エルメス財団は2025〜26年、「金属(メタル)」をテーマに、自然素材を巡る職人技術や手わざを学ぶプログラム「スキル・アカデミー」を開催している。日本では今夏、「金属に学ぶ、五感で考える」夏のオープンクラスを開催。金属のミクロな構造やメカニズム、それを応用してきた科学・技術史を参照しながら、実験的な手つきで金属と対話して作品へと昇華させる3組のアーティストによる作品展示やワークショップのほか、春から中高生がハサミや時計などの職人の手わざなどを体験しているプログラムの報告など、さまざまなイベントを開催予定だ。会期は7月15日から8月16日まで、東京都葛飾区のSKAC(SKWAT KAMEARI ART CENTRE)で開催する。
この財団は、08年設立。「私たちの身振りが、私たちをつくり、私たち自身の鏡となる」という理念を掲げ、「芸術分野における新しい創造」「技術やスキルの伝承」「環境保護」そして「社会的連携の促進」という4本柱でさまざまなプログラムを実施している。「スキル・アカデミー」はその一環で、14年にスタート。これまで「木」「土」「布」「ガラス」などをテーマに素材の組成や技術、文化などを多角的に探求し、日本では21年に始まった。書籍の出版から展覧会、ワークショップまで、素材と持続可能な関係を築く力を養いつつ、身体的な感性や柔軟な探究心、批判的に思考する力を育む機会を提供する。
同財団の23〜28年の予算は、6100万ユーロ(約112億円)という。果たして、なぜエルメスは財団を設立し、5年で100億円以上の資金を費やすのか?財団とブランドの関係性は?そして、財団のビジョンとは?21年から同財団のディレクターを務めるローラン・ペジョー(Laurent Pejoux)に聞いた。
PROFILE: ローラン・ペジョー/エルメス財団ディレクター

WWD:改めてエルメス財団とは?
ローラン・ペジョー=エルメス財団ディレクター(以下、ペジョー):財団は2008年、(エルメスを創業したティエリ・エルメス(Thierry Hermes)創業者の子孫と結婚した娘婿のデュマ一門であり「エルメス」の6代目アーティスティック・ディレクターを務めるジャン・ルイ・デュマ(Jean-Louis Dumas)のイニシアチブで誕生しました。モノ作りのメゾンとしてクリエイションを重視し、アーティストを支援したいと考えていた彼は、200年に迫るメゾンの時間と歴史を踏まえ、スキルの継承についても思いを馳せています。そこで財団は、「芸術分野における新しい創造」と「技術やスキルの伝承」を骨子に誕生。さらに「エルメス」は持続可能な発展や環境保護も重視しているので「環境保護」、さらに活動を続けるには多様性を踏まえてさまざまな人たちと繋がることが重要という学びから「社会的連携の促進」などを新たな柱として加え、今日に至っています。
多岐にわたる使命を
「エルメス」らしく詩的に表現
WWD:「私たちの身振りが、私たちをつくり、私たち自身の鏡となる」という理念の意味は?
ペジョー:多岐にわたる使命を直接的に説明するのではない、とても詩的で「エルメス」らしい理念です。特に「身振り」は、職人技に立脚しているメゾンらしい言葉。財団は「私たちをつくり」に、製品ではなく人を生み出すという、「エルメス」というブランドとは違う個性が現れると思っています。
WWD:では、「鏡」は?
