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ジョーディー・グリープが語る「松丸契や梅井美咲とのコラボ」からボアダムス、ブラック・ミディの今後まで

2024年夏に無期限の活動休止を発表したUKのバンド、ブラック・ミディ(black midi)。その突然のニュースから間髪入れずにソロ転向を宣言し、24年10月に電光石火の速さで届けられたジョーディー・グリープ(Geordie Greep)のデビュー作「The New Sound」は賞賛をもって迎えられ、多くのメディアで昨年を代表するアルバムに選ばれるなど高い評価を受けた。ロンドンとブラジルのサンパウロで現地のミュージシャンとレコーデイングされ、ジャズやラテン・ミュージック、プログレッシブ・ロックからイージー・リスニングまでが高度な演奏によって組み合わされたようなサウンドは、博覧強記の音楽体験を誇るグリープにしかつくりえない代物。それはブラック・ミディの記憶を押しやるに十分な、まさに「新しい音」と自ら謳うとおりのインパクトだった。

そのジョーディー・グリープが2月、ソロ・ツアーで来日した。ヨーロッパやアメリカですでに行われたこのワールド・ツアーは、地域ごとにグリープ自身が集めたミュージシャンとバンドを組み巡業する形が取られ、今回の来日公演では、松丸契(サックス)や梅井美咲(キーボード)、日本のバンドのgoatにも参加しているAkio Jeimus(ドラム)という日本のジャズ/即興音楽のシーンで活躍する若手プレイヤーに、“New Sound Band”のメンバーとして、ヨーロッパ・ツアーにも帯同したマイケル・ダンロップ(Michael Dunlop)を加えたクインテットを結成。アレンジやアドリブを交えながら曲のフォルムを変えていく演奏はスリリングで、テンション高く「エンターテイナー」のようにステージを沸かしたグリープのパフォーマンスは今の充実ぶりを存分に印象づけるものだった。「すごい達成感があって、最高に気持ちいい」。順風満帆に進み始めたソロ・キャリアについてそう語るグリープに、韓国での公演を終えて日本に“帰国”後、中目黒のオフィスで話を聞いた。

日本のミュージシャンとのコラボ

——東京でのライブを観たのですが、とてもエキサイティングで楽しかったです。今回一緒にバンドを組んだ日本のミュージシャンは、いずれもジャズや即興音楽の世界で活躍する若手の演奏家たちということで、刺激を受けたり感化されたりした部分が大いにあったのではないですか。

ジョーディー・グリープ(以下、ジョーディー):間違いないね。彼らは音楽に何か違うもの、新しいものをもたらしてくれた。それは僕がまさに求めていたものだった。つまり、このミュージシャンたちと一緒にやって最高だった曲が、他のバンドと一緒にやって最高だった曲と必ずしも同じじゃなかったということ。だから、セットリストのハイライトになる曲が変わったり、セットリストを組み立てる軸になる曲が違ったりした。新曲もいくつか演奏したし、曲によってはこれまでと違うアプローチで即興演奏もしてみた。それに、ミュージシャンと知り合ってすぐにツアーに出るなんて初めてだったから、学ぶことも多かった。まずは小さなライブから始めて、そこから大きなショーへとステップアップしていくように戦略を立てていこうと思ってる。今回のツアーは、今まで一緒に演奏したことのないメンバーなのに、いきなり900人もの観客の前でライブをやるっていうものだったからね。それでも本当に素晴らしかったし、すごくいい経験になったよ。

——そもそもどんな流れでこのメンバーとバンドを組むことになったのでしょうか。

ジョーディー:松丸とは、もう3年くらいの付き合いになるのかな。彼はいろんなバンドで演奏しているんだけど、その中の一つがDos Monosでさ。彼らはブラック・ミディと一緒にイギリスとヨーロッパでツアーをしたことがあって、その時に初めて松丸がサックスを吹いている姿を見たんだ。日本でブラック・ミディのサポートをしてくれた時のDos Monosはトリオ・ラップって印象だったから、とても新鮮だったんだよね。

