「ビギ(BIGI)」「モガ(MOGA)」「ヨシエ イナバ(YOSHIE INABA)」を手掛けた稲葉賀惠デザイナーはこのほど、自身のデザイナー人生をまとめたバイオグラフィー「yoshie inaba」(5500円)を発売した。今回の著書発売は、2025年2月をもって「ヨシエ イナバ」を終了することを踏まえたもの。「私の服を愛してくださった方たち、それから服飾の世界を志す若い世代がもし手に取ってくれたらうれしいという願いを込めた」とあとがきに記している。全184ページで発行元は講談社。
幼少期から育んだ
ものづくりへのピュアな愛情
見どころは、戦争の傷跡が生々しく残る東京で稲葉がスターダムを駆け上がる姿だ。裕福な家庭に生まれ育ったために、周囲からのやっかみを受けながらも、親戚から届く海外製の服や、裁縫上手な母親が仕立てる洋服への憧れを止めることができない少女時代の稲葉は、引き寄せられるように服作りの世界へ魅せられていく。「原のぶ子アカデミー洋裁学園」でひたすらピン拾いをする日々や、「ジバンシィ(GIVENCHY)」や「ニナ リッチ(NINA RICCI)」といった当時日本に新しくできたオートクチュールメゾンのアトリエの門戸を叩いて断られる逸話など、挫折を味わいながらもたくましく立ち上がる様は、まるで1本の映画を観ているような気持ちになる。
デザイナーの鳥居ユキや元俳優の山東昭子らと出会った学生時代や、後にビギ社を共に立ち上げる菊池武夫との結婚生活などのプライベートなエピソードも盛りだくさん。21年に休刊した女性誌「ミセス」のモデル業といった稲葉のもう一つの顔も惜しみなくつづっており、デザイナーとモデルの経験からさらに服への造詣と愛を深める描写は、同氏のまっすぐな人柄を象徴している。
ブランドの過去のキャンペーンビジュアルや、ランウエイルック、アーカイブコレクションなど豊富なビジュアル資料も掲載。中でも、ウエアの緻密な縫製や刺しゅうが際立つ接写は美しく、テキストで多くの説明が掲載されていなくとも、稲葉の手しごとへの敬意がありありと伝わってくる。クリエイターを志す人だけでなく、自分の仕事へのモチベーションを高めたい人は必読の一冊になっている。
稲葉は1939年、東京・八重洲生まれ。文化学院美術科を卒業後、原のぶ子アカデミー洋裁学園で服づくりの基礎を学んだ。同校を卒業した翌年の64年、オートクチュール制作のアトリエを開く。70年には大楠祐二や「タケオキクチ(TAKEO KIKUCHI)」の菊池武夫デザイナーらと共にビギを設立し、ブランド「ビギ」を発足。その後、72年に「モガ」、81年に「ヨシエ イナバ」、88年に「レキップ ヨシエ イナバ(L’EQUIPE YOSHIE INABA)」を立ち上げた。女性の社会進出が進む中、いち早く働く女性のための洋服を打ち出し、タイムレスに着られる品のいいデザインと、上質な仕立てで支持を集めてきた。