イギリスおよびアイルランドで毎年最も優れたアルバムに対して贈られる音楽賞、マーキュリー賞を獲得したデビュー作「Collapsed in Sunbeams」(2021年)以来、世代を代表する声として高い評価を受けてきたロンドン出身のシンガー・ソングライター、アーロ・パークス(Arlo Parks)。他者の抱える痛みや日常の機微に優しく寄り添う、繊細で親密なストーリーテリングで世界中のリスナーを魅了してきた彼女が、この春、3作目となる最新アルバム「Ambiguous Desire」をリリースした。
今作は、これまでのオーガニックな手触りから一転、ニューヨークやロンドンのアンダーグラウンドなクラブ・シーンに触発されたエレクトロニックなサウンドへと変貌を遂げている。サンプラーやシンセを駆使したビートの推進力に呼応するように、彼女の紡ぐ言葉もまた大きな変化を見せた。かつて他者の物語を見つめる「観察者」であった彼女は、本作で自らのパーソナルな感情や困難な体験のど真ん中に立ち、割り切れない“曖昧(Ambiguous)”な感情をありのままに肯定する、生々しくも力強いリリックを吐き出している。
孤独に過ごすベッドルームから、誰かと熱狂を共有する夜のダンスフロアへ──。一人の表現者として、彼女はどのようにこの劇的な変化を受け入れ、新たなサウンドにたどり着いたのだろうか。7月24日の「フジロック」出演に先駆け、5月に「ミュウミュウ(MIU MIU)」のイベントに合わせて来日した彼女に話を訊いた。
ファッションは
自己表現の重要な手段
——今朝、アーロさんのインスタグラムを拝見したのですが、ストーリーズにデザイナーのシモーン・ロシャ(Simone Rocha)との素敵な2ショットをアップされていましたね。
アーロ・パークス(以下、アーロ):ありがとうございます。ここ数年、彼女のショーには何度も足を運んでいて。直近のショーでは、ちょうどモデルが登場する真向かいの席だったんです。ルックが披露される瞬間を一番近くで見ることができて、本当に素晴らしい体験でした。
——今回は「ミュウミュウ」のイベントでの来日となりますが、アーロさんにとって、“服を装うこと”やファッションの選択は、自身の音楽的なアイデンティティーや生み出すサウンドとどのようにリンクしているのでしょうか。
アーロ:私にとってファッションは、自己表現の重要な手段です。特に今回の新しいアルバムでは、音楽の世界観を構築する上で欠かせない要素でした。
作品に込めた“曖昧な欲望(Ambiguous Desire)”というテーマ、そしてそこで用いたメタリックな質感やハードウエア(金属パーツ)のイメージ。コラボレーションしたデザイナーたちの感性も、全てがアルバムの世界観をつくり上げる一部だと感じていて。もともと服が大好きだし、私にとってファッションは“身に纏うアート”の一種なんです。
——その最新作「Ambiguous Desire」では音楽性が変化しましたが、それに伴ってファッションの好みも変わりましたか。
アーロ:少しずつ変化してきたと思います。今回のアルバム制作には2、3年を費やしたのですが、その時間は同時に“この作品にふさわしいファッションのアイデンティティー”を理解するための期間でもありました。
今作のスタイルには、多くの金属的な質感やハードウエアを取り入れています。また、私が尊敬してやまないイギリスの若手アーティストたちとのカスタムコラボレーションも行いました。シルエットに関しては、90年代のイギリスのレイヴ・カルチャーやウェアハウス・パーティーからの影響を強く受けていて。それらのカルチャーは音楽そのものにも流れ込んでいて、結果として今作のための“ファッション言語”を新しく構築できたと感じています。
——今日着ているTシャツも、首元にあしらわれたメタリックな装飾が目を惹きます。最近のインタビューを拝見すると、ユーカリの葉の香りにハマっていたり、お気に入りのレストランでオレンジ・ワインを楽しんだりと、日常の細やかなディテールを大切にされている様子が印象的でした。そうした音楽以外の、食や植物、あるいは美しい服に触れるといった豊かな時間は、今のアーロさんの歌詞や曲づくりにどのような影響をもたらしているのでしょうか。
