森星とMaria Giulia Prezioso Maramottiによる対談の様子

VOl.1

マックスマーラ創業家3代目と森星が語る、
75年の歴史と“女性たちのレガシー”

The

Interview

A Conversation on Remarkable Women
with Hikari Mori
and Maria Giulia Prezioso Maramotti

2026年、創業75周年を迎えた
「マックスマーラ(MAX MARA)」。
アニバーサリーを祝う上海の龍美術館で
開催中の展覧会
「THE MAX!」で、
モデルの森星と
ブランド創業家3代目の
マリア・ジュリア・プレツィオーゾ・マラモッティ
(Maria Giulia Prezioso Maramotti)
の対談が実現した。

彼女の曾祖母であり、
ブランド創業者
アキーレ・マラモッティ
(Achille Maramotti)の
母にあたる
ジュリア・フォンタネージ・マラモッティ
(Giulia Fontanesi Maramotti)は、
19世紀に裁縫学校を設立した教育者だ。
一方、森星の祖母は
ファッションデザイナーの森英恵で、
戦後の日本で小さなアトリエから
キャリアをスタートし、
後に世界的なデザイナーへと飛躍した。

イタリアと日本、
それぞれのファッション史を切り開いた
家族の軌跡を振り返りながら、
2人は「マックスマーラ」が大切にしてきた
“Remarkable Women(卓越した女性)”
の精神について語り合った。 

イタリアと日本をつなぐ
自然が育む美意識と家族の記憶 

Maria Giulia Prezioso Maramottiがインタビューで話す様子

2人の対談は、イタリアと日本の美意識についての話から始まった。これまでミラノやベネチアなど、イタリアの数々の名所を訪れてきた森は、お気に入りの地としてヴェローナの美しさに触れながら、両国の共通点を挙げる。「海に囲まれた環境や食文化、家族を大切にする姿勢が似ていると感じます。それは『マックスマーラ』の、自然を想起させる色使いからも伝わってきます」。マラモッティはその言葉にうなずきながら、ブランドのカラーパレットを「全てのワードローブのキャンバス」と表現。「秋は木々の葉の色、夏は砂や砂漠の色というように、自然から着想を得た色彩は、文化を超えて共鳴するデザインへとつながっています」。

現在、日本の伝統的な古民家をリノベーション中だという森は、「古民家に1970年代のイタリアのビンテージ家具を合わせると、驚くほどマッチする」と明かす。祖母がイタリア系アメリカ人だったこともあり、祖母の料理や、共に過ごした記憶が、自分の潜在意識にある美意識につながっているのかもしれないと話した。「星さんには確実にイタリアのDNAを感じる」とマラモッティはほほ笑む。彼女自身も自宅をリノベーション中で、ミラノで日本デザインを扱う店に通ううちに、日本の美意識と1970年代のイタリアの建築家たちの作品に通じるものを感じるようになったそうだ。

さらにマリア・ジュリアは、数年前に祖母のレシピが記された1冊の本を譲り受けたエピソードも披露。「そのレシピを再現するたび、家族みんなで過ごした時間がよみがえるんです」。その言葉に、森も「それは純粋な愛ですよね。親から子へと受け継がれるオリジナルの味があり、それが自分たちのアイデンティティーになる」と深く共感。互いに、家族との記憶が美意識や価値観の礎になっていることを確かめ合った。

女性たちの情熱から受け継がれる
手仕事のレガシー

森星がインタビューで話している様子

話題は、「マックスマーラ」誕生の礎となった、マリア・ジュリアの曾祖母が始めた縫製学校へと移る。彼女は夫を早くに亡くし、子どもを1人で育てなければならなかった。当時、女性が家庭を支えるための仕事を自ら生み出すことは、決して当たり前のことではなかった。けれど「曾祖母はとても強い女性でした」とマリア・ジュリアは語る。縫製学校を設立することで、同世代の女性たちに“経済に貢献する”という、明確な役割を与えようとしたのだ。それは、女性たちの新たな可能性を切り開く、当時としては先駆的な挑戦だった。

森もまた、自身の祖母の歩みにその姿を重ねる。森英恵も、新宿の小さなアトリエから服作りを始めた1人だった。「強い意志と情熱を持って、女性に自信を与えるためのものだったのだと思います」と振り返る。そして、「自分の手で何かを生み出し、自立することは、時代を超えて響くもの。今、街には高層ビルが並び、世の中の“当たり前”とされるものもどんどん移り変わっています。それでも、自らの手で何かを生み出す力だけは決して揺らがない。その力を次の世代に受け継いでいくことが大切」と続けた。