それで、ツアー中にあちこちで少しずつ話すようになり、だんだんと打ち解けていって。そしてツアーの最後に、彼が自分のアルバム「The Moon, Its Recollections Abstracted」をくれたんだ。聴いてみたらすごくクールでさ。それまで彼が主にフリー・インプロヴィゼーションのジャズ・プレイヤーだなんて知らなかったから、「へえ、面白いな」って興味を惹かれたんだよね。その後、休暇で日本を訪れた時、彼ともう少し一緒に過ごす時間があって、いくつかの即興グループで演奏する彼を見に行ったんだ。そしたらその流れで、「せっかくだし、観客の前で一緒にやってみようか」って話になって。彼が小さなライブをブッキングしてくれて、観客の前で1時間半から2時間くらい即興で演奏したんだ。その後、ドラマーのAkio Jeimusと一緒にリハーサル・ルームでジャム・セッションもやったんだけど、これがうまくハマってさ。「いつかこのメンバーで、もっと正式な形で一緒に何かできたらいいな」って思ったんだ。それで、その後にアルバムをつくって、いろんな地域で異なるミュージシャンと演奏しようってなった時、真っ先にその2人が浮かんだんだよね。そしたら彼らも「よし、やってみよう」ってすぐに乗ってくれて。

そこから、キーボード奏者について彼らに相談したら、(松丸)契が推薦してくれた候補の1人が(梅井)美咲だった。ほんと完璧だったよ。素晴らしいプレイヤーで、音楽にもツアーにもすごくマッチしてた。それで、バンドを完成させるために、イギリスからマイケル・ダンロップを連れてきたんだ。彼は僕の友達で、イギリスのバンドで演奏しているんだけど、全ての曲を把握していて、スケジュール的にも僕より先に日本に来てリハーサルができるメンバーとして最適だった。少なくとも1人はそういう人がいると心強いし、やっぱりいて良かったなって思うよ。

——ブラック・ミディ時代にはおとぼけビ〜バ〜などとも共演されたことがありますが、そうした自分と近い世代の日本のミュージシャンと接してみて、何か感じるところはありますか。

ジョーディー:今ってほんと面白い時代だと思うよ。たくさんの人がいろんな種類の音楽を演奏してるんだけど、昔みたいにバーでバンドを見て影響を受けるってよりは、インターネットを通じてさまざまな時代やスタイルの音楽を発見するようになっている。そして、歴史上初めて、誰もがこれらの音楽に平等にアクセスできるようになった。CDを買ったり、ラジオを聴いたりする必要がなくて、興味があればインターネットで自由に探して聴けるし、誰でも自分の好きなものにどっぷりハマれるんだよ。

そのせいか、今の世代って“ジャンル”への偏見がかなり少ない気がするんだ。10年、15年、20年前は、音楽の楽しみ方が雑誌やラジオ、テレビでガチガチにキュレーションされてて、特定のジャンルや音楽的なアプローチに偏見があった。例えば、プログレッシブ・ミュージックとかジャズ、フュージョン、ワールド・ミュージックなんかは、近寄りがたくて敷居が高いと思われがちだった。インディー・ロックとかオルタナティブ・ミュージシャンを目指すなら、いろんなジャンルを受け入れるんじゃなくて、自分のスタイルやレーンに留まるべき、みたいな風潮もあったと思う。でも、今はその状況が大きく変わった。ここ10年くらいで、若い人たちはいろんなジャンルに挑戦したり、多様なスタイルを取り入れることにずっとオープンなマインドを持つようになってる。音楽への向き合い方が自由で柔軟になってきたなって感じるよ。

