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関西最後の「西武」が営業終了 堤家ゆかりの滋賀県で44年

 西武大津店(滋賀県大津市)が31日、最後の営業を終え、44年の歴史に幕を下ろした。2019年9月に閉店した西武高槻店に続き、同大津店も撤退したことで、「西武」の屋号を持つ百貨店が関西から姿を消すこととなった。

 最終日は朝10時の開店前に550人が行列を作った。開業時から同店を見守ってきた中高年はもちろん、若年層も含め幅広い年代の地元客が来店し、最後の買い物を楽しんだ。7月1日から閉店記念のサンクスセールを開催。最終日を除く8月の売り上げは前年同月に比べて2倍、最終日は同2.5倍で入店客数は約2万5000人だった。

 7階で開催されていた「44年のあゆみ展」にも大勢の人が詰めかけ、約100点の写真パネルに見入りながら写真を撮ったり、思い出を語り合ったりして懐かしんだ。正面玄関近くにはメッセージボードが設置され、「大津の自慢の西武さん、ずっといてくれると思っていたので残念」「約30年前のジョンレノン展が忘れられません」「やっぱり私の青春かな」など、閉店を惜しむ声や感謝の言葉、思い出のエピソードなどで埋め尽くされた。地元から愛された百貨店だったことが改めて伝わってきた。

 新型コロナウィルス感染拡大防止のため、閉店セレモニーは行われず、通常の閉店体制だったが、夜8時の閉店が近づくと1階南出入口前には最後の瞬間を見届けようと数百人が殺到。同店の宮島潤店長が最後の客を見送り、深くお辞儀してシャッターが下りはじめると、「ありがとう」「さよなら」と声援が飛び交い、多くの拍手が送られる中、最後の営業を終了した。

 中学生のときに同店が開店し、大学生の2年間、エレベーターガールのアルバイトをしたという市内在住の主婦(58)は「めちゃくちゃ懐かしくてエレベーターの写真も撮った。開店当時はこの界隈で一番華やかな場所で学校帰りによく入り浸っていたが、最近は日常的に利用することはなくなった。あるのが当たり前になっていたのか、いよいよ閉店となると自分にとって大きな存在だったと気づき、寂しさが込み上げた」と、涙で言葉を詰まらせた。

 1979年から市内に住み、愛犬のトリミングで同店のペットショップをよく利用していたという男性(74)は「デパートでは珍しく、駅前から離れた不便な立地にあるのは、西武の堤さんが地元の発展を願っていたから。近隣のマンションの住民のなかには西武百貨店があるから引っ越してきたという人も多い。跡地はマンションになるそうで非常に残念」と名残を惜しんだ。

 西武大津店は、1968年に琵琶湖を埋め立てて開催された「びわこ大博覧会」の会場跡に、76年6月開業。滋賀県は西武グループの創業者、堤康次郎氏の出身地でゆかりが深く、大津市初の百貨店として市民らに親しまれてきた。しかし、バブル崩壊後の1993年をピークに業績が低迷。371億円だった売上高は19年2月期に99億円まで落ち込んでいた。低価格SPA(製造小売り)アパレルの台頭や郊外型ショッピングモールの勢力拡大、京都や大阪商圏への顧客流出、ECの急成長など、地方百貨店を取り巻く経営環境の激変に対応できず、業績悪化の一途をたどった。

 同店に隣接していた大津パルコも2017年8月に閉店。かつて西武王国といわれた土地柄だが、小売業でも権勢を誇った西武の存在感がさらに薄まる。同時に滋賀県は山形県、徳島県と同じく、県庁所在地に百貨店がない県となった。

 そごう・西武は31日に、そごう徳島店、そごう西神店(兵庫県)、西武岡崎店(愛知県)の営業も終えた。「西武」だけでなく、大阪発祥の「そごう」の屋号も関西から消えた。

橋長初代(はしなが・はつよ)/流通ライター:同志社女子大学卒。ファッション専門誌の編集を経てフリーランスのライターに。関西を拠点に商業施設、百貨店、専門店、アパレル、消費トレンド、ホテル、海外進出などの動向を「WWD JAPAN.com」「日経クロストレンド」などに寄稿。取材では現場での直感と消費者目線を大事にしている。最近の関心事は“台湾”と“野菜づくり”と“コロナ後のファッションビジネス”。「リモート取材が浸透すれば、もっと取材先を広げていきたい」

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