コスメブランド「シロ(SHIRO)」が創業地の北海道砂川市で運営するモノ作り拠点「みんなの工場」。店舗とカフェを併設し、工場見学も可能な体験型施設として年間約30万人もの来場者が訪れる。敷地内に昨年11月、レストラン「MORISHIRO」が開業した。コンセプトは「レストランを開き、森の恵みと香りを味わう」。北海道の森の中で収穫した食材を使い、間伐材の薪火であぶった料理と香りの演出で五感を満たし、食事を盛り上げる。生産者と共に自然が育んだ素材の恵みを化粧品やフレグランス開発に生かしてきたシロが手がけるレストランにはどんな仕掛けがあるのか。
森の景色が脳裏に浮かぶ小粋な演出
「みんなの工場」を訪れたのは、あたり一面が銀世界となった初冬のある日。朝から吹雪が舞う平日にもかかわらず、館内には化粧品の製造工程を見学する客やショップで商品を購入する客で賑わっていた。土日にもなると行列ができるほどの人気だという。
予約した約60分の工場見学ツアーの後、向かったのは敷地内に建つ円錐屋根の木造円形レストラン「MORISHIRO」。事前予約したランチは12時から始まり、15時近くに終わる。雪で真っ白に化粧されたレストランの扉をワクワクしながら開けると、そこには木の香りと薪をくべたときのやわらかな煙の匂いが空間に広がっていた。
北海道産の木材を使用し、放射状に組まれた円錐屋根の高い天井が明るく開放的な印象だ。薪火台を中央に据え、窓の近くには10席の大きなテーブル。この日は、道内に住む「シロ」ファンの仲良し女性3人組とシロの福永敬弘社長のグループが私とたまたま相席になった。設計を手がけた北海道の建築士、鈴木理氏によると「見知らぬゲスト同士が薪火を囲み、料理を楽しみながらゆったりと過ごす。そのためのおおらかな器のような建物」という。
ランチは木・金・土・日のみで、6皿のコースは1万3200円(税込・サービス料込)。先日から金・土限定でディナー(7皿コース1万6000円)もスタートした。
コースランチが始まる前に、テーブルに出されたのは、レストラン限定のフレグランス「ルバーブとハマナスのハンドクリーム」とミストだ。クリームを手に取って伸ばすとしっとりするだけでなく、さわやかな香りが鼻腔をくすぐる。通常、レストランではフレグランスは敬遠されるが、同店では香りを最大限堪能するための演出が大きな特徴となっている。
例えば、「シロ」の化粧品にも使われるスプレーを料理の香り付けに活用。トド松のシロップをかけたパイナップルとブリのトマト麹漬けの一品には、トド松とゆずの香りのミストをシュッとかける。「さぁ、かけますよ」というスタッフの合図と演出が没入感を促し、テーブルの上に一瞬、森の香りが広がった。
食前に提供されたノンアルコールドリンクにも使われたトド松の枝葉は、同社が森林作り活動で取り組む栗山町の森に入ってレストランのスタッフが採ってきたもの。ゆず、生姜、きび糖を合わせたシロップに仕込み、「森のソーダ」として誰でも飲みやすい、さわやかな一杯に仕上っている。この日は、トド松の他にも広葉樹の大きな葉やシラカバの木片などが、料理やもてなしのサービスとともにテーブルに登場。森の中の風景が自然と脳裏に浮かぶような心憎い演出が、料理のおいしさを一層引き立ててくれた。
香りを調味料にした料理
コースのなかで一番驚いたのが、ヒグマの創作料理だった。クマ肉を包丁で細かくたたき、食感のアクセントにレンコンを混ぜたイタリア風肉団子をシラカバの薪でじっくりあぶったものだ。クマ肉は初めだが、獣臭がなく、あっさりしている。歯応えのあるレンコンと、付け合わせのプリプリ食感のしいたけとも好相性で、記憶に残る一品となった。
コースにはエゾシカのステーキもある(記事冒頭の画像)。今シーズンはクマによる殺傷事件が日本中を騒がせたが、エゾシカによる農作物等の食害は北海道で大問題になっているという。定期的な狩猟による捕獲を行い、ジビエ料理として提供されるが、その担い手のひとりが女性ハンターの福山萌子さんだ。林業家のご主人、寛人さんとともに、MORISHIROの運営チームメンバーとして名を連ねる。寛人さんは、建物や薪に使う間伐材を森で切り出して届けている。間伐材の作業も森を健全に保つために必要な営みで、森を守り、共に生きる福山夫妻の思想や知識が、MORISHIROの理念や料理にも反映されている。
