マルタン・マルジェラ(Martin Margiela)の個人アーカイブを出品するオークションが7月9日、パリで開催される。オークションに先駆け、8日までは出品作品を公開する展覧会を開催中だ。同プロジェクトはマルジェラ本人の協力のもと、モーリス・オークション(MAURICE AUCTION)とケリー・テイラー・オークションズ(KERRY TAYLOE AUCTIONS)が共催。1984〜2008年のデザイン画や写真、オブジェ、衣服に加え、彼が「エルメス(HERMES)」在籍時代に母へ贈った同ブランドの商品など200点以上が出品される予定で、その大半はこれまで一般公開されたことのない作品だ。
モーリス・オークションのサロメ・ピルソン(Salome Pirson)共同設立者兼競売人は、今回の試みを商業イベントではなく、マルジェラのレガシーを未来へ継承する文化的プロジェクトと位置づけている。なぜ今、マルジェラの創作は再び強い熱狂を集めているのか。ピルソンに、その背景とプロジェクトに込めた思いを聞いた。
PROFILE: サロメ・ピルソン/モーリス・オークション共同設立者兼競売人

WWD:今回の展覧会&オークションを開催するに至った経緯は?
サロメ・ピルソン=モーリス・オークション共同設立者兼競売人(以下、ピルソン):これは、25年1月に私達が開催した「メゾン マルタン マルジェラ(MAISON MARTIN MARGIELA)」の初期の作品に特化したオークションの前例のない成功の続編だ。前回のオークションでの準備段階で感じていた熱気は、コレクターたちからの驚異的な反響によってさらに高まり、最終的には1ルックで10万1400ユーロ(約1865万円)というマルジェラの作品としては史上最高額での落札もあった。このイベントを注意深く見守っていたマルジェラ本人から、オークションの開催後に連絡を受けた。最初は自身のレガシーの未来についての気軽な会話だったが、自然な流れで壮大なプロジェクトへと発展していった。
WWD:同プロジェクトにマルジェラ本人はどのように関わっている?
ピルソン:彼は取り組む全てのことに深く向き合う人物であり、妥協を一切許さない。彼の人生の大切な一部でもある個人アーカイブを出品する今回のプロジェクトには、全工程で携わっている。出品作品の選定も、一緒に丁寧に考えながら進めてきた。彼にとって亡き母親のワードローブを手放すことには、強い感情が伴うことが想像できるだろう。しかし同時に、衣服を完璧な状態で保管し続けるのが不可能であるため、オークションでの売却という決断に至った。
アーカイブを手放すマルジェラの願いは、
「衣服に第二の人生を与える」こと
メゾン設立当初、スタッフ全員が着用していた白いコットンエプロン。マルジェラ本人が使用していた私物が出品される。オートクチュールメゾンでモデルたちがフィッティングの合間に羽織るブローズや、アトリエで働く人々の作業着から着想を得ている。後に“白衣”と呼ばれる象徴的なピースに対しマルジェラは、「外部の人々はこれを白衣と呼んだが、それは私が意図していたものとは全く異なる」と語っている。
マルジェラがイタリアで製造業者を探していた設立前の87年に、まだ存在していなかった“架空のメゾン”を思い描きながら、シルエットやアクセサリーのデザインをまとめた貴重なポートフォリオ。白いコットンで覆われたオリジナルは列車内で盗難に遭い、本人はすぐに複製を再制作。1年後に発見された元のポートフォリオと見比べた際、その驚くほどの一致に本人も驚いたという。
80年代後半から使用されたスタジオの電話機。彼のアトリエは壁や床、家具、テレビに至るまで、あらゆるものが白く塗装されていた。川久保玲や山本耀司が打ち出し、当時広く浸透していたグレーのコンクリートや黒いデザイナーズ家具の美学に対し、あえてその対極として白を選んだのだという。「自分の電話番号を覚えられなかったため、直接電話機に書き込んでいた」と本人が語る、直筆も残されている。
WWD:個人アーカイブを手放すという決断の背景には、どのような思いがあったのか?
