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「メゾン エウレカ」中津由利加デザイナーが語る ベルリンでの暮らしとクリエイションの関係性

 インターネットやテクノロジーが発達し、仕事やライフスタイルへの意識が変わりゆく中、働き方は多様化している。働く場所だって、必ずしも日本というわけではなく海外を拠点に選ぶ人もいる。大切なのは、一度きりの自分の人生をどう生きたいかということ。もちろん揺るぎない意思や目標にたどり着くための努力、自分の考えを表現する語学力などは必要だが、可能性は世界に広がっている。ここでは、ヨーロッパに身を置き、自身のブランドを手掛けている日本人デザイナーをピックアップ。その場所を選んだ理由から、海外をベースにする魅力や難しさまでを探る。

 第2回に取り上げるのは、ドイツ・ベルリンで「メゾン エウレカ(MAISON EUREKA)」を手掛ける中津由利加デザイナー。コレクション制作にとどまらず、新プロジェクト「カウフハウス(KAUFHAUS)」でビンテージ雑貨の買い付け・販売も行う彼女に、ベルリンでの暮らしがクリエイションや働き方に与えた影響を尋ねた。

過去のインタビューでこれまでのキャリアについては語られていますが、あらためて海外に拠点を移そうと思ったきっかけは?

中津由利加「メゾン エウレカ」デザイナー(以下、中津):日本でシューズブランド「デュルブイ(DURBUY)」を手掛けていた時はデザインから営業やPRまで全てを自分一人でやっていたのですが、雑務に追われてクリエイティブな部分に集中できないということがストレスでした。そして、過去に留学していたロンドンでまた暮らしたいという強い気持ちもあり、会社と話し合ってデザイナーとディレクターだけに専念できることになったのを機に、イギリスに拠点を移しました。その後、ワーキングホリデービザで2年間滞在したのですが、イギリスでは就労ビザの取得が難しく、2013年にベルリンに移住しました。

-そして、ベルリンへの移住を機に、自身のブランド「メゾン エウレカ」を立ち上げたと。

中津:ロンドンにいた時から、いつか自分で何かをやりたいという思いはありました。でも、ベルリンに移った頃から本格的に考え始め、自分の中で“自分がいいと思うものを集める”というコンセプトが固まったので、立ち上げました。「メゾン エウレカ」は、私のパーソナルな部分を表現するブランド。それまでは企業に雇われている以上、利益をもたらすことを求められることも多かったけれど、自分でやるなら “楽しく仕事をすること”を念頭に、売り上げを作ることが全てではないモノづくりをしようと思いました。これまでの経験からMDなどは自然に考えるようになっていますが、そこに縛られることなく自分の作りたいものを作っています。

-移住のタイミングでブランド設立を本格的に考えたのには、何かきっかけや理由があったんですか?

中津:自分の生活環境の変化が大きかったと思います。ロンドンではフラットシェアをしないと住めないくらい家賃が高く、部屋も狭かったのですが、それに比べるとベルリンではそれなりの広さがある物件を借りて暮らすことができます。それが気持ちの余裕につながり、仕事も生活もしやすくなりました。それにヨーロッパの主要都市にしては物価も安いので、自然と生活の質も上がりましたね。

-ベルリンに住んでもう5年が経ちます。中津さんにとって、ベルリンとはどんな街ですか?

中津:一言で言えば、変わった街です。首都だとは思い難いほどリラックスした雰囲気で、人も少ない。歴史的なものと現代的なものが交ざり合っていますが、ある意味、時代が止まっているような感じで、退廃的なところが魅力だと思います。先進国の首都でこんな場所はほかにないですよね。そして、アーティストやクリエイターが多く、エッジの利いた人も多い。規模は違うけれど、昔のロンドンと少し重なる雰囲気があると感じています。

働く上で時差や距離はメリットでもある

-ベルリンで暮らしながら、コレクションの生産は日本で行なっていますが、海外から遠隔でモノ作りをすることのメリットとデメリットは?

中津:時差や距離はデメリットと捉えられがちですが、メリットでもあります。それによって仕事にメリハリをつけることができているので。私はもともと期待されたり求められたりするとそれに応えたいと思う性格なので、自分がボロボロになってしまうまで頑張ってしまう。かといって、自分でコントロールするのも下手で、日本で働いていたときは一息つくことができなかったので、時差や距離があることが自分には合っていると思います。例えば、お昼を過ぎると日本は夜になるので連絡も減り、クリエイティブなことに時間を充てることができますね。逆に遠隔で進めている業務が多い分、どうすれば自分の考えがきちんと伝わるかは人一倍深く考えていて、取引先や業者の方々とのコミュニケーションをとても大事にしています。生地見本を航空便で送ってもらったり、工場や業者にスカイプをダウンロードしてもらったりと、いろいろな方の協力なしでは成り立たないので、人に恵まれていることに感謝しています。

-年2回はコレクション制作の最終段階と展示会に合わせて日本に帰国されていますよね。定期的に2カ国を行き来していて感じる、ベルリンの好きなところ、嫌いなところは?