ペジョー:私たちが伝えるのは、単なる技術ではありません。技術がもたらす感情や、感銘を受けた素材の加工技術など、「心を動かされるもの」を重視しています。「エルメス」や他のフランスブランドが重視する「サヴォアフェール(長年の歴史により培われた、職人技と独自の美意識、そして審美眼)」とは、「savoire(知る)」と「faire(作る)」を掛け合わせたもの。知って、考え、作り、伝えることが大事です。私たちは「身振り」を通して、技術的なことだけではなく、素材への愛や、誕生したオブジェに注がれる眼差しなどの価値も伝えようとしています。するとそれは、自分自身から社会までを「鏡」のように詳らかに映し出す存在になるのではないか?そんな考えです。
「愛や美についての対話は、
何もしなければ失われかねない」
WWD:概念的というか観念的で、少し難しい気もする。
ペジョー:愛や美について語ることを好むフランスのような国では、そこまで難しいことではありません(笑)。要は人と同じように、素材やオブジェについての愛や美を語れば良いのです。ただフランスでも、愛や美についての対話は、何もしなければ失われかねないものだと思っています。だからこそ私たちは、特に若い世代の感性に訴えかけたいのです。
フランスでは、「若い世代に対してサヴォアフェールを伝える試みが不足しているのではないか?」と国立の教育機関に問いかけてきました。彼らも同意し、エルメス財団が学校でのプロフラムを考えることになりました。連携できた国公立の学校では現在、年間で生徒の24時間をもらい、連携しながらサヴォアフェールを伝えています。財団は、課外授業ではなく、校内でのプログラムにこだわりました。なぜならサヴォアフェールは、文学や歴史、時には数学など、学校で学ぶ他の教科・科目とも繋がっているから。学校でのアカデミックなサヴォアフェールが、将来的には職人による手仕事に象徴されるサヴォアフェールに繋がるのではないか?と考えています。
WWD:ブランド「エルメス」と、エルメス財団の関係性は?
ペジョー:財団なので、私たちの利益は「エルメス」のためではありません。公益です。ただ財団が行うメセナ(芸術・文化支援)活動は、「エルメス」というメゾンらしく表現しています。「エルメス」が持つ価値観やルールは重視しています。職人技を継承するメゾンだから、財団は次世代の育成にこだわるのです。
「エルメス」とは、喜びのメゾン
財団の活動も、喜びに溢れたものに
WWD:「エルメス」というメゾンらしい財団の活動とは?
ペジョー:「エルメス」とは、喜びのメゾンです。「エルメス」が販売する製品や開催するイベントは遊び心に溢れ、さまざまな表現方法も喜びに満ちておりカラフルです。それは、そもそもモノ作りは楽しいから。その姿勢は、財団にも通じています。サヴォアフェールの継承は、真面目になりすぎると退屈です。財団のイニシアチブも、喜びに溢れたものにしたいと思っています。実際、子どもたちが作るオブジェは色とりどりで、喜びに満ちている。喜びは、「エルメス」と財団双方の特徴と言えるでしょう。
また、どちらのブランドも「みんなで」という考え方も共有しています。サヴォアフェールは、集団の中でこそ実現します。そして一人ではなく、皆で共有するモノです。財団では、プログラムを考案した講師と職人、そして研修生がトリオになってモノ作りに臨むこともあります。タッグやトリオが仲良くなると、喜びの感情は増幅されるんです。
WWD:フランスならではの財団の信念は、日本にも伝わると思う?
ペジョー:フランスと日本には美しさや職人技への愛など、共通のカルチャーがあります。そして「エルメス」というブランドと日本のつながりも長くて深い。だからこそ、財団の価値観や活動もきっと、日本に広まると信じています。
◾️エルメス財団 スキル・アカデミー
「金属に学ぶ、五感で考える:夏のオープンクラス」
期間:2026年7月15日(水)〜8月16日(日)(月曜日と火曜日は休館日。ただ7月20日(月・祝)と8月11日(火・祝)は開館)
会場:SKAC(SKWAT KAMEARI ART CENTRE)
時間:11:00〜19:00
入場:無料
金属は、はさみ、機械、建物など、生活に欠かせない素材でありながらも、自然の中にある身近な素材として感じることは少ないのではない?地球上にある全元素のうち約80%を占めると言われ、青銅器時代から現代まで人類の文明と共に歩んできた金属は、原材料となる鉱物や加工技術の多様性、そして解釈の両価性といった特有の性質を持っている。
そこで「夏のオープンクラス」では、金属のモノ作りに間近に触れ、素材の本質に迫る体験プログラム「金属に学ぶ、五感で考える」の一環として、中高生を対象に開催した「春のワークショップ」の報告展示を入り口に、実験的な手つきで金属と対話を行う3組のアーティストによるグループ展「結合」を通して、金属について探求を深める学びのプラットフォームを目指す。目で触れる展示に、手や耳で考えるワークショップやトークなどの体験イベントを組み合わせながら、金属の自在で多様な表情(テクスチャー)を共に発見し、金属との関わりを再構築することを目的としている。