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「エルメス」「ルイ・ヴィトン」と真っ先にコラボを果たしてきた在仏日本人アーティスト 仕事の流儀は“子どもみたいな大人でいること”

 フランス人に知っている著名な日本人は誰かと聞くと、映画監督の黒澤明、北野武、小説家の村上春樹などの名が挙がる。モード好きなら高田賢三、川久保玲、山本耀司といったところ。彼らと並べると本人は謙遜するかもしれないが、河原シンスケも名の知れた在仏日本人アーティストだ。パリのギャラリー、ピクシィ(Pixi)で5月24日〜7月13日に開催した個展「FORMES」のオープニングには、アート、モード、フード、音楽などさまざまな業界の著名人が足を運び大盛況で、彼の人脈の広さを物語っていた。気さくで話しやすい人であることは知っていたが、取材時には少々緊張気味で待ち構えると、「今日は暑いから」と冷たい差し入れを持って現れた。モロッコ旅行から帰ってきたばかりだと言い、お土産話に花が咲き、親しげな人柄に自然とこちらの緊張は解けていった。

 華道、茶道、謡など伝統的な日本文化を重んじる家庭で育ち、反発からか物心ついた頃から海外に憧れを抱いていたという。留学といえばアメリカが主流の時代だったが、フランス文学や映画、イギリス音楽に引かれヨーロッパで暮らすことを夢見ていた。「武蔵野美術大学3回生の時に1年間フランス留学に来た。語学勉強といっても机の上で学んだというより、クラブに通って知らない人たちの中にどんどん入っていき、実践で身につけた。当時のフランスに日本人は全然いなかったし、知り合いも一人もいなかったけど、動かなければ何も始まらないから警戒心も持たず、我ながら果敢だった」と懐かしむ。

 留学を終えて帰国し、4回生を終えて再度フランスに戻ってきたのが1980年代初頭。ツテもなく渡ったが、チャレンジの連続の中であっという間に35年もの月日が流れた。「フランスに着いてすぐ仏新聞『ル・フィガロ(Le Figaro)』に直接電話を掛け、事前に用意していたメモを読み上げて、つたないフランス語でなんとかアポを取り付けた。作品を見せると『この記事の挿絵を描いてきて』と渡されたのが、“スーパーマーケットでバイクを売り出す”という内容の記事だった。翻訳に苦労しつつなんとか読解し作品を納品したら、それから毎週仕事を依頼されるようになって。そのうち仏「ヴォーグ(VOGUE)」、プランタン百貨店、「バカラ(BACCARAT)」などの広告や作品制作の仕事が舞い込んだ」。その他、「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」が発行する「ル マガジン(Le Magazine)」のクリエイティブ・ディレクション、ラ・ロシェルのリゾートホテル、コート オーシャン(Cote Ocean)」の総合デザイン、「エルメス(HERMES)」の“プティ・アッシュ(Petit H)”の限定オブジェピースのクリエイション、レストラン「ウサギ」のプロデュース、仙台うみの杜水族館でのプロジェクションマッピングの制作など多岐にわたって多彩な才能を発揮してきた。

 そんな彼の仕事の流儀を聞くと「子どもみたいな大人でいること」と無邪気に笑う。「画家、クリエイティブ・ディレクター、プロデューサーなど肩書きはさまざまだけど、僕としては全て同じ仕事。こんなものを創りたいという“夢”が生まれ、具現化していく作業だ。マーケティングや、戦略を立てることはない。特段こだわるのは、完成度。ほんの微々たる違いであっても、たとえプラスアルファ手をかけるのが面倒くさくても、高い完成度を求めて“夢”の実現に挑む。その過程で自分の力なんてしれていて、周りの人に恵まれたから偶然今までやってこられたと思う。創った作品が、たまたまクライアントが求めるものとマッチしただけで、これから先どうなるかも分からない」。

 創作においても人生においても、“無計画”は一つのキーワードのようだ。「アーティストになりたいとか、フランスにずっと住みたいとか思っていたわけじゃない。ただ、“今”ここにいたいという気持ちがずっと続いてきただけ。もしかしたら明日チリに住みたいと思い立って移住するかも(笑)。感情は移ろいやすく一寸先のことも分からないし、計画を立てたことなんてない。だからこそ“今”を大切にし、目の前の作品に全身全霊をかけ、未来の可能性にかけてチャレンジし続けられる」。

 未来を案じすぎるあまりに現在を犠牲にするのはもったいない。頭では分かっていても、予防線を張ってしまうのが人間だ。彼のように自由に生きられたらと感じるが、そこには責任が伴うことを教えてくれる。「生きるというのは決断の連続。全ての行動には責任を背負う覚悟が必要だ。例えば絵を描く時、どこで完成とみなし、手を止めるのかを誰かが教えてくれるわけもなく覚悟を強いられる」。子どものような自由な発想と大人としての覚悟、その両方が河原氏の作品の背景にある重要な要素だ。

 現在は、9月にパリで開催される合同展覧会の作品に取り掛かっている最中だという。フランスでの活動が主だが、今後は彼の作品を日本で見られる機会も増えそうだ。「今後は京都を日本での拠点にしようとしていて、そのエリアの工芸職人とともに何か創作したいと思っている。何十年も日本を離れ、フランスの仕事を手がけてきた分、あらためて日本の良さを再発見しつつある。計画は立てず好奇心の赴くまま、新たな“夢”をかなえるべくチャンレンジを続けていく」。

ELIE INOUE:パリ在住ジャーナリスト。大学卒業後、ニューヨークに渡りファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。2016年からパリに拠点を移し、各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビュー、ファッションやライフスタイルの取材、執筆を手掛ける