ファッション

“EC時代にわざわざ行きたい店”、桐生の「エスティーカンパニー」 「タナカ」によるコト提案型イベントに密着

 群馬・桐生に、ファッション業界では「桐生にこの店あり」とよく知られた個店セレクトショップがあります。店の名前は「エスティーカンパニー(ST COMPANY)」。環敏夫社長が創業して約40年、2018年に桐生駅前にあった以前の店舗から商店街の中にある現在の場所に移転増床しました。以来、ユニークでモダンな店の作りや、ここでしか体験できないさまざまなポップアップイベント、家族のようなアットホームな接客で、ますます存在感を強めています。“ECでなんでも買える時代にわざわざ行きたくなる店”の好例として、ぜひ紹介させてください。

 コロナ禍は多くのファッション小売りにとって甚大な痛手となりましたが、「エスティーカンパニー」のようにしっかり顧客との関係性ができている店は、危機の中でもきっちり集客ができて強い。県外からの来店も多く、まさにこの店のために桐生を訪れるという“デスティネーションストア”になっています。私も年1回ほど同店を訪れていますが、今回は先日「東京ファッションアワード」を受賞した「タナカ(TANAKA)」がイベントを行うというので10月1日の土曜にお邪魔してきました。

 「タナカ」はニューヨークを拠点にするブランドで、凝った加工を施したきれいなパターンのジーンズ(3〜4万円台が中心)が看板アイテム。デザイナーのタナカサヨリさんはヨウジヤマモト、ユニクロのウィメンズグローバルデザインチームを経て17年にブランドを立ち上げました。ユニクロ時代も多数のジーンズを企画していたと言います。現在、卸先は国内と海外それぞれで40アカウント。毎シーズン、東京、ニューヨーク、ミラノ、パリで展示会を行っていて、この日も「前日にパリから来日し、空港から桐生に直行した」とタナカさんは話していました。

テラスでニューヨークを感じるジャズライブ

 通常、セレクトショップで開かれるポップアップイベントというと、イベント用のVMDを組んで商品を集積し、デザイナーが店頭に立って接客する、といったことが主なコンテンツになります。それも十分に特別感があって楽しいですが、「エスティーカンパニー」のポップアップはそれだけでは終わらない企画も多いんです。今回は「『タナカ』の拠点であるニューヨークの空気を感じてもらう」ことと、「購入した商品をその場で職人がカスタマイズする」の2軸でイベントを設計していました。

 まずは「ニューヨークの空気を感じてもらう」の部分。「エスティーカンパニー」は2階にカフェもあって(カフェメニューのナポリタンがとても美味しい)、そのテラス部分でデザイナーのタナカさんがニューヨークで出会ったというジャズミュージシャン3人の即興演奏が始まったり、人気のタコス店「キタデ タコス(KITADE TACOS)」の屋台が出ていたり。イベントに合わせてオーガニックワインも豊富にそろえていました。

 「購入した商品をその場でカスタマイズ」は、会場が1階のギャラリーに移ります。毎回、ポップアップイベントではこのギャラリーが会場になることが多いですが、今回はギャラリーに秋冬物を陳列するだけでなく、床に汚れ防止用シートをひいて、中央のテーブル上で客が購入したデニムアイテムやスエットに1つずつペイントを施していました。ペイントを手掛けるのは、いつも「タナカ」のデニム加工を担っているという西江デニムの柞磨知弥(たるま・ともや)開発室室長。柞磨室長は、「タナカ」が使用するデニム生地メーカー、カイハラの担当者と共に、はるばる岡山から駆けつけていました。

 お客さまはタナカさんと相談しながらペイントの色合いや仕上がりのイメージを決めていきます。そして、ペイントが始まるとタナカさんが柞磨室長の横に立ち、「この部分にこうペイントするのはどう?」「いや、こっちの方がいい」といったやり取りをして世界に1つだけの商品を作っていきます。加工賃はデニムアイテムで3000円です。これ、加工風景を見ているだけでもとても面白い。実際にお客さまからも好評で、私が滞在していた数時間だけでも5着以上のペイントが行われていました。