ボアダムスからの影響

——一方、今回のツアーでは∈Y∋がDJセットでサポートを務めていて。ボアダムスはジョーディーさんにとって特別なバンドですよね。

ジョーディー:ボアダムスの音楽に初めて出会ったのは、インターネットがきっかけだった。今話したみたいに、もしネットがなかったら、彼らを知るのにもっと時間がかかっただろうね。13歳か14歳の時に聴いて、すぐに大好きになったよ。ほんと最高のバンドだと思う。彼らの音楽って、いろんな時代やスタイルを渡り歩いてるんだけど、常に一貫した哲学があるんだよね。それは、可能な限り強烈なものをつくり出すってことだと思う。例えば、初期のアルバムの「チョコレート・シンセサイザー」や「ポップ・タタリ」だと、熱狂的で一つのアイデアに突っ走る感じが強いけど、そこにだんだん催眠的なスタイルが積み重なってくる。その後、サイケデリックやドローン・ノイズ、長尺のインプロヴィゼーションみたいな方向に進んだ時期もある。でも、サウンドは柔軟で変化に富んでるのに、全体を通して同じビジョンが貫かれてるんだよね。そこがすごい。

で、僕の音楽にもそういう部分がある気がするんだ。今回のアルバムは、ブラック・ミディの時とはサウンドが少し違うけど、目指してるビジョンやゴールは一緒。結局、自分が好きなもの、自分が音楽をやりたい理由と共鳴するものをつくりたいだけなんだ。

——今回の∈Y∋のDJはどうでした?

ジョーディー:2、3年前の(ブラック・ミディの)名古屋公演でも彼がDJセットをしてくれたんだけど、今回はさらに荒々しくて擦れたプレイだった。前回は、激しくてノイジーで、クレイジーなエレクトロニクスって感じのグリッチなミックスから、クールなバラードやワールド・ミュージックみたいな曲まで展開していく感じで。でも今回は、さらに磨きがかかってて、終始グリッチでアグレッシブなエレクトロニック・サウンドが中心でさ。それがまた最高で、すごく面白かった。東京での初公演の後、Xで反応を見てたら、「何だこれ? このDJ誰だ?」とか「ただのノイズじゃん」みたいな声もあって。いや、こいつはマジで伝説の男だから。ちゃんと調べてこいよっていう(笑)。

——ははは。

ジョーディー:実は、僕が自分の音楽をやる上で一番影響を受けたのは、10年前にロンドンで観たボアダムスのライブなんだ。彼らはバンドだけで演奏するんじゃなくて、88人のランダムな人たちにシンバルを叩かせてた。まあ、ある意味ギミックっぽいよね。「88人にシンバルやらせちゃおうぜ」みたいな思いつきだったのかもしれない。でも、実際にそれが始まった瞬間、そこにはまさに、その瞬間にしか体験できない何かがあったんだ。

ライブってさ、最初はよく分からないものじゃないか。 半分くらいまで観てても、これが好きなのか嫌いなのか、楽しめてるのかどうかすら曖昧で。映画を観てる時と同じでさ。でも、ライブの最後の5分くらいで突然、「あ、これ最高! 本当に好きだ。観に来てよかった!」って、全部が腑に落ちる瞬間がある。このボアダムスのショーがまさにそうだった。2時間か3時間の長丁場で、ずっと「これ何だ? 何がしたいんだろう? 楽しんでるのかな、まあそうかも」って思いながら観てたんだ。でも、最後に気づいたんだよ。「このシンバルの音って、もう二度と聴けない音なんだ」って。この会場にいる誰にとっても、完全に唯一無二の音なんだって。それがすごく不思議で、魔法みたいな感覚だった。「うわ、彼らは本当にすごいものをつくり出してる!」って。

しかも、ただユニークなだけじゃなくて、そのサウンド自体がとても素晴らしかった。シンバルの音がまるで海みたいに響いて、でも、もっとコントロールされた海って感じで。そしたら、スクリーンに海の映像まで映ってたんだよね。たぶんあれはジョークだったんだろうな(笑)。でも本当に最高だった。あれはほんとすごいショーだったよ。

——ちなみに、ボアダムスよりさらに前の時代の日本の音楽、アンダーグラウンド・ミュージックについてはどんなものに触れてきましたか。例えば、裸のラリーズや、タージ・マハル旅行団とか?