マリア・ジュリアは深くうなずき、「人間の手仕事が生み出す価値こそが、AIやロボットには決して模倣できない、唯一無二のもの」と語る。その考えは、「マックスマーラ」が75年にわたって守り続けてきたテーラリングの技術やステッチの美しさ、上質な生地選びにも反映されている。礎にあるのが、祖父にビジネスと服作りの精神を教えた曾祖母の縫製学校だ。「実は、祖父が最初に雇った女性たちの中には、縫製学校の卒業生もいたんです。そこから全てが始まりました。女性が自らの力で社会に参加し、活躍するという精神は、ごく自然にブランドの価値観として受け継がれていきました」。

創業者が身近な女性たちの強さや生き方を見て育ったからこそ、「マックスマーラ」には女性への深い理解が息づいている。森も、「女性の活躍を支えるという考え方は、単なるメッセージではなく、家族の歴史の中から自然に育まれてきたもの。だからこそ、『マックスマーラ』の服に袖を通すと、心地よさを感じるのかもしれません」と、その魅力の源泉について思いを巡らせた。

“自分を教育してくれる服”
女性と共に進化する「マックスマーラ」

窓辺で向かい合い対談する森星とMaria Giulia Prezioso Maramotti

今年は「マックスマーラ」の75周年であると同時に、森英恵の生誕100周年でもある。「このような節目の年に星さんと対談できたことを、特別な縁だと感じている」とマリア・ジュリア。森が「『マックスマーラ』の服は、自分を覆い隠すのではなく、自分を理解していないと着こなせない、心地よい緊張感があります。私にとって、“自分を育ててくれる服”なんです」と話すと、マリア・ジュリアは「素晴らしい表現ね。その言葉、これから引用させていただくわ(笑)」と笑顔を見せた。

そして彼女は、ブランドが思い描く女性像について語り始める。かつて、女性が男性中心の社会に進出するためのスーツは、“鎧(アーマー)”と呼ばれていた。「50年前の女性たちには、自分を守るための防護服が必要でした。けれど現代の女性たちに願うのは、鎧で身を固めることではなく、自分自身を深く知り、ありのままの個性をの伸びやかに表現し、自分を愛せるようになることです」。それに対し森も、「悲しみや怒りなど、さまざまな経験を重ねてきたからこそ、今は『マックスマーラ』をまとう自分に誇りを持てるようになりました」と応じた。

対談のテーマは、100周年へ向かうこれからの25年へ。森は、祖母がかつて「デザイナーとして最も難しいのは、未来を少しだけ予測すること。でも、先を行きすぎてはいけない」と語っていた言葉を引きながら、100周年に向けてどのような未来を描いているのかを問いかけた。

マリア・ジュリアは、「女性たちと共に進化し続けること」と即答。コレクションを制作する際、常に中心にあるのは「今、女性たちは何をしているのか。彼女たちのライフスタイルはどう変化しているのか」という問いだ。「これからの25年も、その姿勢が変わることはありません」。

最後に森は、「“美しいキャンバス”となる服を届けてくださり、ありがとうございます。今日、家族の愛や記憶を語り合えたことは、私にとって大切な財産になりました」と感謝を述べた。マラモッティは、「好奇心こそが、クリエイティビティーを動かす原動力です。人生は決して長くありません。だからこそ、“新しい何かを発見したい”という生命力が、私たちを輝かせてくれるはず。また未来の素晴らしい形を共有できる日を楽しみにしています」と締めくくった。

森星とMaria Giulia Prezioso Maramottiのポートレート

profile

Maria Giulia Prezioso Maramotti

Max Mara Fashion Group Board Member

1983年、イタリア・パルマ生まれ。ミラノのボッコーニ大学で経営管理学を学び、ロンドンでの投資銀行勤務を経て、2008年にマックスマーラ グループに参画。パリやニューヨークでリテール事業を担当した後、現在はマックスマーラ ファッション グループのボードメンバーとして、グローバルビジネス全般を統括する

Hikari Mori

Model

1992年生まれ、東京都出身。資生堂や「ブルガリ」のブランドアンバサダー就任や、MET GALAへの出席、国内外の雑誌や広告、パリ・コレクションでのショー出演などファッション業界での活躍に加え、日本の伝統的文化を世界に発信する「tefutefu, Inc.」立ち上げや、公益財団法人プラン・インターナショナル・ジャパンのアンバサダーに就任するなど、幅広い分野で活躍している