アーロ:間違いなく、大きな影響を与えていますね。ここ数年の私にとって、日々の生活を丁寧に送ることや、些細な物事の中に美しさを見出すことは、自分を表現するための「燃料」であり、同時に「心の平穏」をもたらすものでした。
私はもともと、移動の多いノマド的なライフスタイルを送ってきました。常に動いている状態が普通だったんです。だからこそ、美味しいワインを一杯楽しんだり、素敵な小さな本屋を見つけたり……今こうして訪れている場所のように、美しい景色の中でふと立ち止まる。そうした時間が、私を地面に繋ぎ止め(grounding)、今この瞬間に集中させてくれるんです。
——ちなみに、アーロさんにとって「ミュウミュウ」というブランドの魅力は、どこにあると感じていますか。
アーロ:ウィメンズウエアでありながら、どこかアンドロジナス(中性的)な感覚があるところが好きです。それに、このブランド自体が非常に強固な文化的基盤を持っている。アートや詩、ショートフィルムとの関わりなど、多面的な顔を持っていますよね。
「ミュウミュウ」を着ていると、不思議と「自分らしく」いられるんです。特にオーバーサイズのボンバージャケットやバッグ、金具使いのデザインは、私自身の好みにぴったり。ファッションに求めるのは、まさにその「自分自身でいられる感覚」なんです。そして、何を身に纏うかは、ステージ上での自信に直結します。私にとって「ミュウミュウ」は、ある種の「鎧」のようなもの。着るだけで背中を押してくれる、大切な存在です。
——服がエンパワーメントしてくれる、と。おっしゃる通り、「ミュウミュウ」は「Miu Miu Literary Club」や「Miu Miu Women's Tales」といったプロジェクトを通じて、文学の普及や、女性やクィアの表現者をサポートしていますよね。服の品質やデザインだけでなく、そうした姿勢や背後にあるストーリーも、アーロさんがブランドを支持する上での重要な要素なのでしょうか。
アーロ:もちろん。私は昔から、ヘリテージ(伝統)やストーリー性を感じさせるブランドに惹かれてきました。ショーを見れば、それは一目瞭然です。例えばシモーン・ロシャは、自身のルーツであるアイルランドの伝統や歴史への深い関心をデザインに落とし込んでいる。ファッションとは、歴史やレガシー(遺産)に根ざしたものだと思うんです。
また、「ウィリー チャヴァリア(WILLY CHAVARRIA)」のショーを訪れた際も、ニューヨークのチカーノ文化が色濃く反映されていて、シルエットの一つひとつがデザイナー自身のパーソナルな歴史に根ざしていることに感動しました。私にとって重要なのは、単なる形としてのシルエットではなく、それがどこから来たのか、どの時代のどんな文脈を引用しているのか、という「背景」にあるものなんです。
最新作「Ambiguous Desire」での音楽的変化
——最新作「Ambiguous Desire」のサウンドがエレクトロニックなアプローチへと変化した背景には、アンダーグラウンドなクラブ・シーンと出会い、そこで“自分らしくいられるコミュニティー”を発見したことが大きなきっかけだったと伺いました。
アーロ:今回の制作はニューヨークで始まったのですが、私はもともとリサーチが大好きで、アーカイブを掘り下げて歴史を理解することに喜びを感じるタイプなんです。そこで、イタリア、ニューヨーク、ロンドン、マンチェスターといった各地のクラブ建築、照明デザイン、音響設計に至るまで徹底的に調べました。その場所に集う人々や空間そのものについて学んだことで、クラブ・ミュージックの世界をより深く、立体的に理解することができたと思います。
そうして得た知識を自分の中に蓄えていたからこそ、スタジオに入ったとき、バラバラだった情報のピースを組み合わせて、新しい何かを生み出すことができたのだと感じています。
——そもそも、クラブ・ミュージックの歴史や空間に興味を持ったのはどうしてだったのでしょうか。
