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「カフェ キツネ」パリ店勤務の76歳看板マダム 接客業の真髄は“こだわらない”こと

 「メゾン キツネ(MAISON KITSUNE)」がプロデュースし、2014年パリにオープンした「カフェ キツネ パリ(CAFE KITSUNE PARIS)」は、パリジャンと観光客でにぎわう人気店だ。20代のバリスタが店を取り仕切る中、“看板マダム”として有名なのは店員として働く石井庸子さん。「グレーヘアと笑顔がチャームポイントのオシャレなマダム」と地元で評判の彼女は、現在76歳でフランス在住約45年。一人娘が「メゾン キツネ」の創始者ジルダ・ロアエック(Gildas Loaec)と結婚し、2人の孫がいる。

 「家でじっとなんてしていられなくて、オープン当初からここで働いている」と話し始めた彼女。「もうこんな歳だから、同世代の友人に会えば『なんとか生き延びてる?』があいさつ代わり(笑)。孫くらいの年齢の子たちに普段囲まれて働いているから気分は若いし、彼らやお客さんと会話を楽しむことが何よりも元気の源で、どんな高い美容液よりも効果があると思う」と語る。偶然居合わせた、30年来の仲だというアーティスト、河原シンスケは「彼女は出会った時から全然変わらない。こんな風に歳を重ねられたらと、憧れている人」と隣で微笑む。

 人を引きつける彼女の魅力は、天性のようだ。「3人の占い師に口をそろえて『あなたは水商売が向いている』と言われたことがある。実際、20代の頃渡仏したきっかけは、知人にバーで働いてくれないかと頼まれたこと。少しだけ働いて一旦日本に帰国し、数年後パリに戻ってきて自分のバーをオープンした。その間にパリで結婚や出産もあり、子育てしながら21年間経営していたの。大使館、商社、新聞社などに勤める日本人のお客さんが多かった。初めて来た時は下っ端だった人がやがてお偉いさんになって、部下をたくさん引き連れて来るなんてこともあり、成長を見るのが楽しみの一つだった」。

 バーのママからカフェの店員と、長きにわたり接客業に携わっている彼女に、仕事の心得を聞いた。「とにかく自然体でいること。オンもオフもない、常にこのまま。肩肘張らないことね!“こだわらない”ことがこだわり」だという。来るものは拒まずの大らかで自然な立ち居振る舞いが、気負わず楽しくリラックスした空気を作り、人々を引き寄せるのかもしれない。

 「10代後半から20代は、東京とパリにブティックを持っていたクチュール水野のデザイナー、水野正夫さんに頼まれて、モデルをしていた。たくさんの服を着て、華やかな場へ行き、いろんな人に会って学んだことが、人生の礎になっていると思う。特に、水野さんに『パリに行って1時間カフェに座ってみてごらん』と言われたことが印象深い。カフェに訪れるお客さんはとってもオシャレで、スカーフの結び方一つとっても、フランス人の絶妙なセンスに感化された。派手さはなく、流行は追わず、シックで“抜け”を利かせたスタイルに魅了された」と当時を振り返る。

 彼女がパリに来た1960年代後半〜70年代のパリといえば、プレタポルタが登場し、ファッションの多様化と大衆化が進んだ時代。70年に高田賢三デザイナーの「ケンゾー(KENZO)」が日本人として初めてパリコレクションに参加し人気を博したが、ちまたでの日本人の認識はまだまだ浅かったそうだ。「アジアというひとくくりで、日本という国自体知っている人が少なかった。70〜80年代に黒澤明・監督の名が広まったけれど、それも一部のインテリ層や知識人だけ。40年程経って最近では、フランス人のパトロンが日本人シェフにフレンチレストランを任せるという話をよく耳にする。日本人の器用さが認められているということじゃないかしら」。

 時代とともにパリの街も彼女の生活も変化し続けるが、変わらないものもある。「香水だけは浮気したことがない。『ゲラン(GUERLAIN)』の『ミツコ』が私の香り」。身だしなみ同様香りを大切にするのは、普遍的なパリジェンヌの美意識だろう。彼女の香りに誘われてか、取材中も、友人や常連客が次々と足を止めては束の間の談笑を楽しむ様子が印象的だった。コミュニティーのつながり、他愛もない会話、目と目で交わされるあいさつ。一瞬心の緊張が解けるような何気ない日常の一コマは、これからも変わらぬパリの風景の一部であり続けるはずだ。

ELIE INOUE:パリ在住ジャーナリスト。大学卒業後、ニューヨークに渡りファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。2016年からパリに拠点を移し、各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビュー、ファッションやライフスタイルの取材、執筆を手掛ける