「シャネル(CHANEL)」のマチュー・ブレイジー(Matthieu Blazy)は、「ボッテガ・ヴェネタ(BOTTEGA VENETA)」の頃から童話や昔話が好きだった。前職でも「ノアの方舟」にインスピレーションを得て、困難を乗り越えた後、人間と動物が共生する世界を描いたことがある。そんな世界で、ピュアな足し算を繰り返すのはマチューの真骨頂だ。
オートクチュールもある意味、究極のおとぎ話だ。ある女性は数百万円から数千万円を支払って夢の1着を手に入れ、多くの人々はSNSなどを介してそんな夢物語の一端を掴み取る。
そこで彼は今シーズン、「ジャックと豆の木」や「長靴をはいた猫」「ゴルディロックスと3匹のくま」などの童話を「シャネル」の世界に持ち込んだ。マチューはココ・シャネル(Coco Chanel)のアパルトマンで、革表紙の古い童話集「妖精、物語の物語」を見つけたという。「彼女の人生もまた、おとぎ話のようなものだったのだろうか?黄金の卵を産むガチョウを求めて、人生の階段を上っていったのだろうか?」ーー。そんなシャネルとの空想上の対話を起点に、おとぎ話のように純真無垢な世界を探求した。ムードボードは、同僚と一緒に植えた豆の芽の画像で埋め尽くされていたという。
豆の芽は、オープニングを飾るルックにあしらった花々へと生まれ変わった。引き続く軽さを探求したツイードのセットアップに続くのは、豆から伸びた蔓(つる)から咲き乱れる花々の刺繍やギュピールレースのセットアップやミニドレス。前回のクチュールでも序盤に多用したシルク・ムスリンとの対比は、女性の多面性の現れだ。ボタンは昆虫の形で、花々と戯れているかのようだ。イブニングバッグは鶏や眠る熊を模しており、パンプスのヒールは蝶や金の卵、パールの豆を宿したインゲン豆を模している。案山子(かかし)を思わせるワラのような質感、クマのような毛足の生地も現れた。「シャネル」に移籍しても変わらない、マチューの純真無垢な遊び心と「素材の魔術師」との異名を取った生地への造詣が散りばめられている。
女性の目まぐるしい一日の物語
不連続で、境目のない人生を表現
一方、前回のプレタポルテのコレクション同様、おとぎ話のような夢の国の物語だけでは終わらない。中盤BGMに変わってショー会場に流れたのは、ごくごく一般的な女性の、目まぐるしい一日のナレーション。BGMは、朝起きて、カーテンを開け、ドアを開けて料理を始め、同時に別のドアを開けて洗濯を始めたかと思えば、家族と朝ごはんを共にして、片付け、ドアを閉め、外出して……という目まぐるしい日々の動作をひっきりなしに語り続ける。そこで登場するのは、クチュールとは思えないオフィスウエアのようなスタイル。女性たちの、不連続で、境目のない日々の生活を思い、あらゆるウエアとスタイルを用意するのは、3部構成の物語とスタイルでデビューした「シャネル」でのデビュー以来変わらない。
さまざまなウエアの切りっぱなしのようなディテールは、シャネル本人のフィッティングにおける大胆な手法に着想を得たものという。マチューは、「彼女はピン留めするのではなく、生地を引きちぎるように扱ったという。その服作りのプロセスに強く惹かれた」。衣服に刻んだカットアウトは、女性をコルセットから解放したシャネルに倣ったもの。日々の活動を妨げることがないよう、フォルムさえ解放しようという発想だ。マチューは、「『シャネル』のオートクチュールは、単なるおとぎ話ではない。その本質は女性のため、そして彼女たちの現実や冒険のためにある」という。
トップブランドでは、クチュールとプレタポルテの垣根がなくなっている。最近は実用的とされていたクルーズやプレ・コレクションの洋服でも、クチュール級の逸品が当たり前となり、両者の境目は曖昧だ。しかしマチューは、あくまで実用的でもありながら、クチュールでは夢や架空の、おとぎ話のような世界観を持ちみつつ多面的に仕上げることでプレタポルテとの差別化も諦めない。シャネルのブルーノ・パブロフスキー(Bruno Pavlovsky)=ファッション部門プレジデント兼シャネルSASプレジデントは、「オートクチュールにこんなに興奮したのは久しぶり。特に魅了されたのは、オートクチュールがプレタポルテとは一線を画す独自の立ち位置を取り戻した点だ」という。