アーロ:そうした場所に身を置くことで、自分自身が”良い方向”に変わっていく感覚があったからです。「なぜ何世代にもわたって、人々は音楽を通じて集い、これほどまでに変容し、連帯感を得ることができるのか」……その理由を知りたかった。音楽とクラブという空間が、なぜ人の心を動かすのか、その歴史的な背景を理解したいと思ったんです。
私は、常に「学ぶ立場(生徒)」でありたいという本能があるのかもしれない。学ぶことは純粋に楽しいですし、歴史を知ることで、ライブ空間でのパフォーマンスやDJとしてのスキルも向上すると信じています。何より大切だったのは、単に流行としての「クラブ・カルチャー」を表面だけなぞるのではなく、その神聖な場所への敬意(オマージュ)を払うこと。自分の音楽に取り入れる前に、まずはそのルーツをしっかりと理解したかったんです。
——そうしたリサーチや実際の現場での体験を通じて、クラブ・ミュージックの魅力を再発見させてくれた音楽はありましたか。
アーロ:アンダーワールドやエヴリシング・バット・ザ・ガールからは、以前からずっとインスピレーションを受けてきました。近作でいえば、レディオヘッドの「The King of Limbs」のリミックス・アルバム。そこにはジェイミー・xxやローンといったアーティストが参加していて、あの“コラボレーションが生み出す空気感”がとても好きなんです。
また、多くのDJからも刺激を受けました。ハニー・ディジョンやケリー・リー・オーウェンス、ペギー・グー……DJを「キュレーター」として捉える視点に惹かれたんです。彼女たちのセットを観ていると、わずか1、2時間の間に、自分にとっては全く新しい楽曲をいくつも知ることができる。その体験が楽しくて。
——そうして得たクラブでの体験やインスピレーションを録音物に落とし込む際、サウンド面で最もこだわったのはどんなディテールでしたか。
アーロ:自分がそのフロアで感じた“確かな帰属意識”を、音の中に定着させることに集中しました。愛、癒やし、そして失恋の痛み……。
私にとって曲を書くことは、一種の「タイムカプセル」をつくるような作業なんです。「あの夜、私は二度と忘れたくないほど強烈な何かを感じた」という記憶を、そこに閉じ込めておきたい。「曲」という形を借りたジャーナル(日記)であり、自分自身の人生を変えた瞬間を保存するための手段なんだと思います。
——とても美しい表現ですね。その「タイムカプセル」をつくるにあたって、今作のサウンドに直接的な影響を与えた作品はありましたか。
アーロ:そうですね、いくつか挙げるなら……カリブーの「The Milk of Human Kindness」、フォー・テットの「Rounds」、そしてジョニ・ミッチェルの「Blue」。これらは繰り返し聴きました。レディオヘッドの「Kid A」や「Amnesiac」を改めて聴き返したり、テクノミュージックにどっぷり浸かったりもしました。
特定の作品だけでなく、NTS RadioやRinse FMといった小規模なインディペンデント・ラジオ局からも多くを学びました。ただラジオを流しっぱなしにして、そこから流れてくる未知の音楽を吸収していく。それが私にとっては大切な「学び」の時間だったんです。
一方で、歌詞の面ではエリオット・スミスやスフィアン・スティーヴンスといったシンガー・ソングライターたちからも、相変わらず大きな影響を受けています。
アジア映画からの影響
——併せて、今作の制作過程では、ウォン・カーウァイやエドワード・ヤンなどのアジア映画からもインスピレーションを受けたそうですね。
アーロ:彼らの物語の紡ぎ方(ストーリーテリング)が大好きなんです。画面の色使い、グレーディング(映像加工処理)、そして独特のテンポ。自分とは異なる文化圏で、映画という手法を使ってどのように物語が語られているのかを知ることは、私にとってとても刺激的でした。
サウンドトラックの使い方も素晴らしい。音楽と映像が溶け合うあの感覚。今作に向き合っているとき、私はよく「この音楽はどんなシーンの背景で流れるべきだろう?」と考えていました。まだ存在しない映画のためにサウンドトラックをつくるような感覚で曲を書く。それは、私にとってとても興味深い作曲のアプローチになりました。
——ちなみに、ウォン・カーウァイの作品で、特にお気に入りは?
