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中川綾「コレニモ」ディレクターが語る ロンドンで働くこと、生きること

 インターネットやテクノロジーが発達し、仕事やライフスタイルへの意識が変わりゆく中、働き方もまた多様化している。働く場所だって、必ずしも日本というわけではなく海外を拠点に選ぶ人もいる。大切なのは、一度きりの自分の人生をどう生きたいかということ。もちろん自身の揺るぎない意思や目標にたどり着くための努力、自分の考えを表現する語学力などは必要だが、可能性は世界に広がっている。ここでは、ヨーロッパに身を置き、自身のブランドを手掛けているデザイナーをピックアップ。その場所を選んだ理由から、海外をベースにする魅力や難しさまでを聞いた。

 第1回に登場するのは、イギリス・ロンドンでウィメンズウエアブランド「コレニモ(COLENIMO)」を手掛ける中川綾ディレクター。日本のファッション専門学校で学び、アパレル企業でキャリアを積んだ彼女が渡英した理由は、実はファッションデザイナーという仕事から足を洗うためだった……。

-まずファッションデザイナーを志すと決めたのは、いつ頃でしたか?

中川綾「コレニモ」デザイナー(以下、中川):小さい頃から絵を描くのが好きで、ファッションドローイングも好きでした。でも、特にファッションデザイナーになりたいという強い思いはありませんでした。東京モード学園に入学したきっかけも、絵が描ける仕事をしたいと思っていたから。普通のイラストレーターでは潰しがきかないと思い、だったら洋服も好きだったので、ファッションとイラストを両立できるデザイナーかなというざっくりとした感じでしたね。ですが自分のブランドを手掛けるようになって振り返ると、パターンなど一通り全てを学んでよかったと思います。

-そして、卒業後はアパレル企業に就職。ここでもいろんな業務を経験されたそうですが。

中川:在籍していた8年の間に他社と合併して、私の退職時には200人以上の規模になっていたのですが、入社当時は6人体制の小さな会社でした。なので、デザインだけでなくプレスから販売、生産管理までに携わり、その後、一つのブランドを任されていました。そんなさまざまな業務の経験も今、自分のブランドに生かされています。

-会社を辞めて、渡英したきっかけは?

中川:会社面接の時から「いつかは海外に行きたい!」と言っていたみたいなので、もともと海外志向は強かったのかもしれません。旅行も好きでしたし、洋服に携わっているからにはいろんなカルチャーと交わっていきたいという思いもありました。一番のきっかけとなったのは、30歳を前にして、忙しさからデザインすることが好きなのかどうかさえ分からなくなり、流れ作業的で、モノ作りをしている感覚もなくなっていたこと。なので、実はファッションデザインから足を洗うつもりでロンドンに来ました。

-そうだったんですか。では、なぜ「コレニモ」を立ち上げたんですか?

中川:自分のブランドをやりたいという気持ちはそこまで強くありませんでしたがモノ作り自体は好きだったので、レザーアクセサリーのブランドをやろうかなとは考えていました。それで渡英してしばらく経ってから、自分の手で何も生み出していない状態を寂しく感じるようになって小物をデザインし始めたのですが、それほど刺激的に感じなかったんですよね。一方で、ちょうど「ルベックセン ヤマナカ(RUBECKSEN YAMANAKA)」でのインターンが決まり、アトリエで生地にハサミを入れた時、「コレだ!」という思いがこみ上げて来て。どういう形でも布に触る仕事にずっと携わりたいという気持ちがハッキリしました。それから、自分用のシャツやサンプルを作るようになり、6〜7型から「コレニモ」をスタートさせました。

-「コレニモ」という名前の由来とブランドのコンセプトは?

中川:「コレニモ」は、学生の頃から組んでいたバンド名でもあるのですが、「“これにも”足していく」という意味。誰かのクローゼットを想像しながら、そこにすでにあるアイテムにすっと馴染んでいくようなコレクションを作りたいという思いを込めて名付けました。コンセプトは、“タイムレスかつエレガントで上質な服”。母親のクローゼットから娘が「コレニモ」のコートを借りて着てくれるような、シンプルでありながら時代が変わっても色褪せないような服を作っていきたいと考えています。

-キーアイテムはありますか?

中川:1930年代からインスパイアされた“バックワーズ・セーラートップ”というトップスは8年ほどずっと作り続けているのですが、シルク 100%のものは永久定番です(笑)。少量生産ですが、同じ型でビンテージの生地や昔のリバティープリントや、リネンを使って作ったり。シンプルでありながら着るとエレガントなシルエットなので、素材違いで何枚もお持ちの方もいらっしゃいます。

-イギリス製の生地を中心に使い、イギリスで生産されているそうですが、そこにこだわる理由は?

中川:語学学校に通っていた時から、イギリスにいないとできないことをやりたいと考えていました。背景のあるモノづくりをしたいという気持ちも大きいですね。私の場合、デザインの出発点は常に生地。食事に例えるなら、いい食材が手に入ったから、あの料理を作ろうといった感覚です。なので、いい生地が見つからないとコレクション製作が進まないんですよ(笑)。イギリス製の生地は、ただ綺麗なだけではなく、完璧すぎない野暮ったさがある。人の匂いというか温かみを感じられるようなところが好きです。そんなイギリスのさまざまな生地に実際に触れ、その中から気に入ったものを選び、アイテムを作ることができる。それが、ロンドンを拠点にする一番の魅力です。それに、生地屋さんは通い続けているうちに仲良くなって、特別なものをキープしていてくれたり、私が好きそうなものを見つけたら連絡をくれたりします。企業で働いていたときは見えなかったものや築けなかった関係があり、それは自分で飛び込んで行ったからこそできたことだと思います。

-逆にイギリスでモノ作りを行う上で難しいと感じる点はありますか?

