デジタル、そしてAIによって、あらゆる人間のタスクに合理化の波が押し寄せている昨今。そんな時代に、「運ぶ」という人間にとって原初的で日常的なタスクを現代的な視点で捉え直しているのが、香港発のバッグブランド「エイブルキャリー(ABLE CARRY)」だ。2017年の設立以来、越境ECを軸に成長し、23年に日本へ本格上陸した。現在は「ビームス(BEAMS)」をはじめとするセレクトショップなど国内販売拠点は200超へ拡大。独自の背負い構造による快適性はSNSで“無重力バッグ”と呼ばれるなど、じわじわと存在感を高めている。
デザイナーは、ファッションデザインではなくプロダクトデザインが出自。そのため同ブランドのバッグは、ファッションアイテムである以前に「運ぶ」ためのツールという元来の役割に強く重きが置かれる。バッグ単体の機能やディテールが考え抜かれているだけではない。バックパックからスリング、ポーチ、パッキングキューブまで製品軸を広げ、これらを相互に連携させることで、荷物の大小・多寡を問わずあらゆる「運ぶ」シーンに対応できるブランドを目指す。創業者兼CEOのジュリアン・チョウ(Julian Chow)に構想を聞いた。
WWD:改めて、「エイブルキャリー」のコンセプトについて教えてほしい。
ジュリアン:われわれが掲げているのは“a bag for every body”。モノを運ぶ必要がある全ての人を助けたい、ということだ。ミッションは“毎日使いたくなる完璧なバックパックを作ること”であり、そのために「使いやすさ」「背負い心地」「長く使える作り」を設計の原則にしている。特に主眼に置くのは、都市で暮らす人のサポート。電車に乗り、街を歩き回る人にとってベストなバッグを目指している。
日本の声も反映 フィードバックで進化した“マックスEDC”
WWD:ヒーロープロダクトは?
ジュリアン:いま最も伸びているのは、24年に発売した26Lの“マックスEDC”だ。既存モデルに大型の“マックスバックパック”(発売時30L)と、より小ぶりな“デイリー プラス”(21L)があったのだが、ラップトップの主流サイズを徹底的に調べ、テストで実際に人がパッキングする様子を観察し、これらのフィードバックをベースに作ったのが中間サイズのマックスEDC。20年に発売した“マックスバックパック”は当初トラベルバックパックを想定していたのだが、コロナで誰も旅行に行けなくなったことに加え、「ビジネス向けにより小さいものが欲しい」という声も大きくなっていたことも開発のきっかけになった。
われわれは常に世界中からカスタマーの声を集めていて、日本専用のフィードバックチャネルがある。既存モデルも、常に漸進的な更新を重ねている。マックスEDCの発売後、一方で大容量がうりのマックスバックパックは30Lから32Lに増容量し、トラベルバッグとしての立ち位置を際立たせた。鮮明に覚えているのはストラップの長さについてのリクエストだ。日本のユーザーは想定よりタイトに背負いたい人が多いと分かり、長さを短く調整した。エックスパックとコーデュラ1000Dから始まった素材展開も、幅を広げている。日本で非常に要望の大きかったバリスティックナイロン素材を昨年投入し、反応は良好だ。変更自体はごく小さく、気づかれないことすら多い。だが、その積み重ねこそが大きな違いを生むと考えている。
WWD:フィードバックを元に製品をブラッシュアップしていく考え方は、まるでITにおける「アジャイル開発」のようだ。
ジュリアン:そう言われれば、たしかにね(笑)。チームは常に「ベストなプロダクトとは何か」を考えていて、特にデザイナーは「もっと良くしたい」が止まらない人間だ。彼はファッション業界の出身ではなく、デザインコンサルタンシーを営み、CDラックから家電まで手がけて受賞歴のある人物で、一時期はアーティストでもあった。ファッションの経験がないからこそ、バッグをデザインするときに「バッグはコートの上に身につけるもので、多くの人に合わなければならない」というリアリスティックな視点に立てる。インダストリアルデザインの思考と、絶え間ないフィードバックによる「人がどう身につけたいか」という感性の組み合わせ。それがわれわれのものづくりの根底にある。
時間とともに人のニーズは変わる。コロナ禍で在宅勤務になり、また出社に戻る。持ち運ぶものも変わる。われわれにとって不変なのは特定の一品ではなく、デザインフィロソフィーだ。快適でなければならない。独自の“A フレーム”構造のことは常に考えているし、ポケットの使いやすさも常に考えている。「名作を作ろう」というコンセプトから始めるのではなく、日常的に使う人の負担を減らすところから開発が始まる。その結果として、どの時代にも評価されるものでありたいと考えている。
そして、これからのブランド戦略のカギになるのが「エイブルキャリー・エコシステム」の構築だ。
製品同士が連携する「エイブルキャリー・エコシステム」
WWD:どんな構想なのか。
ジュリアン:私たちは今年1月、小ぶりな新作バッグ“コアスリング”を発売した。私たちは確かにバックパックからスタートしたブランド。しかし、都市生活者が1日にこなすことはどんどん増えている。われわれのバックパックはラップトップとビジネスに必要な荷物を運ぶのに適しているが、実際にはもう少し違う持ち方が必要な場面も多い。旅行のとき、あるいはラップトップは要らずスマホと貴重品だけ持ち歩きたいとき。仕事の前後にジムへ行き、昼には別の用事をこなすかもしれない。ラップトップを運ぶだけならバックパックが常にベストだと考えているが、その先に必要なものはたくさんある。生活が多面的になった以上、大きなバッグ1つで全てカバーするのは現実的ではないし、合理的でもない。
この新しいスリングは、主にラップトップを持たない日のために作った。もちろん、バックパックと同時に持ってもいい。そのとき、単に「バッグを2つ持つ」のではなく、それらが合理的に連携していることが重要だと考えている。一つの商品で機能を完結させるのではなく、製品同士が相乗効果を発揮して機能するよう設計することで、あらゆるケースに応じた「運び方」を提供できるブランドになりたい。
WWD:エコシステムを機能させるための、具体的な仕掛けは?
ジュリアン:まず、分かりやすいのはバッグインバッグとして使える“キューブ”だ。3サイズ全てが伸縮する構造で、入れるバッグに合わせて自らの体積を変える。だから全モデルに収まるし、一番大きいキューブでも最小の“サーティーン デイバッグ”に入る。ハンドループが付いているから、バッグから抜き出してそのまま単体で持ち出してもいい。受け皿になるバッグの側にも連携を織り込んでいて、“マックスEDC”はメインコンパートメントの開口部が大きく開き、キューブやコアスリングを出し入れしやすい設計にした。コアスリングも、ストラップを外せばバッグインバッグになる。たとえば旅行なら、機内でバックパックを頭上の棚に上げても、パスポートと貴重品はコアスリングに入れて身につけておける。単に「バッグを2つ持つ」のではなく、製品同士が合理的に連携する。新作は既存モデルとの足し算ではなく、掛け算になっていく。

WWD:グローバルビジネスの現状と、日本市場での今後は?
ジュリアン:正確な数字は明かせないが、販売したバッグの数は、グローバルと日本それぞれで前年比で2倍となった。国別の販売額では米国が最大で、日本はそれに並ぶ規模。日本には現在200を超える販売拠点があり、多くは関東、特に東京に集中している。福岡から札幌まで各地から関心をいただいており、ポップアップも含めて地方都市に販売拠点を広げていく。日本全国で「エイブルキャリー」を必要としてくれる人の手に届くようにしたいと考えている。