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ラフ・シモンズが意味深なショーに込めた思い ひも解くカギは2本の映画

 ラフ・シモンズ(Raf Simons)は、2020年春夏コレクションでアメリカに対する復讐劇を開幕させた。会場に選んだのは、パリの郊外ノアジー・ル・グラン(Noisy-le-Grand)にあるエンジニアリングスクールのキャンパス内。淡い紫色に染まったフロアには、黒いビニールがグルグル巻きになったイスがいくつも並べられている。現場を汚したくない殺人鬼が犯行準備を整えたかのような不気味な雰囲気の会場内は、嵐の前の静けさのようだ。

 アメリカに対する批判的なメッセージを読み上げるBGMでスタートしたショーには、「STONE(D) AMERICA」と「MY OWN PRIVATE ANTWERP」いうスローガンが並ぶアイテムがいくつも登場した。

怒れる「ラフ・シモンズ」、2020年春夏は「カルバン・クライン」へのメッセージなのか 取材記者2人のレビュー

 「MY OWN PRIVATE ANTWERP」の直訳は「私だけのアントワープ」だ。おそらく1991年公開の米映画「マイ プライベート アイダホ(原題:MY OWN PRAIVATE IDAHO)」から引用したと考えられる。同映画は男娼として働く2人の若者が、家族と自身のアイデンティティーを求めて旅するロードムービーだ。主人公が何度旅に出ても、結局アイダホの荒涼とした地にある一本道に戻ってきてしまうという内容が、ラフのファッション業界でのキャリアとどこか重なるようだった。ショーで使用されたBGMは、2014年公開の映画「アンダー・ザ・スキン 種の捕食(原題:UNDER THE SKIN)」でミカ・レヴィ(Mika Levi)が手掛けたサウンドトラックだ。同映画は起承転結がなく非常にアーティスティックな内容なのだが、筆者には「人間は物事を表面上で判断し過ぎている」というメッセージが感じ取れた。ラフが抱くアメリカ、もしくは「カルバン・クライン(CALVIN KLEIN)」に対する感情が映画のメッセージと共鳴し、サウンドトラックがその思いを代弁してくれていると感じたと想像するのは難しいことではなかった。あらためてもう一度同映画を観て、ラフの気持ちを考察してみたいと思う。

 白衣のようなラボコートや、危険な化学物質を扱う実験者のためのパッド入りゴム手袋とボクサーショーツは、コレクションに深い意味を含ませるかのようにゾクゾクとさせる効果があった。ショー後にラフは何人もの人に囲まれていたが、基本的に取材はNGだったようだ。あるフランス人のジャーナリストの質問には「自由を奪う“巻きつける”ものというイメージから着手したが、決して暗いだけの内容にはしたくなかった」と答えた。おそらく彼に巻きついていたものは解かれたはずだ。「カルバン・クライン」を去った今、彼は上司の顔色をうかがう必要はない。自身のブランドで自由にクリエイションに打ち込むという意志を、不気味で怒りに満ちた今季のコレクションが示している。

 ラフが「カルバン・クライン」を去ることが発表された際、スティーブ・シフマン(Steve Shiffman)=カルバン・クライン最高経営責任者(現在は退任)は以下のように述べていた。「チーフ・クリエイティブ・オフィサーのラフ・シモンズとは、方向性の違いにより、互いに別々の道を進むことを友好的に合意した。(中略)ラフの今後の活躍、そして彼のブランドのますますの発展を心より願っている」。今読むと、堅苦しい形式張ったコメントが少々不気味にも思える。見境なく感情を露わにする人間よりも、丁寧な言葉で繕って腹に一物を抱える仮面を被った人間の方が、残酷だったりするものだ。

ELIE INOUE:パリ在住ジャーナリスト。大学卒業後、ニューヨークに渡りファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。2016年からパリに拠点を移し、各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビュー、ファッションやライフスタイルの取材、執筆を手掛ける