PROFILE: パートナーズ スタジオ/エディトリアル・クリエーションスタジオ

“関係性“をテーマに掲げる雑誌「パートナーズ(PARTNERS)」のIssue3が10月に発売された。価格は3960円で、国内外の独立系書店を中心に販売している。同誌は2017年に編集者の川島拓人が創刊したインタビュー誌で、19年6月にリリースしたIssue2から、6年をかけて最新号が完成した。最新号は、これまでの2号とは判型もデザインも紙質も異なる、雑誌制作における新しい試みや関係性を基盤にした表現の可能性を探るような佇まいだ。特集は「Why be together?(なんで一緒にいるの?)」。ストレートなタイトルながら、川島編集長がこの雑誌を軸に活動を展開するエディトリアル・クリエイション・スタジオのパートナーズ スタジオ(PARTNERS STUDIO)を通して、物質的なメディアの価値や人と人、あるいは人と物との関係性を問い直す場を作ろうとしているように感じる。
前号からの6年間に生じた社会変化と、それに伴う感情の変化、創刊から9年間を経て、最新号にはどんな想いを込めたのか。現在Issue4を手掛けているという編集チームのメンバー、桑田光平、ヴィクター・ルクレア、中川リナ、柴田准希とともに、Issue3の制作背景や「パートナーズ」に馳せる想いまで、広く話を訊いた。
最新号の挑戦―個人の視点から始まる編集法―
創刊号、Issue2はほぼ川島個人の判断軸が基準になった。それから6年が経ち、パートナーズ スタジオも発足し、チームとなった今、最新号はどう作られたのか?
「コンセプトが強い雑誌が好きなので、今回は個人的な視点を反映させることを優先しました。既存の雑誌の作り方やフォーマットに縛られることなく、『Why be together?』という問いを軸に、回答者それぞれの考えや視点を落とし込んでいきました。計33名のコントリビューターを選ぶ過程も、決まった数を目標に掲げていたわけでもありません。出会っていく中で『なんかこの人面白そう』とか『この人と感覚合うかも』と思った人に聞いていきました。質問に対する回答方法も私たちから例えば写真の枚数とか、原稿の文字数などを指定をすることはしなかったです。彼らに任せてみたかったんだと思います」。
誌面に登場するコントリビューターはアーティストもいれば、スタイリスト、陶芸家、映画監督、庭師まで実にさまざまだ。発表の場となる誌面には、詩を書く人、写真を撮る人、日記のような文章やイベントの概要だけポストされたようなテキストも掲載されていて、コントロールを最小限にしたいという通り、コントリビューターの声がダイレクトに届くような印象を受ける。
そもそも、巻頭の前書きでは、過去2号の制作過程について「編集者としての自分の意思(または存在)が干渉しすぎていると思うようになった」と振り返り、最新号では「話すよりも聞く」ことと、「自分が見たいような写真を撮影するのではなく、誰かの話を聞いてワクワクし、自分の思考がアップデートされたような感覚を元に、抜本的に制作スタンスを変えた」と記されている。では、今号で川島が考える“関係性“とは何なのか?それは、単なる人物紹介ではなく、作り手と読み手、あるいは作り手同士の間で生まれる化学反応のようなものだという。
「語弊があるかもしれませんが、無理をしなかったんですね。この人がいないと成り立たないとか、バランスが悪いとかを考えることもしませんでした。有機的に生まれていくつながりの中で誌面を作っていったような気がします。そんな作り方をしていたからなのか、回答者同士がつながっていることにも途中で気づきました。『昔、一緒に住んでいたんだよ!』とか『この前一緒にBBQした』とか『彼女の写真集はたくさん持ってる』とか『彼の映画僕も大好き』とか……この予期していなかったコントリビューター同士のパーソナルなつながりは、とても新しい感覚があったのを覚えています」。
制作プロセスの実験性
そもそも特集の「Why be together?」は、川島が21年に観た映画「カモンカモン(C’mon C’mon)」が元になっているという。
「『Why be together?』というテーマは、日常的な気づきの蓄積から生まれた質問です。『なんで僕はこの人と一緒にいるんだろう?』とか『このふたりってなんで……?』みたいな……。その中の1つにマイク・ミルズの『カモンカモン(C’mon C’mon)』がありました。特に最後のシーンで、物語の主人公と甥が口論になって、感情をストレートにぶつけ合いながらシャウトするシーンがあるんです。家族だろうが他人。年齢に関係なく、お互いに1人の人間として認める瞬間に感じました。親子でも恋人でもない関係性における互いの承認、『なんで一緒にいるの?』という問いにも繋がっています。なので、マイク・ミルズにもこのようなことを伝えて、参加してもらうことになりました」。
