マリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)は7月9日、自身とブランドの故郷のローマで、「フェンディ(FENDI)」では初めてのオートクチュール・コレクションを発表した。「フェンディ」でのデビュー・コレクションとなった2026-27年秋冬同様、実用的でリアル、一見するとシンプルなモノトーンのスタイルを連打したが、「毛皮の工房からスタートしたブランドは、触覚に訴える柔らかさを持つべき。そして何より、軽さ。軽さは、現代の女性に欠かせないものだから。『フェンディ』の5人姉妹(ブランドの2代目にあたるパオラ(Paola)とアルダ(Alda)、カルラ(Carla)、フランカ(France)、アンナ(Anna))は常に現代的な女性を体現し、彼女たちの姿勢こそが魅力だった」と話し、素材と軽さに注力し、控え目なスタイルの中に圧巻の手仕事を盛り込んだ。マリア・グラツィアは、「フェンディとは、クラフト(職人技)そのもの」と結論づける。
サラッとした手触りのウールから、毛足が長く肌に吸い付くようなベルベット、柔らかなチュールやシフォン、オーガンジーと、相反して強いブラックレザー、そしてもちろん毛皮など、さまざまな素材を用い、融合した。マリア・グラツィアは、「クチュールは素材ではなく、フォルムやラインを重視しがちだが、『フェンディ』はその逆。なぜなら『フェンディ』のクチュールは、フォルムや構造ではなく、(豊かな質感の)毛皮から始まったから。『フェンディ』のクチュールが成り立つ唯一の方法は、素材にフォルムを合わせること」と話す。と同時に、チュールの上に繊細なカッティングで茎や蔓から伸びる花々を描いたレザーをのせてドレスに仕上げたり、ベルベットのライナーにはシルクを選んだり、素材を上下で貼り合わせたり、左右で象嵌細工のようにかがったりすることで融合を試みる。さまざまな素材の融合には、アトリエ間の協業が生んだ、職人たちの卓越した技術の結集という意味を込めた。そこには、それぞれが違う役割を担うことでブランドを一丸となって成長させた5人へのリスペクトから、ブランドが誕生した100年前の直前までは小国家が乱立しており故に地域によってさまざまなファッションが根付いているイタリアという国への思い、そして、アトリエ間の協業によってクチュールを次のステージへと導こうとする野望などの意味を込めている。“オート・フリュール”コレクションと称して毛皮における先進性を表現してきた「フェンディ」のオートクチュールだったが、マリア・グラツィア初のそれは、驚くほど毛皮のみに依存しないバリエーション豊かな素材使いへと進化している。
「5人姉妹は、人生との向き合い方を示す指針
彼女たちは、それほど遠い存在でもない」
そんな素材の融合で生み出したのは、マリア・グラツィアらしいスタイル。流麗なシルエットで女性の曲線美を表現しながら、パフスリーブやアラベスクのモチーフなどを取り入れることでロマンティックなフェミニニティを表現。透け感の高い素材使いで官能性も忘れないドレスなどが並ぶ。今シーズンはそこに、「毛布のようにエフォートレスなケープ」と、同様に「まるでキモノ感覚で羽織れるジャケット」を加えた。ケープやジャケットは、ジェンダーを意識せず、男性のモデルにも羽織らせる。マリア・グラツィアは、5人姉妹も1960〜70年代にかけては伝統的な毛皮のコートを解体・再構築して「身体を締め付けず、優しく包み込む洋服の提案に尽力した」という。
もう一つの特徴は、軽さだ。「この業界では皆、今は軽さのために働いている。もはやファッションとは、軽さそのもの。構造のない洋服を作りたかった」と話す。そこでシフォンやジョーゼット、オーガンジー、チュール、そしてレースなどの素材を多用し、ファーやレザーはなるべく薄く漉くことで、驚くほど軽やかに仕上げた。ファーストルックのモノトーンで作る”ペカン(「フェンディ」におけるストライプのこと)”のカフタン風ドレスも、これまでのデザイナーはレザーやファーで仕上げてきたが、バイアスに裁ったシフォンで作った。シフォンは裁断後、2日ほど壁に吊るし、重力で伸び切った後、その生地から極細の糸を抜き取り横方向にかがっている。一見すると控え目ながら、その技法はもはや超絶。そして、驚くほど軽い。マリア・グラツィアは、「このドレスはクチュールの好例。それぞれの体型に合わせてプロポーションを調整した。そうでなければ、このグラフィカルなモチーフは中央に配置できない。クチュールを求める人々は、イメージで選ぶのではなく、服を身にまとった時の体験を求めている」と振り返る。
5人姉妹の精神を現代へ。クチュールのショー会場で始まった展覧会では、5人姉妹の長女パオラの回顧インタビューなどのコンテンツを盛り込んだ。「私にとって5人姉妹は、人生との向き合い方を示す指針のような存在。彼女たちは、私自身のそれほど遠いものでもない」と話す。