ピルソン:彼は自身のアーカイブをできるだけ多くの人々に開かれたものにしたいと考えている。そして、衣服に第二の人生を与えることが彼の強い願いだ。だからオークションハウスとして私達が最優先したのは、同プロジェクトのアイデンティティと“魂”を尊重すること。それぞれを金銭的価値ではなく、歴史的意義を含めた本来の価値として評価しなければならない。常に誠実かつ透明性のある姿勢で向き合いたい。
オークション開催前に一般公開の展覧会を行ったのも、より多くの人に鑑賞してもらうため。商業イベントではあるが、マルジェラと私たち双方にとって、最も重要なのは文化的なアクセスの広がり。人々に実物を見てもらい、彼の影響力の大きさを感じてもらいたい。そして今なおファッション界にインスピレーションを与え続けるレガシーを祝福したい。来場者がマルジェラの世界観に触れ、喜びや感動を感じてくれたら嬉しい。このプロジェクトは、彼の芸術的アプローチへアクセスし、それを理解するための絶好の機会でもある。
WWD:あなたにとってマルジェラとはどのような存在か?
ピルソン:昨今の虚像やSNS中心の世界ではなかなか見つけることのできない、ある種のエレガンスを象徴する存在。彼のクリエーションは、1990〜2000年代の代弁者でもある。ちょうど私が10代を過ごし、感受性を育んでいた時期とも重なっている。母と共にアントワープのブティックへ通っていた記憶は今も鮮明で、そこに流れていた空気感は、私の美意識の形成に大きな影響を与えた。あの店は本当に素晴らしく、ベルギーを訪れるなら必ず足を運ぶべき場所だった。
WWD:出品される作品で、個人的に最も心を動かされたのは?
ピルソン:一つの作品というよりも、それぞれの背景にある彼の個人的な感情と、それに付随する人間的な体験に心を打たれた。マルジェラ本人が、それぞれのアーカイブにまつわる歴史を語ってくれる時間を長く共有できたことは、本当に貴重な経験だった。彼の精度の高い記憶力と情熱は、今も全く衰えていない。一つひとつの作品の来歴が唯一無二であり、それこそがこのコレクションを特別なにしている。これらは、ファッション業界の流れを変えた創造プロセスの証拠だ。だから一つだけを挙げるのは、本質を狭めてしまうように感じる。本当の感動は、彼自身の言葉を通して彼の世界を再発見することにあるからだ。このコレクション全体が、ある種の“マルタン・マルジェラの自画像”なのだ。
マルジェラのアーカイブは、
「20世紀のデザイン史を完成させるピース」
日本の路上作業員が履いていた足袋から着想を得たメゾンのアイコン。当初は理解されなかったものの、発表を重ねるごとに支持を獲得し、現在はメゾンを象徴する存在となった。本作はパリ市立ガリエラ美術館での初個展時に展示された一足で、来場者が自由にメッセージを書き込んだ痕跡が残されている。マルジェラは、「ブーツにまで書き込みむとは想定外だったが、その自然発生的な結果をとても気に入っている」とコメント
「エルメス」在籍時代に手掛けた作品で、彼の亡き母が愛用していた遺品。男性用「ロレックス」を身に着ける女性の姿から着想を得て、“着け方”を再解釈した。“ケープコッド”に、通常の2倍の長さを持つレザーストラップを組み合わせることで、腕に二重に巻き付ける現在のスタイルを生み出した。「このヒット作を、言うまでもなくあらゆる大手ブランドがすぐに模倣した」と彼は語る
WWD:近年、ファッションの二次流通市場が活況を呈する中で、マルジェラへの評価はどのように変化してきた?
ピルソン:市場は大きく成熟し、制度的にも個人レベルにおいても、より構造化され、プロフェッショナル化が進んできた。もはやヴィンテージ衣服ではなく、“ファッションアーカイブ”として美術作品と同等の文化的価値を持つ存在として扱われている。マルジェラは、同時代で最も尊敬され影響力を持ったデザイナーの一人であり、その作品価値は年々高まり続けている。現在では、多くの美術館や文化機関、個人コレクターが、20世紀デザイン史を完成させるピースとして彼の作品を探し求めている。そのコンセプチュアルな深みゆえ、ファッションがファインアートと同じ知的厳密さで扱われるべき理由を最もよく示している例なのではないだろうか。
WWD:今回のオークションが、未来のファッション史にどのようなメッセージを残すことを期待している?
ピルソン:ファッション史における一つのランドマークになることを願っている。私たちが重視しているのは、記録や価格だけではない。未来のデザイナーたちに、自らの創作プロセスを恐れず共有する勇気を伝えることにある。重要なのは完成された作品だけではなく、そこへ至る“過程”だ。自身のプロセスを公開することで、マルジェラは未来の創造性に向けたロードマップを提示している。
日本からでも落札のチャンスあり!
オークションプラットフォーム「Drouot(ドルオ)」のアプリおよびウェブサイトを通じてライブ視聴可能。入札を希望する場合はオークション開始前までに事前登録が必要となる。