ジョーディー:ああ、裸のラリーズは知ってるよ。ただ、どうだろう……僕がハマった日本の音楽って、主にノイズ・ミュージックなんだよね。一番古いラインで言うと、グラウンド・ゼロとか大友良英あたりから入った感じで。もちろん、坂本龍一みたいにみんなが知ってるアーティストの曲も聴くよ。でも、もっと“クラシック”なものだと、日本のクラシック音楽……特に武満徹が今でも大好きだね。武満徹の音楽って、ある種の忍耐が必要でさ、聴いててぐっとくるんだよね。統一感がないっていうか、組み立て方が独特で素晴らしい。ミニマル・ミュージックって、催眠的だったり気分を高めてくれたりするのはいいんだけど、ちょっとギミックっぽく感じる瞬間もある。同じフレーズを何度も繰り返して、面白さや催眠効果を引き出してるだけ、みたいな。でも、武満徹は全然違ってて、ちゃんとメロディックなアプローチもありつつ、少し無調っぽいところもある。でも、ふとした瞬間にロマンティシズムが顔を出すんだよ。それがたまらないんだよね。

あと、他に自分が聴く日本の音楽っていうと、面白いことに、西洋で人気があるジャンルが多いかな。シティ・ポップとかね。山下達郎なんて、もはや“クラシック”って感じだよね。

——なんか意外です。

ジョーディー:まあ、ああいうタイプの音楽って、本当に好きな人は何でも「おお、これいいね」って言うんだろうけど、正直、僕からしたらほとんどの音楽ってクソみたいだなって思うんだ。でも、まあ10枚くらいは「これは最高!」って思えるアルバムがあるかな。大貫妙子とかね。いくつかは退屈だったり、超安っぽく感じたりする作品もあるけど、全体的にクールでかっこいいと思うよ。

あと、個人的に日本のアルバムで最高な1枚って言ったら、(清水靖晃が率いたMARIAHの)「うたかたの日々」だね。1980年代のニューウェーブっぽい雰囲気で、とてもクラシックな感じがしてさ。そんなに詳しくは知らないんだけど、最高にクールで大好きなアルバムだよ。

日本のカルチャーについて

——今回のソロ・アルバム「The New Sound」のジャケットを見て、そういえば、前回ブラック・ミディとして来日した際にあなたがSNSに上げていた日本での買い物リストの中に、佐伯俊男の画集があったことを思い出したんですね。彼の絵のどんなところに惹かれたのでしょうか。

ジョーディー:素晴らしいよね。あの絶妙なバランスが最高だと思う。この前、betcover!!のボーカルの(柳瀬)二郎と話したんだけど、彼が言うには、現代の日本って、ちょっと変態的っていうか、異端的なアートの歴史を隠そうとする傾向があるみたいなんだ。それで彼は、「いや、そうじゃなくてさ、僕らはそれを受け入れるべきだし、なんでダメなんだって声を上げるべきだ。少なくとも、避けたり尻込みしたりしないで向き合うべきだ」って考えてたんだよね。

でさ、佐伯俊男みたいなアーティストって、その表現が行き過ぎてるのかちょうどいいのか、品がいいのか悪いのか、その微妙な境界線にいると思うんだ。僕がアルバム・カバーに使った絵も、彼の作品の中では実は結構おとなしめっていうか、道徳的に受け入れやすい部類だと思うんだよね。だって、彼の作品って時々ほんとぶっ飛んでるものもあるからさ。でも正直、佐伯の作品って悪意が込められてるようには感じないんだ。なんか嫌な気持ちでつくられてるわけじゃなくて、よく見ると変なユーモアとか皮肉っぽいニュアンスがあったり、とても美しい一面があったりする。ただショックを与えるためだけのものじゃない。それって僕が好きなもの全てに共通してるんだけど、常にそのバランスが大事なんだよね。本当に不快だったり意地悪だったりするだけのものは、すぐ飽きちゃうから。

