森川マサノリが2021年3月に始動した「ベイシックス(BASICKS)」が、新たな局面を迎えている。6月9日にANAPが同ブランドを買収すると発表したのだ。取得総額は1億5000万円を予定しており、7月末までに手続きを完了するという。東京発デザイナーズブランドのプチプラ衣料品メーカーへの合流は以外にも思えるが、森川はどんな考えから今回の決断に踏み切ったのか。「想像以上に反響が大きくて驚いている」と意外そうな本人に真意を聞いた。
WWD:なぜ売却を?
森川マサノリ「ベイシックス」デザイナー(以下、森川):さらなる事業拡大を見据えてリテールを強化し、利益率を伸ばす必要があるからだ。現在、国内の卸先は約55で、日本での卸販売をやり切った感覚でいる。海外に5ほどある卸先は「クリスチャン ダダ(CHRISTIAN DADA)」時代に付き合いがあった相手がほとんどだから、今後は海外の販路も広げたいし、直販にも着手したい。3カ年計画を立てており、数億円規模の売り上げを十数億円にまで成長させる目標だ。「ベイシックス」を運営しているAtoZは社員が自分を含めて数人しかいない。ブランドを共に成長させてくれるパートナーが必要だった。
WWD:そもそもANAPとの関係はどのように生まれた?
森川:元々は、共通の知人を通じてANAPの経営陣と出会い、ブランドに対する視点や今後のファッション業界について議論を深めるようになった。僕の“ファッションを通じて時代と対話したい”という思いと、ANAPが描く未来像に重なる部分が多いと感じて。その後、ANAPからも自分のファッションブランドを営むデザイナーとしてのアドバイスを求められることがあり、MDを調整するために知人を紹介するなど業務提携をしてきた。
ANAPも23年10月に事業再生ADR手続きを申請して受理された後に経営陣がガラリと変わり、さまざまな事業を新たに始めながら再生を図ってきた。かつてのカルチャーを大切にしつつ、時代に即した形にアップデートを図る姿勢は、「ベイシックス」の思想やクリエイションとの親和性がある。タッグを組むことで、互いに成長できるシナジーが作れるのでは?との結論に至った。僕はブランドの「アナップ」に関与することはないが、会社が新プロジェクトやブランドを立ち上げる場合、監修などの立場で関わることはあり得る。
昨年10月から「ベイシックス」のANAPグループへの参画に向けて動いてきた。とはいえ、僕の創作スタンスを尊重するという合意が前提にある。僕はブランドを手放したというより、より成長するために戦略的パートナーシップを結んだつもりでいる。
WWD:3月には「楽天 ファッション ウィーク東京(Rakuten Fasnion Week TOKYO))で25-26年秋冬コレクションを発表した。この時はすでにANAPとの連携が進んでいた?
森川:ANAPはそのクリエイションには全く関与していない。ブランド5周年のタイミングだったから、以前から実施することは決めていた。実は、7月に東京で初の直営店をオープンするのだが、ANAPに本格的に資本参画してもらうのはここからだ。EC事業強化に当たっても、すでに何人かの担当者を採用済み。また、26年2月にはパリで展示会を開く予定であり、それに向けて韓国市場向けのPR担当者も新たに契約している。パリでコレクションを披露することで、アジア太平洋地域に発信する流れを作りたい。
3月のショーを節目に、モノ作りの方向性には一旦区切りをつけた。これまではトレンドを汲んでマーケットに広がりやすい洋服を多く発表してきたが、今後はそのようなアイテムと、パリで展示するアイテムの趣向を変える。前者はリテール用で、後者は価格帯を変えずに、「『ベイシックス』はこういうことをやりたいブランドだ」ということを示すコンセプチュアルなものを見せるつもりだ。
WWD:今後のビジョンは?
森川:現在の「ベイシックス」は20代女性を中心に支持を得ているが、特にターゲットの年齢や性別を限定しているわけでもないから、幅広い層に広げていきたい。価値観や美意識でつながるブランドだから、ファッションを単なる服ではなく“スタンス”として提案するつもりだ。海外で僕らのブランドの洋服が知名度をさらに獲得して、街中でも当たり前に「ベイシックス」を着た人を見られる状況を作れたらと思っている。