一部のブランドや地域を除いてラグジュアリービジネスは停滞、ゆえに次のウィメンズのファッション・ウイークでは多くのブランドが新デザイナーに新たな時代を託す過渡期にある中、その前哨戦とも言える2026年春夏のミラノ&パリ・メンズ・ファッション・ウイークはそんな時代の到来をハッキリと予感させた。今季のキーワードは、「ラグジュアリーの再定義」。世間の注目を一手に集めたジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)による「ディオール(DIOR)」こそ、新しいラグジュアリーの姿を提唱して拍手喝采を浴びた。これに伴い、停滞するラグジュアリー・ビジネスの再定義も始まるだろう。(この記事は「WWDJAPAN」2025年7月7日号からの抜粋です)
ニュールック以来の「ディオール」
によるラグジュアリー革命
今からおよそ80年前の1947年、クリスチャン・ディオール(Christian Dior)は第二次世界大戦が終わって間もなく世界中がまだ貧しく、暗く沈んでいたころ、ウエストが美しくくびれたバー・ジャケットとたっぷりの布地をぜいたくに使ったAラインのスカートを発表した。すると世間は、これを新たな時代を象徴するルックになるのだろうとの期待を込めて“ニュールック”と呼称。以降歴代の「ディオール」デザイナーは、ニュールックをたびたび再解釈。これによりバー・ジャケットは普遍性を帯び、現在もブランドを象徴するアイコンであり続けている。
そんな「ディオール」の新アーティスティック・ディレクターに就任したジョナサン・アンダーソンは、彼らしく再解釈したバー・ジャケットの“ニュールック”をファーストルックに選び、創業者同様、これまでの時代の終焉と新たな時代の到来を予感させた。終焉するのは、「豪華絢爛」や「ハイプなコラボレーション」などにより、周りとの差別化という欲望を掻き立てる形で成立してきたラグジュアリーの終焉。代わりに自由にスタイリングすれば着る人の“らしさ”が表現できる、こだわって作った普遍性の高い「ステイプル(定番品)」こそ現代のラグジュアリーと提唱した。ジョナサンは、18世紀のフランスに由来する貴族服と、クリスチャン・ディオールが生み出した数々のシルエット、そして自身が生まれ育ったアイルランドにルーツを持つケーブルニットやイギリスならではのハンティングジャケット、そして英国由来の伝統素材として知られるツイード素材などを融合。正直、絡めた要素に革新的なものは少なく、ハイプ的な熱狂を生むものは何一つ存在しない。シルクのように一目瞭然の優雅な素材も限定的で、スパンコールなどの刺しゅうはほぼ皆無だ。だがツイードで作ったバー・ジャケットの裏側には幅広のグログランの裏地、カーゴパンツにはクリスチャン・ディオールのドレスに着想源を得たプリーツなど、それぞれへのこだわりは満載。ゆえにジーンズを左右非対称にロールアップしたり、パンツの裾を靴下にインしたり、ネクタイを裏返しにしたりとカジュアルダウンしても美しく、それゆえ(値段はさておき)身近に思える。長らくラグジュアリーの世界に存在し続けた「誇示」という概念とは別の、どちらかと言えば真逆の価値観を提唱しているようだ。豊かな時代なのに着飾らないスタイルを提案したジョナサンは、貧しい時代に着飾ることで夢を見せたクリスチャン・ディオールとは対照的なように思えるが、時代と反対の価値観を問いかけるという精神性で共通している。
定期購読についてはこちらからご確認ください。
購⼊済みの⽅、有料会員(定期購読者)の⽅は、ログインしてください。