アーロ:「ブエノスアイレス」。あれが私の一番のお気に入りです。
——エドワード・ヤンの作品は、カーウァイとはまたテイストが異なりますよね。
アーロ:確かに作風は違います。でも、物語の親密さや、キャラクターの描き方には共通するものを感じているんです。エドワード・ヤンの作品には、より「生々しさ(rawness)」や「砂利のような質感(grittiness)」がある。けれど、例えば「ブエノスアイレス」や「花様年華」、そしてエドワード・ヤンの「ヤンヤン 夏の想い出」のような作品を並べてみると、そこには愛や人間関係、家族、あるいは感情の軋みといった共通のテーマが流れていることに気づく。スタイルは違えど、根底にあるものは繋がっている気がするんです。
——今回の曲づくりでは、視覚的なイメージからアイデアが立ち上がることが多かったのでしょうか。
アーロ:ええ、間違いなく。一連の楽曲を、まるで一枚の「写真」のように捉えていました。時間が止まったある光景を、歌という言葉を使って描写していく。制作の初期段階から、アルバムのアートワークやミュージックビデオがどうあるべきか、視覚的なイメージは私の中で常にクリアでした。この作品の世界がどう見えるべきか、最初から分かっていたんです。
歌詞へのこだわり
——一方でサウンド面に目を向けると、今作はダンス・ミュージックの反復するビートの中で、アーロさんの声や「言葉」がどのような差異や表情を生み出していくのか、そこも大きな聴きどころだと感じました。
アーロ:これまでの作品では、私の「歌声」を常に最前面に配置してきました。でも今回は、自分の声を一つの「楽器」として扱う実験をしてみたんです。声をループさせたり、時には音楽というタペストリーの織り目の中に深く埋もれさせてみたり。声をどれくらい前に出し、どれくらい奥に引っ込めるか。そのバランスを操ることが、私にとってとても重要なプロセスでした。
何より今作は、歌詞よりも「メロディー」に導かれてつくった初めてのレコードでした。私が愛するハウスやテクノの多くは、メロディーが音楽の推進力(momentum)を生み出している。だからこそ、私自身のボーカルへのアプローチも、これまでとは全く違うものになりました。
——今作のタイトルに「ambiguous(曖昧な)」という言葉を入れたのはなぜですか。
アーロ:今作で私が探求していることの多くが、サウンド面でも感情面でも「流動性(fluidity)」を帯びているからです。白黒つけられない「中間」や「境界(リミナルな空間)」への興味が強くありました。
時間帯で言えば、夜明けや夕暮れのような。昼が夜へと変わっていく、その“間の、移り変わっていく瞬間”に、とてもインスピレーションを受けたんです。
——喜びでも悲しみでもない、その割り切れない感情をありのまま受け入れるというか。
アーロ:ええ、まさにその通りです。
——かつてのアーロさんの歌は、他者の痛みに寄り添い、周囲の物語を優しく見つめるような「観察者」的な視点で綴られたものが多かったと思います。ただ今作では、ご自身の内面やパーソナルな部分をより深く抉り出されている。アーロさんの中で、歌詞や詩を書くという行為の意味合いにどのような心境の変化があったのか、ぜひ伺いたいです。
アーロ:確かに少し変化しましたね。キャリアの初期段階を含め、長い間、私はどちらかというと「アウトサイダー」や「観察者」としての立ち位置にいました。でも今回のアルバムでは、私自身が“物事のど真ん中”にいたかった。もっと生々しく、ひるむことなく、困難な瞬間について語りたかった。遠く離れた誰かや友人のことではなく、私自身に起こったことについて。自分自身が中心にいる感覚がありました。
それは、今作の制作にじっくり時間をかけたこととも関係しています。書いては書き直し、また書き直す……そうやって、完成した曲が“私が本当に言いたいこと”と完全に一致するまで推敲を重ねました。結果として、これまでで最も真実味があり、歌詞の面でも最も正直に自分を曝け出したレコードになったと思います。
——その変化は、どのようなところから生まれたのでしょうか。
アーロ:年齢を重ねたこと、そして少し自信がついてきたことが大きいかもしれない。あとは、読んでいた本の影響も。以前はもっと詩的で華やかな言葉遣いの本を好んで読んでいたのですが、最近は回顧録やオートフィクション(自伝的小説)など、まるで誰かの日記を読んでいるような本に惹かれるようになりました。誰かが自分に直接語りかけてくるような、より直接的で、人々のリアルな生活に根ざした物語への関心が高まっていたんです。
だから、年齢を重ね、新しいアートを吸収していく中での自然な変化だと言えますね。ただ、うまく言葉にするのは難しくて、直感的に“そちらの方向へ導かれた”という感覚に近いのかもしれません。
——そうした内省的な旅をへてたどり着く終着点として、アルバムのラストを飾る「Floette」は、クィアとしての自己を肯定する美しいナンバーです。この曲を最後に置いたのには、どのような理由があったのでしょうか。
アーロ:アルバムの最後は、希望と自己受容のトーンで締めくくりたかったからです。このアルバムを通じた心の旅はかなり複雑で、私自身、多くの葛藤と格闘しています。だからこそ、最後の曲は「陽の光」や「開花」を感じさせるような瞬間にしたかった。全てのものは変化し、終わり、そしてまた始まるのだということを受け入れるための曲として。
このレコードが光に満ちたノートで終わり、聴いてくれた人が自分自身を受け入れ、セルフラブ(自己愛)を抱くための背中を押すようなものになることが、私にとって重要だったんです。
——この作品をつくり上げたことで、ご自身の日常での振る舞いや、他者との繋がり方にも変化が生まれましたか。
アーロ:ええ、少し変わったと思います。以前よりも少しだけ自信が持てるようになり、より自発的に、そしてオープンになれました。
私は人生の多くの時間をツアーに費やしてきたし、もともとかなり内向的な性格でした。でも、ダンスフロアに出るようになったことで心が開き、冒険を求めるようになった。日々の生活に対しても、より自由で流動的なアプローチができるようになったのは間違いないです。
ロールモデルとなったアーティストは?
