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「メゾン マルジェラ」の日本人デザイナー鈴木一郎が語る「トップメゾンでのキャリアアップに必要だったもの」

 「『メゾン マルジェラ(MASION MARGIELA)』からオファーがあったとき、実はブランド名もデザイナーのことも知らなかった」。意外性と驚きの連続だった鈴木一郎デザイナーへの取材の中で、筆者が最も驚いた言葉だ。

 「創始者のアーカイブを見て素晴らしいブランドだと思い、オファーを受けてフリーランスで働き始めたのが4年前。業界で学ぶことはたくさんあるが、好きなスタイルもブランドも特にない」と、ファッション業界の中核にいながらも、俯瞰しているような言い方をした。前衛的で常識から逸脱したクリエイションが魅力の「メゾン マルジェラ」のオフィスに、毎日クラシックなスーツで通っている点からも、彼の異質さが分かる。トップメゾンで働くことを夢見て、世界中から多くの人がパリを訪れるが、鈴木氏の場合は普通のルートをたどってきたわけではないようだ。

 「一般的な家庭で育ち、普通の大学を卒業し、ファッションやクリエイティビティーに特化した教育も受けていない。自分の意見もなく、人に流されやすい性格だった」と海外生活が始まる前の自分を説明した。ファッションに興味を持ち始めたのも、友人の影響だったそうだという。本を読みあさり、ファッションを政治、歴史、社会学と関連させて多角的に知識を深めているうちに、スーツに惹かれていったという。英国ロンドンにある、オーダーメードの名門高級紳士服店が集中する通り、サヴィル・ロウに憧れて、2005年ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション(London College of Fashion)の仕立てを学ぶ1年制コースに入学。「深くは考えず渡英した。やりたいことが見つからず、半ば現実逃避のように」。


 
 平日は仕立てを学び、週末は街のテキスタイル商店に通いつめ、生地の性質や織り方について勉強していると1年があっという間に過ぎた。2年目、パターンを学ぶコースに進学するための面接を控えていたが、なんと面接に遅刻。急きょ時間を割いてくれた別の面接官が、学校の課題とは別に作成していたテキスタイルのスケッチブックを高く評価し、「メンズのデザインを学ばないか」と勧めてくれた。魅力的だったが、パターンのコースよりも2年長い3年制のデザインコースに進むには貯金が十分でないことを伝えると、面接官の後ろ盾によって3年生へ飛び級し、1年間のみの在学で卒業することができた。後で知ったことには、その面接官はメンズ部門の最高責任者だったのだ。「面接に遅刻して偶然出会った彼が、いろんなドアを開けてくれた」。

 卒業して間もなく、彼の通訳として誘われ、首相や王族の服を仕立てる老舗テーラー「ヘンリー プール(HENRY POOLE)」へ足を踏み入れることに。チャンスを逃すまいとポートフォリオを見せると、見事採用。トリマーからストライカー、そして日本人初となるカッターへと昇格した。採寸などで直接顧客と触れ合う機会が多く、テーラーに指示を出すカッターは紳士服業界の中で花形のポジションだ。「京都の老舗着物店で外国人が働いているようなもの。顧客に『こいつで大丈夫なのか?』と不安な目をされることもあったし、一緒に働くイギリス人によく思われないことも正直あった」と当時を振り返る。

 200年以上の歴史を持ち、“サヴィル・ロウ最古のテーラー”として知られる「ヘンリー プール」日本人初のカッター。現実逃避先として向かったロンドンで事を成した彼だったが、2年目を迎える頃にはデザインへと興味が向いていた。貪欲なまでの知的好奇心が、またもや彼を行動へと促したのだ。金銭面での不安はあったが、芸術大学の最高峰ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(Royal College of Art)の1年分の学費を「ヘンリー プール」が負担してくれ、残り1年分を教育ローンでまかない、希望通りデザインを学ぶことができた。大学院に通いながら、フルタイムで仕事も継続。修了と同時に「ヘンリー プール」を退職したが、今でも家族のような関係は続いているという。在学中は自分の力量を試すためにコンペティションを受け続け、インターナショナル・タレント・サポート(International Talent Support以下、ITS)に優勝したことで「メゾン マルジェラ」からのオファーを受け、現在に至る。
 
 彼には、人生の岐路で進むべき道へと導き、支えてくれた人々がいる。それは「運が良い」などという言葉で片付けられるものではない。一期一会の人との出会いを無駄にしない行動力と、チャンスを見極める卓越した能力を彼が持っているように思えるからだ。「ピラミッドの一番下にあるのが努力で、その上がチャンス、頂上に運が位置する。努力が全ての礎になると信じてやってきた」。待っているだけの人のもとに運は訪れない、彼のこれまでは努力あってこそだと私たちに教えてくれる。「自分の能力に対しては常に半信半疑。06年ITSで優勝したアイター・スループ(Aitor Throup)の作品を見て、自分の作品は足元にも及ばないと思ったし、『ヘンリー プール』に勤め州制服や州長官の宮中服および式服の製作を担当するキース・レヴェット(Keith Levett)に出会って自分の身の程を知った。自尊心は大切にしているが、自分に絶対的な自信はない」。打ちのめされた経験こそが、おごらず技を磨き続ける努力につながっているようだ。

 そして彼が着実にステップアップできたのには、カッター・デザイナーとしてのセンスや技術だけでなく、語学力が鍵になっている。「テキスタイル商店や『ヘンリー プール』、あらゆる場所でいろんな人に質問し、言葉で学んだことが肥やしになった。職人肌で『見て学べ』という態度の人も多かったが、こちらの熱心さが伝われば惜しみなく教えてくれた。メゾンで働くにも、クリエイティブ・ディレクターの意思を理解するためや、チームでコミュニケーションを取るために語学を身につけることは重要。言語がいろんな可能性を広げてくれた」。

 現在は「メゾン マルジェラ」での勤務の他、年に2回伊勢丹新宿本店メンズ館で採寸会を行い、顧客向けの紳士服と自主作品「イチロー スズキ(ICHIRO SUZUKI)」を製作している。「まだ詳細は言えないが、今後別のメゾンへ移る可能性はある。どこに勤めようとも、努力を重ね、美しいものを生み出したい」とデザインへの思いを語った。次はどんな人物が彼に手を差し伸べ、運をつかんでいくのだろうか。期待せずにはいられない存在だ。

ELIE INOUE:パリ在住ジャーナリスト。大学卒業後、ニューヨークに渡りファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。2016年からパリに拠点を移し、各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビュー、ファッションやライフスタイルの取材、執筆を手掛ける