間伐材のみを薪として使用する点もそのひとつ。薪火の香りも調味料と考える同店では、料理に合わせて薪を使い分ける。北海道のブランド鶏「新得地鶏」やヒグマ肉は、シラカバの薪火でぱりっとあぶる。一方、赤みを残して柔らかく仕上げるエゾシカの肉は、ナラの木の薪でじっくりと火入れする。森を知り尽くした2人がチームにいるからこそ実現する料理と香りの調和を楽しめるのが、同店の一番の魅力と言えそうだ。
コースでは他にも、素材から作るシロの開発姿勢が伝わる料理が次々と登場。収穫されずに放置されたままの日高昆布を細かく砕いた「星屑昆布」を練り込んだ自家製パスタや、化粧品開発で出会ったものの一度断念し、10年越しで再会した黒千石豆のご飯など。スタッフとの会話を通して食材の背景や作り手の思いも知ることができ、2時間半のランチタイムはあっという間に過ぎてしまった。
最後は同席した女性の誕生日を祝うサプライズも。一期一会の出会いを記念した集合写真の撮影もあり、レストランスタッフたちの温かいおもてなしの心が感じられるひとときだった。単なる体験型レストランの域を超え、感動実感レストランとでもいえばいいだろうか。それが、人口1万5000人という北海道の砂川市に開業したことに大きな意義があるといえる。
地元活性化を狙い、ミシュランの星をめざす
MORISHIROの構想は、「みんなの工場」が開業する前から決まっていた。もともとあったカフェが市民の居場所として成立していたため、工場内にカフェを残し、レストランは別棟で建てる計画に変更した。工場の建具の調達で森に通うようになったことが、MORISHIROの原点になったという。レストランを作る理由について「みんなの工場」施設長の武田浩平氏は「砂川市内に特別な日のディナーを楽しめる店が限られていたこと、もうひとつは、レストラン・料理監修を務める高尾僚将シェフとの出会いが大きかった」と振り返る。
高尾氏は道産子ガストロノミーの草分け的存在として知られるレストラン「TAKAO」のシェフで、アイヌ文化を継承し、自ら森に入って採取した素材をオイル漬けにしたり、自家製調味料を作ったりする人物。現地現物を確かめることからものづくりが始まるシロの理念とも通じていたことからフェイスブックを通してつながった。
一方で、地方レストランが抱える人材確保の問題に直面し、開業までに時間を要した。砂川市への移住を決断する人材が容易には見つからなかったからだ。そこで同社は著名シェフの招聘を諦め、意欲のあるつくり手と一緒にレストランを作り上げる選択をした。森が好きで、香りのコンセプトに共感する若い担い手たちが、森やチームメンバーから学びながら、いま現場で力を発揮している。
MORISHIROは創業地の砂川市に存在するからこそ価値がある。そのため、規模の拡大はめざさず、ミシュランの星獲得をめざしていく。理由はシンプルで、砂川市の知名度を国内外で高め、地元を盛り上げていきたいから。「自社ブランドの知名度を上げるためではなく、砂川にも星を獲れるレストランを作れるということを地元の人に伝え、勇気を与えたい。「みんなの工場」に年間30万人が訪れる。レストランも頑張れば、町に新しい人を呼び込める集客装置になるし、砂川を知ってもらえるきっかけになる」と、同社の福永敬弘社長は力をこめる。
市内では現在、傘下の砂川パークホテルを今秋再オープンする予定でリニューアル工事中だ。今後は「過疎化が進む地元に還元することで、将来的に地域が自走できる持続可能な未来をゴールとして描いている」(武田氏)という。
「みんなの工場」開業以降、ブランド人気に拍車がかかったシロは、若者を中心に国内外で勢力を拡大しつつある。ただ、森を軸にブランド理念を深掘りしたレストラン業態を軌道に乗せるには、シロを知らない新規客の掘り起こしは不可欠。星獲得に向けたチームでの挑戦がいま注目されている。