コントリビューターの個性と自由度を最大化するため、編集者の意図は極力排した。テキスト、写真、イベント記録など、各作り手に最適な形式での表現を委ねた川島は「受け入れる」姿勢を徹底し、編集者としての介入を極力控えることで、偶発的な発見や化学反応を引き出そうとしたという。この方法論は、従来の商業誌的な編集のプロセスとは大きく異なる。また、川島自身やアートディレクターのジュリー・ピーターズ(Julie Peeters)といった作り手も誌面に参加することで、雑誌自体が自然にコミュニティの場となる。読者だけではなく、コントリビューターの視点が新しい関係性を築く契機として機能することで、雑誌は単なる作品集ではなく、参加者と読者の両方にとって思考の触媒となりうる。
「イメージしていたのは雑誌のようで本のようでもある存在です。一過性の情報が掲載されているのではなく、まるで小説を読んでいるかのような感覚を引き出せないかなと。そのためコントリビューターには、制作期間を4カ月から6カ月設けました。一般的な雑誌の場合、このような内容だと長くて1週間、短いと2日後に提出してほしいと言われるような質問です。ですので、異例の長さです。でも、雑誌のようで本のようでもある存在を目指すのであれば、そのくらいの制作期間を設けないと辻褄が合いません。おそらく、コントリビューターそれぞれがこの“ビッグクエスチョン“を考えたと思います。回答者の1人で、『このままお母さんの撮影を続けようと思っている。そして写真集を作りたいの!』と話してくれる写真家がいました。『パートナーズ』が作品づくりのきっかけになっていると感じた瞬間でした」。
人と人、あるいは人と物との関係性
さらにIssue3では、人と犬、人とうつわ、人と作品など、過去号の人物中心の関係性から対象を広げ、時間の経過や相互作用を感じられる表現を模索している。川島自らが寄稿したページには姉から一時的に預かった愛犬“ピカソ“との日々が綴られていて、「対象が言葉を持たなくとも、ジェスチャーや態度、行動の中にコミュニケーションを見出せる」と考えたという。この思考は、誌面構成やコントリビューターの選定にも反映されている。取材を通してパーソナルな関係性を浮き彫りにしていくのではなく、それぞれの関係性を俯瞰しながら、同時に深掘りされている感覚を覚える。
「今号で試したかったことは、創刊号とIssue2での“関係性“をダイレクトに伝える方法から、少し抽象度を上げ、読者がより深く考えたり、新しいつながりを感じられるようにすることでした。深掘りした読み方をする人は、より楽しめるはずです。一方で、分かりやすいエモーションや面白さは感じづらくなっているかもしれません。『自分が気になるこの人は、どんなふうに物事を見ているんだろう?』『その人の視点に立つと、世界はどう見えるんだろう?』そうした問いを持って、いろんな人に話を聞いていきました」。
「誌面をめくると、人がどんどん入れ替わるような不思議さと温かさがあって、ページをめくるたびに誰かと出会えるようなランダムさが好きです。イベントに行ったり、歩いたりして偶然誰かと出会うような、現実の人生みたいな特別さがあって、今の自分にもそのまま重なるくらいスペシャルな感覚です」(中川)
「僕は創刊号に参加しているんです。その時はロンドンに住んでいて、川島とは、どうやってコラボレーションするかという対話から始めました。写真を撮っては送り合い、テキストも何度も交換しました。その頃からコアの考えは一緒だし、今こうやって参加している関係性が面白いと感じます。自分のエゴを通すのではなくて誰かと対話すること自体がメッセージになるので、今も自然体でできる新しいアプローチを探り続けています」(ヴィクター)
受容とコミュニケーションのデザイン
消費されるように情報や作品を紹介するのではなく、長期的に価値が残る体験や関係性を作ろうという気概が「パートナーズ」からは感じられる。最新号と過去2号と比較して、まず、大きく異なるのは雑誌のサイズや紙質といった“見た目“だ。よりシンプルになった印象を受けるが、その理由はメディアを取り巻く環境や紙媒体の存在意義、コミュニケーションを突き詰めて考え直したことにある。