——ところで、先日のブリット・アワードでビョークと共演したロザリアを見て、「ロザリアはビョークから聖火を引き継いでいるようだ」と話していましたね。だとするなら、アーロさんは誰の聖火を受け継いでいると思いますか。どんな系譜の表現を受け継いでいきたいですか。
アーロ:わあ、素晴らしい質問ですね! 私に何かを継承してくれたアーティストは数え切れないほどいます。例えばロードやフィービー・ブリジャーズのような、あの独自の世界観を持つアーティストたち。私より少し長くこの業界にいて、私を励まし、「完全に自分自身であっていい」ということを身をもって示してくれた人たちに囲まれているのは、本当にインスピレーションになります。
私自身も、そうしたものを若いアーティストたちに引き継いでいけたらと願っています。「誰もが自分だけのユニークな道を持っているのだから、自分を信じて、自分らしい音楽をつくるしかない」ということを伝えていきたい。何らかの形で、そのバトンを渡せたら嬉しいですね。
——そもそも、アーロさんが音楽を始めるにあたってロールモデルとなったのは、どんなアーティストだったのでしょうか。
アーロ:本当にたくさんいます。トム・ヨーク、ニック・ドレイク、スフィアン・スティーヴンス、ジョン・マーティン。それにキング・クルールも大好きでした。ロンドンやイギリス出身のアーティストからは多くの影響を受けましたね。ちなみに、iPodで初めて買ったアルバムはアークティック・モンキーズのファースト(「Whatever People Say I Am, That's What I'm Not」)でした。
でも、根底にあるのは「言葉を紡ぐ人(ライター)」からのインスピレーションです。私はミュージシャンである前に、一人のライターだと思っているところがあって。だから、音楽を始めた頃は、歌詞が本当に正直で誠実な人たちに深く共鳴していました。
——先ほどもレディオヘッドの名前があがりましたが、アーロさんにとってトム・ヨークというアーティストの魅力はどんなところにあるのでしょうか。
アーロ:彼がつくり出すムードや空気感ですね。レディオヘッドや彼のソロ曲を聴いていると、その3、4分の間、すっかりその世界に引き込まれてしまう。まるで別の場所に連れて行かれるような感覚になるんです。
それに、彼の歌詞はとても具体的であったり、逆にとても抽象的であったりするのに、常に“心からの言葉”だと感じられるところが好きです。そこにはいつも本当にソウルフルな何かが宿っていて、彼自身の声の質そのものも、まさに魔法のようです。
ビヨンセとの共演
——近年のアーロさんは、今作で共演したサンファをはじめ、ビヨンセのアルバム(「COWBOY CARTER」)への参加など、ジャンルを超えたコラボレーションも活発です。そうした様々なアーティストとの交流や共演は、自身のソングライティングの視点にどんな影響を与えていますか。
アーロ:学ぶことが多すぎて数え切れない(笑)。他の人がどうやって曲を書くのかを知るのは大好きですし、他のアーティストと同じ部屋(スタジオ)で過ごす時間は、私の活動の“生命線”だと言っても過言ではありません。
アイデアをぶつけ合い、一緒に興奮を分かち合う。曲づくりや音楽制作において、誰もが独自の強みを持っています。だから、才能あふれるアーティストたちに囲まれることで、私自身もアーティストとして、そしてライターとして成長できるんです。純粋に、ものすごく楽しい時間でもありますしね。
——ちなみに、ビヨンセとの共演はどんな体験でしたか。
アーロ:あの曲(「Ya Ya」)は、数年前に私がロンドンで参加したソングライティング・キャンプから生まれたものなんです。実は彼女とは直接会ったことはなくて、全てリモートでのやり取りでした。でも、私自身がビヨンセの大ファンなので、あのような巨大なプロジェクトの一部になれたことで多くのことを学びました。彼女は常に姿を変え、進化し続ける偉大なアーティストですから。
