ファッション

2021年最も話題を集めたデザイナー、デムナが「バレンシアガ」のビッグイヤーを振り返る

 2021年は、まさにデムナ(Demna)「バレンシアガ(BALENCIAGA)」アーティスティック・ディレクターにとって大きな1年だったと言える。7月には50年以上ぶりに再開したオートクチュール・コレクションをお披露目し、9月のメットガラではキム・カーダシアン・ウェスト(Kim Kardashian West)の覆面ドレスなどの衣装を手掛けた。そして、10月のパリコレではレッドカーペット・イベントを再現し、新作コレクションと共に「ザ・シンプソンズ(THE SIMPSONS)」とコラボしたオリジナル作品を上映。そのほかにも、「グッチ(GUCCI)」のアレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)クリエイティブ・ディレクターとお互いのコレクションを“ハッキング”し合ったり、人気オンラインゲーム「フォートナイト(FORTNITE)」のためにデジタルファッションを制作したりと、その一挙一動が話題を集めた。22年に入ってからも「イージー(YEEZY)」と「ギャップ(GAP)」のコラボレーションライン“イージー・ギャップ”とのコラボを発表するなど、その動きが見逃がせないデムナが、昨年の取り組みを振り返るとともに仕事への向き合い方を語る。

米「WWD」(以下、WWD):「バレンシアガ」のクチュール・コレクション再開は、ファッション業界における歴史的なニュースだった。クチュールは、デザインワークにどのような影響を及ぼしている?

デムナ=アーティスティック・ディレクター(以下、デムナ):クチュールを始めたことで、素晴らしいファッションや上質な服を生み出すための時間がいかに重要であるかを実感した。プレタポルテでは、もうそんな時間を確保することはできないからね。フィッティングの時間や、デザイナーとしてアームホールを調整する時間、ディテールや生地、仕上げを考える時間など、特定の製品にかける時間を増やすため、プレタポルテ・コレクションの負荷を減らす必要があると思った。それから、個人的なことでは、久しぶりに自分自身に絶対的な自信を持てたよ。自分のビジョンが明確になったし、これこそ本当に自分がやりたいことだと感じた。クチュールに取り組んでいる時、ふと自分が楽しんでいることに気づいてね。流れに逆らったり戦ったりしているわけではなく、大好きなことをやっているんだ。

WWD:その一方で、22年夏コレクションの発表では、「ザ・シンプソンズ」というとても親しみやすいものを選んだ。その理由は?

デムナ:私はいつも、自分のビジョンを明確に表現できる新たな分野を探している。今回の発表はクチュールよりも前から計画していたもので、自分が何を見せたいかという点での長期的なシナリオの一部だった。7月にクチュールがあることは分かっていて、それは私にとって、とてもエモーショナルかつシリアスで、静かな瞬間だった。だから、その後に来るものは、ブランドの表現としてもっとポップカルチャー寄りで面白いと同時にコンセプチュアルである必要があると考えた。

WWD:そのために、パリコレのイベントでは「ザ・シンプソンズ」を軸に華やかな映画のプレミア(試写会)のようなスペクタクルな演出をしたと?

デムナ:クチュールでは、セレブリティともっと一緒に仕事をし、どこか並外れた存在になるというアイデアに、自分自身とバレンシアガを開放した。「セレブリティは今の時代、何を意味するのか?」という自分自身の疑問を浮き彫りにする必要があったからね。私の挑戦は、いつだって「バレンシアガ」での私の取り組みをフォローし、製品を購入し、私がもたらそうとしているマインドセットを分かってくれる存在であるオーディエンスを魅了すること。次の回は、常にこれまでと異なり、刺激的かつ意表を突くもので、楽しくなければいけない。

WWD:21-22年冬シーズンのビデオ「フィール・グッド」では、愛らしい動物の赤ちゃんやドラマチックな空、抱き合う人々を映し出すなどして、製品は使わなかった。そういった演出も含め、2021年のブランドコミュニケーションでは多くの実験をしていたが、その背景にはどのような考え方があるのか?

デムナ:パンデミックの中、今までのやり方ではダメだという現実に直面することになった。ただ、それは私たちをこのコンフォートゾーンから引き出してくれるからこそ、面白い。ブランドが映像や画像を発表するとなると、なぜいつも製品についてになるのだろう?例えば、あのビデオでは「製品を入れず、メッセージだけを込めよう」と考えた。それは、「バレンシアガ」のビジョンに呼応するメッセージを視聴者に届けるというストーリーの一部。それが、必ずしもブーツやスニーカー、コートである必要はない。そして、“フィール・グッド”な映像は、まさに発表当時にふさわしいと感じた。あまりにも(一般的なものとは)異なるフォーマットだから、製品が出てこないことに気づかない人もいたよ。大切なのは小難しくなく、人を笑顔にすること。それは、ファッションが時として忘れてしまうものでもあると思う。

WWD:この約1年のコレクションの発表方法は、映画監督のハーモニー・コリン(Harmony Korine)によるVHSテープを使ったローファイなものから、最先端のビデオゲーム「アフターワールド:ザ・エージ・オブ・トゥモロー(Afterworld: The Age of Tomorrow)」まで多岐にわたっていた。実際、どのくらい先のことまで考えているのか?

