月刊誌「WWDビューティ」には、美容ジャーナリストの齋藤薫さんによる連載「ビューティ業界へオピニオン」がある。長年ビューティ業界に携わり化粧品メーカーからも絶大な信頼を得る美容ジャーナリストの齋藤さんがビューティ業界をさらに盛り立てるべく、さまざまな視点からの思いや提案が込められた内容は必見だ。(この記事は月刊WWDビューティ2020年11月号からの抜粋です)
進化、進化、進化……このワードを毎日のように目にするほど、コスメの世界は進化と共にある。そして“革命的”を常に待ち望んでいる。にもかかわらず、化粧品の世界は極めて保守的。先進性を喜ぶ一方、どこかで「あんまり変わらないでね」と思っている、そういう“ねじれ構造”が潜んでいるのだ。
言い換えるなら、コスメ業界にはあまりに先進的すぎるものは、なかなか受け入れない土壌があるということ。例えば2006年に「SK-II」から発表されたエアータッチファンデーション、覚えているだろうか。もちろん今見ても充分過ぎるほど新しい、未来的な超高機能機器には本当に目を見張ったもの。ただの噴霧式のファンデではない、肌と粉体をイオン結合させるため、マイナスイオンを帯びる素肌には付着しても、髪や眉、洋服には吹きかけても付かないという画期的なものだった。従って、手の平に噴射させれば手の平にしか、指先に噴射させれば指先にしか付かないのだ。1カ所に固まることなく、微細な粉体が見事に均一に整列、誰が塗っても驚くほど美しい肌が出来上がる。ちょっと意味が分からないほど高次元の作り!しかし従来のファンデに取って変わることはなかった。マスコミもコスメ界も驚愕したものの、あまりに新し過ぎたか現実には戸惑いの方が大きくなかなか定着していかなかった。失敗ではなく「早過ぎた」というのが大方の見方で、今はもう誰も話題にしない。正直「何ともったいない」と思ったものだ。
確かに美容は習慣性が一つの命で、慣れ親しんだものが劇的に変化することに抵抗を示す人は少なくない。でも、世の中が激変していく中、化粧品はやっぱり保守的過ぎないか。美容には“不変の正解”が山ほどあるが、でも逆に人をキレイにするテクノロジーは本来もっと不可能を可能にし、人を劇的に変えられるのに、単に習慣を変えたくないというだけでその流れを止めてしまってもいる。しかも小さな発明には喝采を送るのに、歴史的な発明ほど受け入れようとしないのは残念な話。次元を超える進化は、もっともっと評価されて然るべきなのに。
20年、花王が満を持して発表したのが、ファインファイバー。目に見えないほどのミクロの繊維を吹き付けて人工皮膚膜を肌と一体化させる異次元の素材と機器だ。まずは極薄皮膚膜をまとってそのまま睡眠、創傷治療の要領で翌朝もう毛穴が見えないほどの肌質改善を成し遂げる超速攻ナイトケアとしてデビューしたが、その応用が今後は見えないファンデや欠点カバーの人工皮膚をかなえていくのだろう。言うならば、女の夢、化粧品の夢を現実のものにしてくれたのに、市場は案の定、新し過ぎると戸惑っている。さすがにもう時期尚早という時代ではない。車の自動運転が始まろうという時代、コスメ界ももっと前のめりになっていいのではないか。疑いようもなく、一瞬で美肌になれる、そのスピードも精度も美容医療と四つに組んで闘えるほどのものなのに。またも受け入れないとしたら、あまりにもったいない。