「WWDJAPAN」2023年6月19日号では、3年半ぶりにファッションロー特集を掲載した。“ファッションロー”とは、「ファッション産業やファッション業界に関わるさまざまな法律問題を取り扱う法分野」(経済産業省「ファッションローガイドブック2023」)のことだ。特集ではここ数年にわたるファションロー関連のニュースの“トレンド”を振り返りつつ、法改正から最近話題の生成AIまで、実務面から今知っておくべき5つのトピックを紹介している。
1つ目のトピックは「氏名商標の登録要件緩和」だ。ファッション業界では「ブランド名にデザイナーの名前をつける」という行為はよくあることだが、日本ではブランド名を保護する方法として最も一般的な商標登録が、現在は事実上不可能な状態にある。ファッション業界を苦しめてきたこの法律も、6月7日に改正法案が可決・成立したことで、「著名な同姓同名がいる場合」には登録が認められないという内容に改正されることが決まった。つまり、著名な同姓同名がいなければ、これまで拒絶されてきたブランド名も商標登録が認められる可能性が高まったことになる。(この記事は「WWDJAPAN」2023年6月19日号からの抜粋に加筆しています)
中内康裕(なかうち・やすひろ)/三村小松法律事務所 弁護士
2018年弁護士登録、第一東京弁護士会所属。18~20年アンダーソン毛利友常法律事務所、21年バンタンデザイン研究所 キャリアカレッジ ファッションデザインコース、パターン・ソーイングコース卒業、21年から現職。文化服装学院 非常勤講師、荒川区起業支援拠点イデタチ東京 メンターも務める 【最近気になるファッションロートピック】「アディダス」VS「トム ブラウン」のストライプ商標権侵害訴訟の今後の行方 ※本記事の内容は、公表されている情報をもとにした中内氏の個人的な見解であり、所属する組織とは関係ありません
WWD:ここ数年、「ヨウジヤマモト(YOHJI YAMAMOTO)」や「タカヒロミヤシタザソロイスト.(TAKAHIROMIYASHITATHESOLOIST.)」といった氏名を含む商標が登録を軒並み拒絶されており、氏名をブランド名に冠するケースも多いファッション業界にとっては非常に深刻な問題だった。今回の法改正によって登録が認められやすくなったというが、どんな場合に認められるようになったのか。
中内康裕弁護士(以下、中内):現在は、フルネームを含む商標を出願した場合に同姓同名の人が確認された場合は、原則として拒絶される制度になっています。例えば私が「ヤスヒロナカウチ」というブランド名を商標登録しようとしたときに、別のナカウチヤスヒロさんがネットなどの情報で確認された場合には、登録を拒絶されます。全国のナカウチヤスヒロさんから承諾を得られれば登録できる可能性もありますが、世の中に同姓同名が多数いた場合は、全員から承諾を得ることは現実的とは言えず、事実上登録が難しい制度になっていました。新制度はまだ政令が定まっていない部分もありますが、基本的には同姓同名の人がいても、その人が有名人でなければ、私の「ヤスヒロナカウチ」という商標出願は認められることになります。
WWD:要件を緩める方向に動いたきっかけは?
中内:氏名を商標登録できないというのは日本特有の問題で、諸外国では氏名を含むものでも登録できるケースは多くあります。特許庁委託による調査研究で、日本は氏名を含む商標登録ができず、これはファッションブランドにとって非常に困ることだと考える人が多くいることが明らかになり、これから日本のファッションブランドが世界で戦っていくためにも、また国内でプレゼンスを高めるためにも、氏名を含む商標登録はマストだというニーズが浮き彫りになりました。この結果を踏まえて改正の方向に議論が動いたので、ファッション業界の声というのは一つ大きなきっかけになったと感じます。
WWD:他の同姓同名の人が有名でなければ無条件で登録が可能になった?
中内:完全に自由というわけではなく、ハードルが設けられています。詳細な内容はまだ決まっていませんが、現在、想定されているハードルのうち、一つは出願者と出願する商標の間に「関連性」があるか、という点です。私は自分の名前なので「ヤスヒロナカウチ」という商標の出願は認められますし、企業の創業者の氏名を出願するといったケースであれば、関連性が認められるように思いますが、自分の氏名でもない人が「ヤスヒロナカウチ」を登録しようとすると、関連性がないので認められない可能性があります。
もう一つ想定されているハードルは、「不正な目的でないか」という点です。例えば、商標を買い取らせる目的で第三者が勝手に登録しようとしたり、嫌がらせ目的で登録しようとする場合ですね。審議会の議論の中でも、当初は有名な人がいなければ基本的に登録を認めようという方向の見直し案が出ましたが、「無名の同姓同名の人の人格的利益は無視して良いのか」という点で考慮すべきという意見がありました。
そもそも氏名を含む商標を認めない現在の方針は、同姓同名の人の人格的利益を守ることが目的です。例えば、自分の氏名が他人によって商標登録され、その名前を冠したブランドや商品の評判がまったく良くなかった場合、自分とは関係ないのに名前が一緒だというだけで自分のレピュテーションまで下がってしまうんじゃないかという懸念があります。そういうことを防ぎましょう、人格的利益を守りましょうというのが、厳格に審査している現在の考え方なので、新制度においても、無名の人の人格的利益を守るために無条件で登録を認めるのではなく、①関連性があって、②不正目的ではないなどのハードルが設けられる予定です。
WWD:「有名」の判断基準は?
中内:ここは非常に難しい問題です。審査基準がこれからできるので、そこで方向性は示されると思います。同じく「有名かどうか」を基準の一つにしている別の規定があるのですが、それらの規定では、①全国的に知られている必要はなく、特定の地域で知られていればOKとか、②インターネットや新聞など各種媒体で取り扱われたか否か、また取り扱われた場合はその期間、③どれだけの人が認識していそうか、などの点が考慮されるので、こうした要素を踏まえた基準になることが予想されます。具体的な数値などは基準として出てこないので、有名か否かの判断に迷ったときには、専門家にご相談いただくのが良いと思います。
なお、商標は使用する商品・サービスを指定して登録するので、私がファッションブランド立ち上げのために「ヤスヒロナカウチ」という商標を「被服」の分野に出願する場合には、審査時に「被服」の他にも関連分野の中で有名な「ナカウチヤスヒロ」さんがいないかを確認されることになります。そのジャンルで有名な同姓同名がいない場合は登録が認められますし、全く別のジャンルで有名な同姓同名がいた場合でも、出願した商品・サービスの分野のユーザーにとっては有名でなければ登録が認められる可能性があります。
WWD:施行日を迎えると特許庁や裁判所は改正法をベースに判断していくわけだが、過去に拒絶されたブランドも再チャレンジできる?
中内:できます。過去の出願結果は、法改正前の規定に基づいて判断したものなので、これまでに出願を認められなかったブランドも再チャレンジしていただきたいですね。
WWD:施行後に出願する際に気を付けるポイントは?
中内:商標出願は早い者勝ちの世界なので、偶然同じ氏名の人がそれぞれ商標出願した場合は、出願した日が早い人の商標が優先されます。したがって、施行日はまだ決まっていませんが、改正法の公布の日から1年以内に施行されることになりますので、施行されたらすみやかに出願できるよう、しっかりとアンテナを張って準備を進めておくことが重要です。また、今回の氏名の改正については出願日時点の法律が適用されます。施行日前に出願して審査中に法律が変わったとしても、施行日前に出願した商標については改正前の法律に基づいて審査されるので、この点についても注意が必要です。