特に、あの作品が「カントリー・レコード」であったことはとても刺激的でした。私にとってはあまり馴染みのないジャンルでしたが、その音楽の中で「自分なりの解釈(spin)」を見つける方法を模索し、あの巨大で素晴らしいアルバムに小さなピースとして貢献することができた。あのように巨大なものの一部になれたことは、間違いなく素晴らしい学びの経験でしたし、本当に特別な出来事でした。
「フジロック」は一番好きなフェス
——これまでのアーロさんの作品は、多くのリスナーにとって”安全な隠れ家”のような場所だったと思うんです。ただ、今作では、私たちをダンスフロアへと誘っている。今のアーロさんは、自分のライブをどのような空間にしたいと考えていますか。
アーロ:ステージの視覚的なセットアップという意味でも、今回はサンプラーやドラムマシンなど、実際にスタジオでレコードをつくる際に使っている機材をたくさん持ち込もうと思っています。実際の音楽制作のプロセスに対して、とても“忠実”な見せ方にしたいんです。
でも同時に、観客との「親密さ(Intimacy)」を分かち合う空間であることは変わりません。過去の曲をすべてリミックスしてつくり変えるというわけではないけれど、これまでよりも確実にエレクトロニックな要素は増しますし、より「踊れる」ライブになるのは間違いないですね。
——クラブという、より密な空間でのライブにも興味はありますか。
アーロ:もちろんです! ぜひやってみたい。最近はDJをすることも増えているので、ツアーで色々な都市を回りながら、現地の小さなクラブスペースでDJをするのもすごくエキサイティングだろうなと思っています。訪れる街それぞれのサブカルチャーについて、もっと深く学んでみたいんです。
——この夏には、「フジロック」への出演も決定しています。どんなステージになりそうですか。
アーロ:「フジロック」は、これまで出演した中で今でも「一番好きなフェス」なんです。だから、またあの場所に戻れることに本当にワクワクしています。
セットリストは新旧の曲を織り交ぜたものになります。これまでとは少し違うセットアップになりますが、エネルギーに満ち溢れた時間と、観客との確かな繋がり(kinship)を感じられるような、優しく穏やかな時間、その両方が共存するライブになるはず。アップビートでダンサブルでエネルギッシュな瞬間もあれば、みんなで一緒に腰を下ろして同じ空気を共有しているような、より静かでパーソナルな瞬間もある。そんなステージにしたいですね。
——最高の夏になりそうですね。ちなみに、すでに何度か日本を訪れていますが、東京でお気に入りの過ごし方や場所はありますか。
アーロ:公園を散策するのが好きです。特に、代々木公園。ここのすぐ近くですよね。でも正直に言うと、新幹線に乗って東京から少し離れた場所へ足を延ばし、岩場や自然が豊かな場所を探索するのも大好きなんです。
あとは、ただ街を歩き回ること。徒歩で東京の街を探索するのは、本当にインスピレーションを刺激されます。実は去年、数人の友人が東京に引っ越してきたので、今は東京に来るたびに彼らに連絡して、新しいレストランやスポットに連れて行ってもらえるようになりました。
——東京のナイトライフにも興味がある?
アーロ:ええ、絶対に楽しまなきゃと思っています(笑)。ずっと体験したいと思っていたんです。ただ、私にいろいろと教えてくれる「ガイド」が必要ですね。東京には素晴らしいDJやクラブがたくさんあると聞いているので、そのカルチャーの中に思いっきり迷い込んでみたい(get lost)と思っています。
PHOTOS:TAKUROH TOYAMA






