エルメス財団(Fondation d’entreprise Hermes)は、新刊「Savoir & Faire 金属」の出版を記念し、グループ展「メタル」を銀座メゾンエルメス ル・フォーラムで2026年1月31日まで開催している。
同展は、自然素材をめぐる知識や職人技を再考・継承・拡張するプログラム「スキル・アカデミー」の一環で、これまでの「木」(2021年)、「土」(2023年)に続く第3弾となる。「スキル・アカデミー」では、出版やワークショップ、展示などを通じて、2年間かけて1つの素材を探求している。素材にまつわる文化や産業の広がりを多角的に掘り下げるのが特徴だ。
今回のテーマである金属は、青銅器時代から現代まで人類の文明を支えてきた素材だ。土から掘り出されるだけでなく、宇宙からの隕石にも金属は含まれる。磨けば輝く一方で錆びやすく、硬く重い反面、加工が容易で金箔のように軽やかな表現も可能だ。フランス版編纂者で社会学者のユーグ・ジャケ(Hugues Jacquet)は「金属の本質は両義性(アンビバレンス)にある」と語る。金属は、硬さと柔軟さ、錆びと輝き、魔術と理性といった相反する要素を内包し、文明の発展を象徴してきた。
展覧会では、榎忠、遠藤麻衣子、エロディ・ルスール(Elodie Lesourd)の3人のアーティストが、音楽、映像、造形といった多様な手法で金属の両義性を読み解く。開催に合わせて行われたアーティストトークでは、3人が制作の背景や素材との対話を語り、金属がもたらす創造の可能性を浮かび上がらせた。
廃材に新たな命を宿す
現場とともに生きる芸術
榎忠は、美術専業ではなく、金型職人として定年まで勤め上げながら制作を続けた異色のアーティストだ。「捨てられたものの中にこそ面白さがある」と語り、今回の展示する「RPM」シリーズは、スクラップ工場で集めた鉄片を磨き上げ、再構成した作品群だ。鉄が土から生まれ、やがて錆びて土へ還る循環に着目し、工業素材に潜む「生と死」「真実と虚構」を可視化する。無数の金属部品を組み上げた壮大な構成は、幻想都市をほうふつとさせる。他にも、東京スカイツリーの廃材を再構成した「ベロ耳」などを展示。溶接痕や切断面をあえて残し、素材が持つ記憶を“痕跡”として見せることで、都市の記憶や人間の営みを静かに刻む。金属が好きで「50年以上鉄を扱ってきた」と語る榎は、「金属は嘘をつくことができる。だが、その嘘こそが面白い」と話す、鉄球=地球をメタファーに、日常に埋もれた素材に新しい物語を吹き込む。
メタル音楽と死生観をテーマに
詩的な「金属」の表現を探る
エロディ・ルスールは、メタル音楽が象徴する「地獄」「破壊」「再生」といったイメージと、金属という素材の特性を重ね合わせ、二重の“メタル”を探求している。同展では、過去のペインティングに加え、ブラック・サバスのオジー・オズボーンをモチーフにした壁画「OFO」を発表。アルミテープや金箔を用い、反転させた文字を隠すように描いた巨大なウオールペインティングは、音楽と金属の双方に宿る神秘と儚さを象徴する。作品の着想は、オズボーンの葬儀で水面に映った花束の像にあるという。
また、シリーズ「Hyperrockalism」では、音楽やインスタレーション作品を写真資料からフリーハンドで描き出し、時間とともに消える空間芸術を“永続する絵画”として再構築。ルスールは「インスタレーションは一瞬で消えてしまうもの。絵画にすることで永続性を与えたい」と語り、消滅と保存のあわいに潜む“消えゆくものの美”を描き出している。
水銀をめぐる映像実験が描く
金属の“両義性”
映画監督の遠藤麻衣子は、水銀(マーキュリー)を題材にした映像インスタレーション「識(キャリブレーション不能)」を発表。朱色の鳥居に使われる水銀顔料への興味をきっかけにリサーチを重ね、鉱山でのフィールドワークを経て制作した。
撮影では、流動的で掴みどころのない、生き物のような水銀の動きを捉えるため極端な接写を試み、機材のキャリブレーションや化学反応に苦戦したという。その“制御不能”な撮影過程を「まるで錬金術師の実験のようだった」と振り返る。映像では、銀座メゾンエルメスの建物を舞台に、水銀、蛇、人間が交錯し、意識が変化していく過程を描く。思い通りにいかない現象にこそ創造が宿るという信念のもと、遠藤は金属の両義性──美と危うさ、変化と破壊を詩的に映し出した。
金属という素材は、硬さや冷たさの中に、記憶や時間の痕跡を宿す“生きた物質”でもある。3人のアーティストは、その表層に潜む両義性を音や映像、廃材、水銀といった多様な手法で多角的に読み解いた。工芸やデザインの枠を超え、人間の営みと結びついた金属の本質を浮かび上がらせる同展は、「スキル・アカデミー」が掲げる“素材への敬意と探求の精神”を体現している。
◾️メタル
会期:10月30日~2026年1月31日
会場:銀座メゾンエルメス ル・フォーラム 8、9階
住所:東京都中央区銀座5-4-1
開館時間:11:00〜19:00 ※入館は閉館の30分前まで
休館日:水
料金:無料