「印刷物、特に雑誌のあり方が6年前とは大きく変わりましたよね。Webマガジンでは、今クールな人やイケてるものを取り上げるスピード勝負になっていますし、SNSも台頭してさらにクイックになった。まずは印刷物を何のために作るのかということを深く考えました。急にシャットダウンしたり、うっかり保存し忘れたりすることを考えると紙媒体はデジタルに比べて安心できる物体だと思うんですよね。紙の役割って、情報を早く伝えることじゃなくて、ちゃんと未来に残していくことなんじゃないかなと。未来に残るものとして作ることを意識し始めたときに雑誌の作り方を改める必要があると感じました。目に見えない“関係性”というものに、どのような形を与えるのかをよりコンセプチュアルに考えた結果、親密性のあるサイズ感や紙も33種類使う仕様になりました。
流通のあり方も同様に考え直しました。国外の流通はディストリビューターにお願いしていますが、国内の流通は“手売り“ではないですけど、直接私たちからお届けしています。このような雑誌なので、あちこちで手にできるものではなく、書店員さんとの直接的なつながりを大事にし、濃密な体験を届けることが『パートナーズ』らしいと思って。このように、すべての工程で『これはパートナーズらしいのか?』と立ち止まりながら、試行錯誤を重ねています」。
「ブックオブスキュラ(book obscura)に納品したところ、1日ですべて完売しました。そのあとすぐにオーナーの黒崎さんに話を聞きに行ったんです。その際に、『花があれば多くの人は花だけを見るけれど、この雑誌が向き合っているのは、その下にある種や根の部分。考えるための種を与えてくれる雑誌だから、すごく貴重です』と言っていただけて、とても嬉しかったですね」。(柴田)
「この雑誌を何度か読み返していると、だんだんと表紙がくたびれてきて、端が少し破れてきたりするんです。物としての質感というか、“フラジャイルさ“を感じさせる作りですよね。単なる“読ませるための雑誌“というより、手渡したり誰かに見せたりすることで、身の回りの人とつながるための小さなツールとしての側面が強く意識されています。コントリビューターごとに紙の質を変えるといった細やかな設計や工夫で、読者と周囲のパートナー的な存在との間に会話が生まれるような媒体になればと思いますし、そのような価値観を大切にしています」。(桑田)
最後に、これからパートナーズ スタジオをどう運営していくのかビジョンを聞いた。
「あらかじめビジョンを描くよりも、たとえば僕が誌面で取り上げた姉の飼い犬ピカソを預かった時のように、些細なコミュニケーションの積み重ねから何が生まれるのかが大切なのだと思います。これまでは、遠くまで手を伸ばして貴重なものを手に入れたときに喜びを感じていましたが、今は目の前のコーヒーを楽しむためにはどうしたら良いかというようなことを考えたい。好きな人と一緒に飲んだらおいしくなるように、小さなことでも、一度止まってゆっくり考えてアウトプットする。すでにものは溢れているし、わざわざ新しいものを捕まえなくても楽しめる方法があるはず。そういう価値観について考えていきたいと思っています」。
「その価値観を、じっくりと広げていきたいと思っています。僕は5月にジョインしたばかりなのであくまで印象でしかありませんが、川島さんは根本の考え方はブレない一方で、アプローチや立てる問いは柔軟に変えていくタイプだと感じています。チームで動くときにも、『ポストイットを貼ってみよう』など、いろいろな方法を試しながら、どうすればこの価値観をゆっくり広げていけるかを一緒に考えていく、そんな雰囲気があります。社会を変えたいという大きな目標ではありませんが、ありきたりの日常にちがう視点からかたちを与えることで、自分と世界の関係をゆるやかに問い直す、そんな感覚がじんわりと人々のなかに浸透していけばいい、そんなイメージです」(桑田)
「パートナーズ」は紙媒体の価値や、人と人、人と物の関係性、時間経過などを広義で扱い、読者との体験を深めようとしている。以降は年1回の発行を目指し、この5人のチームで制作を進めている。かねて、トークイベントで特集を公募する企画を行ったり、週に1回行われるチームの雑談タイムにはいろいろな人が参加するそうだ。このアクションがどう企画に採用されるかはわからないが、編集という行為そのものが関係性をつくり、時間をつくり、読者へ静かに手渡されていくプロセスであることを証明している。