ファッション

スイス時計の総輸出額が史上最高を記録 理由は金融緩和とアメリカ市場の「成熟」

 スイス時計協会FH(Federation of the Swiss Watch Industory FH)は1月末、スイス時計産業の2021年総輸出額、国別の輸出額とその内訳を発表した。


 腕時計を中心に部品なども含む全体の総輸出額は223億スイスフラン(約2兆7600億円:1スイスフラン=124円換算)。20年は新型コロナウイルスによるロックダウンで、19年の217億1770万スイスフラン(約2兆6900億円)からマイナス21.8%と大きく落ち込んでいた。08~09年のリーマンショック以来の落ち込みだった。一方21年はコロナ危機が続いているにもかかわらず、特に行動制限が世界的に緩和された秋以降は好調で、最終的には19年の実績超え。わずかプラス0.2%ではあるが、過去最高だった14年の222億5000スイスフラン(約2兆7500億円)を超えた。

 この危機の中、スイスの時計業界はなぜ史上最高の総輸出額を達成できたのか。FHのレポートは、中国を抜いて十数年ぶりに世界No.1に返り咲いたアメリカと、やはり急激な回復を見せた中国の2大市場が理由と述べている。

 この好調は、「ラグジュアリー・ビジネスは不況に強い」というファッション業界の定説でも理解できる。しかし、その解釈では時計業界の2つの大きな変化を見逃してしまう。

 ひとつは、高級時計を「資産」として購入する人が増えたこと。そして、その背景には金融緩和による「金あまり」と「富の集中」があるだろう。世界的な金融緩和と株価のバブルで増えた潤沢な資金を持つ人々、しかもこれまで高級時計を購入しなかった人々が、金融政策が変わる前に実物資産に変えておきたいと考えて高級時計を購入しているのだ。

 実際、時計ブランドや時計専門店の店頭からは「数千万円、数百万円クラスの時計は飛ぶように売れているが、数十万円の時計は思ったように売れない」という声が聞こえてくる。しかも最近の購入者は、顧客ではなかった、時計コレクターではなかった人々という。

 これは、日本だけに限らない世界的な現象だ。時計オークションはかつてないほどの、ハッキリ言えば異常な盛り上がりを見せ、落札価格が軒並み高騰。金額はまったく違うが、いわゆる「ロレックスマラソン」つまり「ロレックス(ROLEX)」の二次市場の異常な高騰からもわかるように、新作時計の一部やアンティークウオッチは「投資」を超えて「投機」の対象になっている。

 これが時計産業にとって良いことかと言われると、筆者の考えは「NO」だ。しかし好ましい・好ましくないにかかわらず、これが現実であり、スイス時計産業の総輸出額が史上最高を更新した最大の理由だ。

 そして筆者がぜひ指摘したいもうひとつの理由は、アメリカの時計市場の「成熟」だ。

 アメリカがNo.1市場になったのは、実は今回が初めてではない。1990年代後半から2000年代半ばまで、アメリカは常にNo.1市場だった。当時アメリカは、中国の6倍も大きな巨大市場だった。

 ただ05年までのアメリカは、現在とはまったく違う市場だった。売れていたのは、卸値で500スイスフラン(約6万2000円)以下のクォーツ腕時計がほとんど。当時のアメリカは「高級時計が売れない」市場で、時計関係者が嘆くほどだった。

 筆者は当時、名門「ブレゲ(BREGUET)」の創業者アブラアン=ルイ・ブレゲ(Abraham-Louis Breguet)から数えて7代目の子孫であり、現在は同社の副社長、歴史知的財産管理および戦略開発部長を務めているエマニュエル・ブレゲ(Emmanuel Breguet)氏に「アメリカ市場の可能性をどう考えるか?」と質問したことがある。氏は「ポテンシャルは非常に高い。だが、日本のように成熟していない。高級時計に関するエデュケーション(教育)が必要だ」と答えていた。

 今回の価格帯別の輸出本数と売上を見ると、アメリカでは実売価格が70万円以下の市場は縮小し、一方で70万円以上の市場は本数でも金額でも10数%のプラスを記録している。全体でもスイスから世界に輸出される腕時計の本数は157万本。19年からと比べても3/4に減少している。驚異的な株高、時計サイトの人気、国産時計の最高峰「グランドセイコー(GRAND SEIKO)」のブレイクを考えると、購入モデルの高級化=顧客の成熟化が一気に進んだのは、間違いなくアメリカ市場だ。

 高級時計の需要は岩盤のように固く、一度確立されると安定する。よほどの経済的破綻でも起きなければ、アメリカは中国と共にスイス時計を牽引し続けてくれるだろう。

 しかも筆者の考えでは、アメリカ市場の「伸び代」はまだまだある。スイスの時計産業にとって、この好景気はまだまだ続きそうだ。そして世界時計ビジネスは、この状況を大前提として展開することになる。これはぜひ覚えておきたい。

 ただ、日本の「ロレックスマラソン」のような投機的な転売による高値相場は不健全だし、必ず崩壊することは歴史が証明している。また「ロレックス」のように「わざと供給不足にしているのではないか」という陰謀論まで囁かれることは、ブランドにとってもマイナスだ。

 こうした状況に対して時計ブランドは当然ながら大きな危機感を抱いており、自動車の「認定中古車」制度のようなシステムで二次流通をコントロールし適正化しようという動きもある。22年はこうした、二次流通をめぐる新しい動きが時計ブランド主導で本格化することも充分に考えられる。

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