り続けるためのデザイン
プレエントリー112点、本エントリー69点からグランプリに選出したのは廣箸の2代目中磯まき子社長と菅野大門「A4/エーヨン」主宰による吉野檜の「大門箸」(奈良県)だった。製品の完成度に加えて地域と環境、文化を包括的に考えたアプローチと、デザイナーがメーカーに深く入り込み情熱を注いだ姿勢が高く評価され、満場一致での受賞となった。
開発に要したのは約2年。箸先を極限まで細くすることで料理の繊細な味わいを引き立たせる非対称の美しいデザインが特長で、無塗装の白木が持つ清らかな香りや軽さを活かした。半年から1年程度の耐久性があるため “使い捨てない使い捨て箸”を提案する。また、原料は林業で生まれる端材を活用しており、割り箸は山を維持するための間伐にも一役買っていることもアピールした。
廣箸はこれまで数社の問屋を介して割り箸を卸していたため、価格交渉が容易ではなかった。一方、自社ブランドとしての流通を目指す「大門箸」は、すでに小売店や飲食店、懐石料理店と直接取引を開始しており、収益向上による事業の持続性が期待できる。菅野は製品生産を始める前に、自主的に巻取り作業と機械化や帳簿・請求書のデジタル化、トイレや事務所改修、輸送効率改善など会社の基盤を整え、また、将来的に丸太から買って芯材は建材として端材を箸づくりに生かすことも提案しているという。単に割り箸をデザインするだけではない活動が目を引く。菅野は「『大門箸』は“日本で一番安い工芸”だと思っている。機械生産とはいえ自然のものを扱いその大部分は人の手によってつくられている。500年続く林業と日本の食文化に根付いている道具を広い目で見ると工芸と呼べるものではないか」と語る。
奈良・吉野は良質な杉や檜を育む500年の林業の歴史を背景に日本一の割り箸の産地だったが2000年代以降、安価な輸入品に押され国内生産は衰退し、技術継承も危機に瀕している。
審査員を務めた大治将典は「箸は一生物でも使い捨てでもなく、適切なタイミングで取り換えるのが理想だと『大門箸』は改めて教えてくれる。素材は建築用材を製材した際に出る外側の木片で、有効活用されることが少ない部位。ちょうどよい寿命を持つ箸は、吉野ヒノキの生態系サイクルを支え、日本が大切にしてきた“適切な更新性”という美徳を体現する道具でもある。こうした循環を前提にした道具こそ本当のラグジュアリーといえるのではないか」とコメントを寄せた。
「久留米絣」の特長を最大限に生かしたバッグ
準グランプリは下川織物の下川強臓三代目当主とHana Material Design Laboratoryの光井花テキスタイルデザイナーによる久留米絣を用いた「KOHABAG」(福岡県)を選出した。デザイナーと職人のタッグのバランスを高く評価した。
光井は先染めの織物「久留米絣」の染め分けた糸を用いて文様を表現する製織工程で生まれる柄のズレを錯視効果として捉えたオリジナル柄「Optical illusion Ikat」を考案し、バッグに仕立てた。約38cm幅の小幅生地を無駄なく活用し、どの柄や色でも魅力が映えるようなシンプルで機能的なデザインに仕上げている。光井は今後も久留米絣のテキスタイル開発を続けるという。単なる伝統工芸として保存するのではなく、現代のライフスタイルに合わせて再解釈し、新しい価値を創造すること、また属人的にならず、工芸の存続を見据えていることにも言及した。
審査員を務めた坂本大祐は「つくり手とデザイナーの筋の良さを強く感じた。着物の幅がそのままバッグになる明快さと自分たちを超えて産地全体をも見据えたあり方に感銘を受けた。テキスタイルのユニークさにもこのタッグの良さが現れていた。伝統柄の素晴らしさは言うまでもないが次代の伝統柄になりえるものづくりに取り組む気概を感じるテキスタイルだった」とコメントした。
優秀賞はユニバーサルデザインのインナーと長く寄りそう軍手
優秀賞には石川メリヤスの3代目の大宮裕美社長とRosey Aphrodinaの久保田千絵デザイナーによる「三河軍手」(愛知県)と、アイソトープの浅田好一デザイナーとユニバーサルファッション協会の川村岳彦、錦織悦子、佃由紀子、東京都立産業技術研究センターの加藤貴司による「スパイラルインナー」(大阪府)を選出した。
「三河軍手」は使うほどに愛着が深まり、長く寄り添う軍手を提案。原料は「特紡糸」は三河地方の市場に出せない「B格」のワタを紡いたリサイクル糸にポリウレタンを加え、フィット感と保温性を高めた。
「スパイラルインナー」は斜行ニットで縦横、バイアスに伸縮し、動きに自然に寄り添うニットで襟ぐりからも着脱できるユニバーサルデザインが特長。綿100%強撚糸に縮絨をかけ、無縫製で仕立てたストレスフリーな着心地を実現した。
発表に先駆け、千石あや中川政七商店社長は「地産地匠アワード」の意義について語った。「近年、産地問屋の機能崩壊によって生き残りをかけてファクトリーブランドの展開を模索するメーカーからの相談が増えている。地方でブランドを立ち上げるとき、以前は都市部のデザイン事務所のドアをたたく以外方法がなかったが、今はそれだけではない。地域に拠点を置き、地域のものづくりと関わることを選ぶデザイナーが出現している。その活躍を目当たりにすると斜陽する業界の一つ希望だと感じている。こうした取り組みの新たなステージとして誕生したが『地産地匠アワード』だ。受賞製品は、われわれの販路や流通サービスを活かした販路支援を行うことにしている。これは、ブランドを作り製品が誕生しても販路を持たなければいずれ行き詰まってしまう、というこれまで直面した課題を解決したいと考えた」。
なお、第3回アワードのエントリー受付を開始しており、締め切りは2026年1月31日。