店が顧客の人生の一部に

 「イベントを通して、ニューヨークの空気感やアートの要素など、私がインスピレーション源にしているものをお客さまに感じてほしかった」とタナカさん。ギャラリーでの商品展示は10月10日まで行っており、9日には再びジャズ演奏やタコス屋台なども予定しているそうです。ペイントによるカスタマイズも、好評を受けて10日まで受け付けを延長しました。

 タナカさんは「『エスティーカンパニー』は単にモノを売り買いするだけでなく、人が集まる場所になっていて、集まる人たちのライフスタイルを感じられる店になっている。働いているスタッフ全員から、ここが好きだという気持ちが伝わってくる。その中のコンテンツの1つとして、『タナカ』のポップアップができることがとても嬉しい」とも話していました。これには私も完全に同意です。あの店に行くと高い頻度でいろんな業界人に会えますし(今回は伊勢丹新宿本店や阪急うめだ本店、「エスティーカンパニー」などと組んで「デニム de ミライ」プロジェクトを行ったヤマサワプレスの山澤亮治社長に会いました)、お客さまとも徐々に顔見知りになってくる。まさに人が集うコミュニティーとしての店です。

 今回、10年ほど前に「ファセッタズム(FACETASM)」の受注イベントで「エスティーカンパニー」を取材した際に声をかけたお客さまたちにもお会いすることができました。「ファセッタズム」のイベント以降も何度かイベントでお見かけしていましたが、今回は新たな家族が増えたといったお話も聞くことができ、店を通して人とつながり、その近況を知ることができることになんだか胸がジーンとしました。聞けば、20〜30年間お店に通っている顧客さんだそうです。「専門学校の入学式に来ていく服を買ったのが『エスティーカンパニー』での最初の買い物だった」とも話されていました。お客さまの人生とともに店があることを感じる、すてきなエピソードですよね。地方の個店だからこそとも言えますが、働いているスタッフが変わらない点もコミュニティー感、安心感につながっているんだと思います。事情があって退職したスタッフも、イベントには遊びに来てお客さまと交流していました。

 ただ、そんなふうに聞くと店が年数を経るとともにお客さまの年齢層も上がっているんじゃないかと思ってしまいますよね。その点、「エスティーカンパニー」は若い世代の取り込みもしっかり進んでいるんです。「タナカ」のジャズライブにも家族連れや長年の顧客に加え、若いカップルの姿がありましたし、20代の男性スタッフにはしっかり同世代のファッション好きのお客さまがついています。イベント告知などのSNSを見て、店を訪れる若い世代も増えているといいます。

他社にも参考になる“デスティネーションストア”の好例

 「エスティーカンパニー」では、9月17〜25日には「セブン バイ セブン(SEVEN BY SEVEN)」のポップアップイベントを行い、7月にはカフェでスイーツ×バーのイベントも実施していました。また、10月末には桐生市内のアウトドアショップ「パーヴェイヤーズ(PURVEYORS)」と組んだイベントも予定しています。人員も限られる中で、こうしたイベントを毎回運営できているということが、実はとてもすごいことなんじゃないかと思います。「今回のイベントも当日どうなるか分からない部分があったが、スタッフが『とにかくやってみましょう。私たちならできるから』と話していた」と「エスティーカンパニー」の環社長は振り返ります。私の知る限り、10年以上前から店でさまざまなイベントを行ってきたことで、しっかりノウハウが蓄積されているんでしょうね。

 そのノウハウはちょっとやそっとでは真似できないでしょうし、取り組むブランド側にとっても「エスティーカンパニー」はやはり特別で、同店だからこそ「あんなことがやりたい」「こんなこともやりたい」といった思いやアイデアがあふれてくるんだとは思います。だから、どんな店も同じようにできるとは言いませんが、「エスティーカンパニー」のあり方はこれからの時代の実店舗のあるべき姿として、さまざまな分野・規模の小売りにとって参考になる部分が多いんじゃないでしょうか。こういうお店がさらに増えて、ファッション業界全体がより盛り上がっていくといいなと感じています。

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