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「クリスチャンダダ」がブランド休止 「ダダという船での航海は終わった」

 森川マサノリが2010年に立ち上げた「クリスチャンダダ(CHRISTIAN DADA)」は、20年1月をもってブランドを休止する。04年から傘下に入っていたシンガポールの企業ディーリーグ(D’League)グループとのビジネスパートナーとしての契約解消によるもので、6月のパリ・メンズ・コレクションで発表した20年春夏コレクションは生産せず、東京・南青山の直営店を12月22日に閉店する。台北とシンガポールの直営店はディーリーグ グループが運営するため、閉店時期は未定。森川は20年1月で退社し、日本の13人の社員は解散する予定だ。新たな出資候補の企業との間でクリスチャンダダの株式譲渡の交渉中のため、ブランドが継続する可能性はあり、「早ければ21年春夏シーズンに復帰するかもしれない」と森川。しかし同氏はすでに新たにベンチャーキャピタル事業で11月に起業し、ほかにも新規事業で2社を立ち上げる準備を本格的に進めており「今の『クリスチャンダダ』でやり残したことはない」と述べる。

 同ブランドは14年に株式の51%を売却してディーリーグ グループの傘下に入り、パリ・メンズの公式スケジュールでショーを行うなど海外でのビジネス拡大を強化して、海外の販路を増やすとともにブランドの規模も大きくなっていった。東京と台北、シンガポールに直営店を開いたほか、19-20年秋冬シーズンの卸先は国内と海外共に約25アカウントで売上高は非公表ながら増えており、負債はないという。一ブランドのビジネスとしては深刻な状況ではないように思える。しかし森川は親会社への感謝を述べつつも、昨今のファッションビジネスの多様化に「卸主体のビジネスモデルに限界を感じていた」。さらにアジアで高級時計「リシャール・ミル(RICHARD MILLE)」やジュエリー「ブシュロン(BOUCHERON)」のマネジメントや小売りを担い、成功させてきたディーリーグ グループとは、ブランディングの方向性にズレが生じていた。両者が思い描く売り上げの規模にも差があったのかもしれない。「1年前から、『クリスチャンダダ』の体制からクリエイションまでを全面リブランディングする案は出ていた。ビジネスの方向性をより絞っていきたいディーリーグ グループに対し、自分自身は複数のブランドで新しいビジネスモデルに挑戦がしたかった。しかし契約上、1つのブランドしかデザインできなかった」。会社の体制はそのままに、リブランディングしてクリエイションの方向性の舵をきることは考えなかったという。「パリに出てメゾンと肩を並べたことで、今の『クリスチャンダダ』単体では限界を感じていた。メゾンが大河だとしたら僕たちはせせらぎ。1本のせせらぎを大河にすることは難しいけれど、たくさんのせせらぎを集めれば大河にできるかもしれない。だから10年という節目を機に『クリスチャンダダ』という船での航海は終わったという心境だ」。

自身が「ダダを着なくなっていた」

 25歳で立ち上げた「クリスチャンダダ」を自分自身が「以前よりも着なくなっていた」というクリエイションのギャップも、今回の決断に至った理由の一つだという。「レディー・ガガ(Lady Gaga)が着用してくれたこともあり、世間が抱くブランドのイメージは創作性。でも、35歳になった自分の今の服装はそうではない。自身のライフスタイルからにじむような服を作りたい欲求が高まっていった」。

 森川はすでに新規事業の準備を進めているものの、ブランドには「もちろん、愛情はある」。しかし最近ではメンズ80型、ウィメンズ50型を1シーズンごとに生産するほど規模が拡大しており、チームの成長と共に「全てのアイテムに自分の目が行き届いていない状態だった」と難しさを語る。ブランドが継続すれば規模や販売方法が変わる可能性があり、「アイテム一つ一つに目が届く範囲で、自分が愛せるものを作れる状態にできるのであればブランドを残したい」。

 現在準備を進めているD2Cモデルなどの新規事業の方向性は、有力企業の傘下に入ってパリのファッション・ウイークに参加するなど、既存のファッションビジネスのど真ん中に飛び込んだからこそ抱いた危機感から生まれたものだ。「利益が少ない卸メインのビジネスは、時代的にもう古いのかもしれない。多店舗展開して自社で小売りをしても在庫が過剰に出てしまい、サステナビリティ主流の時代とは逆行する。完全受注であれば別だが、既存のシステムでは限界がある。今後はこれまでになかったビジネスモデルや価値観を見つけて、そこに向かっていく時代。卸のシステムがなくなるとは思わないが、今はもうそれだけではない」。具体的な発表はこれからだが、「若手ブランドにも還元できるシステムを考えている」。

 森川自身が「スタッフをはじめ、ブランドのファンや関係者には申し訳ない」と語るように、現在取引のある工場や店舗、勤務するスタッフに及ぼす影響を考えると、今回の決断は決してきれい事だけで済むことではない。しかし同氏のように業界を俯瞰して見ることができ、かつ大胆な行動力があるデザイナーは多くはなく、15年春夏シーズンに29歳でパリ・メンズデビューした実績は、多くの若手ブランドに希望と海外進出への道筋を示したはずである。「クリスチャンダダ」という船での10年の航海で得た成功や失敗を次のステージに生かし、ファッション業界にまた新たな一石を投じてほしい。