中川:いい加減なところでしょうか。仮押さえしていた生地が量産の段階で無くなっていたり、雨漏りで生地がダメになったり(笑)。昔は問い詰めたり怒ったりしていたけれど、相手に逃げ場を作ってあげないとダメだなと思い、今はある程度そんなミスを笑って許せるようになりました。人間だからミスもありますし、そういう関わり方をしていると自分のミスも許してもらえるようにもなりました。

-日本で住んでいた時と比べて、働き方や価値観はどのように変わりましたか?

中川:東京にいる時は、コーヒーを淹れる時間ももったいないと思うほど、効率的に動かないと仕事が回りませんでした。そう考えると、時間を贅沢に使うことに対して罪悪感がなくなったと感じます。そして、モノをとても大切にするようになりました。今はなんでも修理して使っていますが、自分で修理した跡も“個性”や“味”として認められるという、イギリス文化に根付いている古いモノを大切にする感覚があるからこそだと思います。

ショップ兼スタジオをロンドンに

-ロンドンに移られてもう15年が経ちます。中川さんにとってロンドンはどんな場所ですか?

中川:楽しいことは自分で作らなくてはいけない街。 楽しいことやユニークなことを発信していたら、皆が興味を持って寄ってきてくれるような優しい街だと思います。

-キャリアのターニングポイントは?

中川:5年ほど前に、雑誌「キンフォーク(KINFOLK)」の編集長であるネイサン・ウィリアムス(Nathan Williams) からウエアブランド「アウワー(OUUR)」の立ち上げに協力してほしいという依頼を受け、アメリカのポートランドに家族で移住するかもしれないということがありました。結局、夫の就労ビザの発給が難しく実現しなかったのですが、ロンドンからコンサルタントとして2シーズン携わりました。プレゼン力やストーリーの伝え方など学ぶことも多かったですし、何よりも自分がこれまで地道にやってきたことが認められたような気がしてうれしかったです。

-2019-20年秋冬シーズンを最後に、日本でのセールスとPRを約9年間委託していたエージェントから離れることを決めたそうですが、その理由は?

中川:きっかけは、末端のお客さままで見てみたいという気持ちだったかもしれません。セールスエージェントはほかにもクライアントを抱えていますので、コレクションごとのフィードバックはいただけても、なかなか末端のお客さまの声というのは拾いにくいし、タイムロスがあります。そんな中でSNSを通して世界中のお客さまのリアクションがダイレクトに聞ける、見えるということに魅力を感じました。小さい規模だからこそできるサービスや自ら「コレニモ」の魅力を伝える努力は、後々「コレニモ」のためにもなると考えています。

-新たな挑戦ですね。具体的には、今後どのようにブランドを手掛けていこうと考えていますか?

中川:日本での新しい販路は決まっていませんが、当面は自分で売ることになると思います。長く商いをされているお店などの場所をお借りしてコレクションを発表できたら「コレニモ」らしくて素敵だなとも考えています。モノ作りの態勢は今まで通りで変わりませんが、コレクションの型数は少し絞り、もっとその背景が見える、伝えていける方法を模索中です。その一環で、ブランド初のポップアップショップ「クラフテッド マターズ(CRAFTED MATTERS)」をパリで開くことになりました。“手から生み出されるモノ”をテーマにインディペンデントな4ブランドが集まり、アーティストなどが好んで住んでいるパリの北マレ地区にあるブリス・スタジオ(BLISS STUDIO)で9月5〜8日の4日間行います。

-それから、今インタビューを行っているスタジオ兼ショップも近々移転されるんですよね?

中川:ここクレーヴ・ワークショップス(Cleve Workshops)は歴史的にも価値の高い場所なのですが、実は今、再開発の波にさらされています。他のテナントやローカル紙と一緒に訴えてはいるのですが、やはり大きいデベロッパーを相手では時間も労力もかかりそうで……。そんな中、友人のツテで見つけたコロンビアロードの小さなショップが空くことになり、いろいろ悩んだ末にこのチャンスを掴むことにしました。コロンビアロードは、1869年から歴史あるマーケットで知られる通り。20世紀初頭から毎週日曜日にフラワーマーケットが始まり、切り花から鉢植えまで問屋の値段で買えることを強みにイーストロンドンで一番人気のマーケットの一つになりました。そんな古き良き英国の雰囲気が残り、インディペンデントなお店が連なる通りに新しいお店(110A Columbia Road E2 7RG)を構えます。オープンは10月6日の予定で、ブランドの世界観を伝えられるような空間を作っているところです。

JUN YABUNO:1986年大阪生まれ。ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションを卒業後、「WWDジャパン」の編集記者として、ヨーロッパのファッション・ウィークの取材をはじめ、デザイナーズブランドやバッグ、インポーター、新人発掘などの分野を担当。2017年9月ベルリンに拠点を移し、フリーランスでファッションとライフスタイル関連の記事執筆や翻訳を手掛ける。「Yahoo!ニュース 個人」のオーサーも務める。