
2026年春夏のパリ・メンズ・ファッション・ウイークにおいて、「ドリス ヴァン ノッテン(DRIES VAN NOTEN)」は、今季のベストショーのひとつに数えられるだろう。創業者ドリス・ヴァン・ノッテンの後継として2024年末にトップに就任したジュリアン・クロスナー(Julian Klausner)=クリエイティブ・ディレクターが一貫して手がけた初のメンズコレクションは、クワイエット・ラグジュアリーの空気に包まれる今のメンズファッション界にあって、装飾と耽美の世界を鮮やかに咲かせた。
ドリスが長年大切にしてきた“日常に根ざしたクラシック”を土台に、ジュリアンはあらゆる洋服や衣装への等しい敬意をにじませながら、自身の耽美と官能の感性を丁寧に重ねた。そこに立ち現れたのは、フォーマルとカジュアル、ビーチとイブニング、マスキュリンとフェミニンを軽やかに横断する、新たな「ドリス」の姿だ。
カラーパレットは、フューシャピンク、ライラック、オレンジといった艶やかな色彩。大判のフラワープリント、太幅のボーダー、歪んだドットなどのグラフィカルなモチーフが、サテンやクロッケ・ジャカードといった光沢感あるテキスタイルにのせられ、クラシックを艶やかに更新していく。
端正なテーラードアイテムには、ボディーフィットなサイクルパンツやアンダーウエアを思わせるボクシーなショーツをレイヤード。その上からは、本来フォーマルウエアに用いられるカマーバンドを巻く。ベージュのダブルブレストジャケットは、タイドアップしたVゾーンでクラシックの骨格を保ちつつ、ショーツとひらりと巻かれたパレオの隙間からのぞく素肌が、ヘルシーなリズムを奏でる。イブニングを想起させるセージグリーンのショールカラージャケットも、スウェット地の七分丈パンツをタックインし、足元にはフューシャピンクのレースアップシューズを。リゾートの高揚感が一気に立ち上がる。
そしてコレクションをひときわ華やかに彩ったのが、立体的な刺しゅうやスパンコールといった装飾の数々だ。ジャージー素材のTシャツやショーツといったカジュアルウエアにさえ惜しみなく施され、ミニマルなコートの下であふれんばかりの輝きを放つ。
フォーマルとカジュアル、マスキュリンとフェミニン。単なる華美装飾ではなく、緊張と官能を行き来するそのリズムこそが、コレクションに心地よい高揚感をもたらしていた。
時代を覆う抑制美への反骨
“着飾る”という勇気ある提示
ショーの終盤に流れたルー・リードの"Perfect Day"のように、今季の「ドリス」は心に長く残る余韻を残し、喝采はしばらく鳴り止まなかった。それは現在のメンズファッションにおける“静”の空気に対する、勇気ある反骨への賛辞だったのだろう。今季のパリでは、「ルメール(LEMAIRE)」や「アミ パリス(AMI PARIS)」がミニマリズムの洗練を突き詰め、「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」でさえダンディズムの色を深めてミニマルなスタイルに傾倒した。そんな静謐と抑制の時代の中でも「ドリス」は装飾、色彩を恐れずに咲かせ、“着飾る“というエレガンスのあり方を提示したのだ。
その姿勢に共感が集まったのも、何より、“すべての洋服や衣装に等しく敬意を払う”というドリスからの系譜がショー全体を貫いていたからに他ならない。彼はその信念を守りながらも、自らの感性を重ね、今という時代に響く「装うことの美しさ」を力強く提示してみせた。