中津:ベルリンで好きなのは、個人主義なところ。皆、他人の目を気にしていなくて、社会に適応するために時には自分を偽らなければいけない日本とは真逆のように感じます。ベルリンではアンダーグラウンドなイベントが年中行われていて、人から評価されることよりも自ら行動を起こすことが大事ということもここに住み始めて自然と学びましたし、リラックスしてクリエイションに取り組める環境です。そして、東京よりも、ロンドンよりも、ベルリンに住む人はライフスタイルを大事にしています。もちろん仕事も重要ですが、仕事に追われてプライベートをおそろかにするようなことはないですね。その一方で嫌いな部分は、お金に余裕がなくてもなんとか生きていけるという考えの人が多いからか、向上心のある人が少ないこと。街にそういうムードがあるのは事実だから、自分自身が染まってしまわないように意識しています。そして、年2回帰国することが私にとってはすごく刺激的で、忘れかけていた大切なことを思い出させてくれるんです。例えば、自分が昔描いていた“何歳になったらこうなりたい”という理想像。日本には今でも憧れさせてくれるようなカッコいい先輩たちがいるので、目指す姿を忘れずにいられます。

-確かにベルリンはきちんと自分の意思を持っていないと流されてしまいがちな街でもありますね。一時帰国することがモチベーションを思い出させてくれるというのも納得です。ほかに離れてみて分かった日本のよさや残念なところはありますか?

中津:よいのは、ご飯が美味しいところ(笑)。何を食べても全体的にレベルが高いと思います。その一方で、情報があふれていて、とても誘惑が多いですよね。その中で自分に本当に必要なものを見極めるのは難しいですし、日本人は人の意見に左右されやすいイメージがあるので、自分の好きなものに正直になりにくい環境だと感じます。それから、東京は商業都市だから、本当の意味でのクリエイションは難しいのかもしれないなと。アバンギャルドな人もあまりいませんし、モノづくりにおいても質は高くプロダクトとしては完成されているけど、ムードを作り出すのが上手い人は少ないと感じます。

念願の「カウフハウス」を始動

-今年は、ブランドのEC機能も兼ねた新プロジェクト「カウフハウス」(ドイツ語で百貨店の意)をスタートさせました。いつ頃から構想していたのですか?

中津:実は「メゾン エウレカ」を始めるもっと前から、日本とヨーロッパの素敵なものを紹介する店をやりたいなと漠然と考えていたんです。その取っ掛かりとして、すでに経験のある服や靴のモノづくりから始めるのがいいとは思ったのですが、当初からファッションブランドだけで終わりたくないという気持ちはありました。だから、「メゾン エウレカ」は架空のデパートメントストアのオリジナル商品というイメージ。そんな考えもあって、多くの商品にオマケとして付けているタイベック素材のコンビニ袋風バッグにも最初から“KAUFHAUS”と入れています。それが、やっと形になったという感じです。

-「カウフハウス」では、ヨーロッパのビンテージ雑貨を取り扱っていますが、その理由は?ビンテージに興味を持ったきっかけを教えてください。

中津:もともと「メゾン エウレカ」でも“使い捨てにならない”ということを大切にしていて、そんな思いで作った自分の商品と一緒に並べるのであれば、すでに歳月を経てきたモノを置きたかったというのが理由です。「メゾン エウレカ」のアイテムも将来、古着屋さんで扱われていたらうれしいですし、今の時代のモノはこれから長い年月が経った後に残っていくかどうか分かりませんから。ただ、ビンテージへの興味が強くなったきっかけと言えば、ベルリンに移住したことがやはり大きかったですね。イギリスに住んでいた時は家具付きの物件が多かったのですが、ベルリンでは一からそろえることになり、どうせ買うならこだわりたいなと。それからインテリアの本もよく見るようになりましたし、蚤の市にも頻繁に足を運ぶようになりました。テイスト的にも、ミッドセンチュリーの家具やインダストリアル系のアイテムがそろうドイツのビンテージの方が惹かれるモノが多かったですね。

-ビンテージを買い付ける上でも、ヨーロッパに住んでいることがメリットになっていますね。5月には、福岡に「カウフハウス」の拠点となるアポイントメント制のプライベートサロンをオープンされましたが、なぜ福岡だったんですか?

中津:自分がもし東京に住んでいたら、東京に開いていたかもしれません。ただ、取り扱っている商品のサイズや物量的にもある程度広いスペースが必要でしたし、福岡にECの拠点にする上で協力してくれるスタッフがいたということもありました。あくまでもサロンであり、ショップのように集客することは考えていなかったので、いろんな意味で好都合なロケーションでした。東京では、「カウフハウス」をスタートさせるときに世界観を表現したポップアップストアを中目黒に開き、その後、エディションと伊勢丹新宿本店でも同様のイベントを行いました。次に東京でやるときは、自分が日本にいるタイミングで開ければと考えています。

-日本国内では数多くのセレクトショップや百貨店で取り扱われ、念願の「カウフハウス」もスタートし、着実に夢を実現しているように感じます。今後、やりたいことは?

中津:絵を描いたり、作家活動をしたいです。生き方としての理想は、商業から離れていくこと。暮らしていくためにビジネスは必要ですが、ただお金を稼ぐためにブランドビジネスを大きくしていくつもりはなく、自分の内面と向き合っていきたい。常に自分が純粋に楽しいと思えることをしたいですし、「メゾン エウレカ」は皆がワクワクするようなブランドであり続けたいと考えています。

JUN YABUNO:1986年大阪生まれ。ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションを卒業後、「WWDジャパン」の編集記者として、ヨーロッパのファッション・ウィークの取材をはじめ、デザイナーズブランドやバッグ、インポーター、新人発掘などの分野を担当。2017年9月ベルリンに拠点を移し、フリーランスでファッションとライフスタイル関連の記事執筆や翻訳を手掛ける。「Yahoo!ニュース 個人」のオーサーも務める。