デムナ:ビデオゲームと「ザ・シンプソンズ」のプロジェクトは20年3月にセドリック(・シャルビ=バレンシアガ最高経営責任者)と話し合っていたけれど、ちょうどパンデミックが始まり、今後のコレクションを見せるための別の方法を考えなければならないと気づかされた。こうしたプロジェクトの多くは3〜6カ月以上の期間が必要。例えば、「アフターワールド」では制作に9カ月近くかかり、「ザ・シンプソンズ」もかなり予測不可能なものだった。だから、私はプロジェクトを早めにスタートすることが多い。22年の計画は、もうすべて決まっているよ。もちろん、サプライズは常にあるし、私自身もサプライズが好き。そのための余白はあるけれど、核となるものもある。重要なのは、目的地があること。さもなければ、それはどこに向かっているのか分からないままタクシーに乗っているようなものだし、奇妙なことだろう。一方で、コレクションに関しては、徐々に発展してきたものであり、“進化”と言える。前回のコレクションで作ったトラックスーツのジャケットは、それより前のものより良くなっていると思う。自分の美学に近い製品を作り続け、より良いバージョンへと進化させているからね。例えるならば、iPhoneのようなものかな。iPhone 13がiPhone 12よりはるかに優れているかどうかは分からないけど、それでも確実に少しは進化しているだろう?

WWD:メットガラでは、キム・カーダシアン・ウェストと一緒に覆面姿で登場し、大きな注目を集めた。その狙いは?

デムナ:顔を覆い隠すことは、本当にプライバシーを守ることになるのか?私がそうすれば、そうなるかもしれないけれど、キムのようなセレブリティがそれをしたら?メットガラはバズを起こし、ハロウィンには彼女を真似たコスチュームで溢れ返った。そんな効果は、とても興味深いものだった。(覆面を被っているのは)キムじゃないかもしれないし、彼女の影武者かもしれない。(真実を知っている)私以外は、誰も100%の確信はない。でも、体型やシルエットが実際の顔以上にブランドとなることもあるから、顔を見る必要さえないのかもしれない。それは、人類学的な観点からもとてもワクワクすることだと思ったよ。

WWD:あなた自身も覆面姿でメットガラに参加したが、どうだった?

デムナ:まるで違う惑星にいるような気分で、自分のコンフォートゾーンとは真逆という感じだった。覆面は周りで起こっていることと私の間にあるバリアのようなもので、ほとんど自分自身でないかのように振る舞うことができた。あの場所は、居心地が悪かったからね。それから、視界があまりはっきりしないから、不安も和らいだ。ある意味、本当にあの場をやり過ごすに役立ったよ。

デムナが次に取り組むものは?

WWD:そうしたショービジネス的な要素も大きいが、その裏側で「バレンシアガ」は着々と商品ラインアップを広げ続けている。次はどんなものを考えている?

デムナ:ファッションは、私が「バレンシアガ」に加わった当初からずっと非常に重要な部分。というのも、デザイナーを生業にする私はファッションが大好きで、ファッションで目立つこと、違いを出すこと、自分自身のアイデンティティを表現することが大好きだから。でも、過激になることもあり、万人向けではないことは確かだ。その一方で、着こなしやすいTシャツやスニーカーなどのコマーシャルな製品もある。ただ、それだけではなく、私がずっと愛してやまない服があり、それは実は自分の原点でもある。私が初めて自分の手で作ったのは、シングルブレストのメンズテーラードジャケットだった。私は、脱構築よりもテーラリングからファッションを学んだので、それを少し恋しく思っている。だから次に来るものものは、シーズンを問わずタイムレスで、品質という点でファッション的なアイテムよりもはるかに高く、しかしクチュールほどクレイジーではない、とてもクラシックなワードローブというアイデアだよ。

 というのも、「バレンシアガ」のビジョンや私が手掛ける製品には、基本的にクラシックなワードローブという層が欠けているということに気づいたんだ。それは、この上なくクラシックで、仕立ての技術によって磨き上げられたワードローブのようなもの。もちろん、フィット感やプロポーションは若干アレンジするけど、通常のシーズナルなコレクションとはまったく違う方法で取り組んでいる。今年発表予定の次のクチュール・コレクションとは別に、今取り組んでいる主な仕事のひとつだよ。私の美意識の中でとても新しい“言語”であり、まだ人からあまり知られていない部分だと思うので、とてもワクワクしている。

WWD:デザイナーは、メディアからの称賛やビジネスの成功、文化的な関連性、あるいはただ人が自分の服を着るのを見ることなど、さまざまなところにやりがいを見出す。あなたにとって、ファッションビジネスの原動力は?

デムナ:毎朝、クローゼットの前で「今日におけるファッションは何だろう?それはどんなものか?気分やシルエットなど、今日は何が私を心地よい気分にしてくれるだろう?」と自分に問いかける。これがおそらく私とファッションの関係であり、ある意味、私のアイデンティティの決め手になっていると思う。

 一方で、真の意味で私の原動力になっているのはこれだ、という光景を最近見かけた。チューリッヒの街角でスケボーを楽しむ若者たちだ。その姿は15~20年前の私のようだった。シルエットや極端に長いスリーブなど、私に特有のスタイルという点でね。ただ、その子たちは私が手掛けた服着ているわけではなかったし、ブランドものでもなかった。今となっては、これはある世代を象徴するスタイルのようなものなのだろうし、ファッションでさえなくなり単なるスタイルになっている。

 そうして私がメインストリームに持ち込んだものは、もう私のものではない。でもそこに存在し、若者たちの間で独自の発展を遂げている。そうしたことが私を駆り立て、もっと遠くへ行きたい、もっと自分のコンフォートゾーンから抜け出したい、どこかにいる誰かに影響を与えるようなことをしたいと思わせてくれるんだ。私はその人たちのことを知りもしないし、多分一生会うこともないだろう。でも、私が作ったものが彼らに影響を与え、そこからスタイルが生まれるんだよ。

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