例えば、三島由紀夫とかもそうで。彼の文章って大好きだし、とても巧みで素晴らしいと思う。でも、しばらく読んでると、「この人、ほんとこの世界が全部嫌いなんだな」って感じになってくるんだよね。全てが最悪、みたいなさ。で、彼の人生を調べてみると、結構ひどい奴だったみたいで。そしたら、「なんでこんなの読んでるんだろ? なんか精神的な毒だな」って思えてくるんだ(笑)。でも、明らかにすごい才能のある作家だよね。だからさ、そういう異端的な要素を取り入れる時、そっち側に引っ張られすぎないようにバランスを取るのって、ほんと難しいと思うんだ。

——ちなみに、その買い物リストの中には、アラーキーの写真集や、三島由紀夫が表紙を飾る日本のボディービルダーに関する本もありましたね。ジョーディーさんの日本のアートへの関心についてぜひ伺いたいです。

ジョーディー:素晴らしい映画もたくさんあるよね。もちろん黒澤明は有名だけど、僕が好きなのはホラー映画で、三池崇史の作品とかさ。「オーディション」はサイコウデス(日本語で)。あと、90年代の映画だと、黒沢清の「CURE」も超エピック。日本映画って素晴らしい作品がいっぱいあって、音楽や芸術も含めて、日本の文化的伝統ってほんと豊かだと思う。

でさ、日本の芸術の興味深いところの一つは、それが世界にどんな影響を与えてきたかってことで。いろんな時代で影響が見られるよね。例えば、19世紀だと、フランスの芸術や文学が日本からとても影響を受けていて、モネが着物姿の妻を描いた絵とかもある。あと、プッチーニの「蝶々夫人」とかもそうだよね。本とかオペラでもその影響が感じられるよ。

それから20世紀になると、オリヴィエ・メシアンとかが出てくる。彼は日本の伝統音楽や野鳥にインスパイアされた曲をたくさんつくってて。メシアンってほんと創造性に溢れた音楽家で、驚くべきことに、世界中のあらゆる鳥の鳴き声を楽譜に書き起こそうとした。いろんな国に行って、森で耳を澄ませて、それを採譜してね。で、日本の鳥をモチーフにした曲の一つが「Chronochromie」で、あと「Harawi」ってのもある。それは日本の鳥や音楽を題材にした声楽曲なんだけど、面白いよね。正直、その手の影響ってエキゾチックで表面的な感じになりがちかもしれないけど、「なんでダメなの? クールでいいじゃん」って思うんだよね。

——エロスとタナトスじゃないですが、表裏一体や紙一重といったものが、自身の美意識や好奇心がくすぐられるポイントだったりするのでしょうか。

ジョーディー:まあ、必ずしもずっとそうってわけじゃないんだけど、よく思うのは、心に残ったり、じわじわくるものって、ちょっとした違和感がある時なんだよね。何が現実で、どこまでが道徳的で、どこまでが必要なのかよく分からない感じっていうか。例えば、アルフレッド・ヒッチコックの古典的な作品もそうだけど、彼の映画って、当時のハリウッドの厳しいルールの中でつくられていて、露骨な暴力とかセックス・シーンは出せなかった。ただ、それでも全体に心理的な違和感がずっと漂ってるんだよね。特に当時の観客にとっては、すごく葛藤を覚えるような複雑な反応を引き起こしたんだろうなって思うよ。

例えば、彼の初期の作品の「疑惑の影」だと、少女の叔父が家族と一緒に住むためにやってくるんだけど、彼女だけがその叔父が犯罪者だって知っている。でも他の誰も気づいていない。彼は彼女をずっと殺そうとしてて、それがすごく露骨で、威嚇的で、不気味なんだよね。他のハリウッド映画とは明らかに違う異質さがある。センセーショナルというよりは、もっとリアルで具体的な脅威とか、暗闇みたいなものがしっかり伝わってくるっていうか。

でさ、そういうバランスをどうやって取るか、どうすれば観客に「搾取的だ」と感じさせないかを考えるのって、とても興味深い課題だと思うんだ。スラッシャー映画とか、クレイジーで大げさなエクスプロイテーション映画なら誰でもつくれるかもしれないけど、リアルでダークな脅威を感じさせつつ、それでいて搾取的じゃない感じに仕上げるのは本当に難しい。まさにバランスが大事だと思う。それができれば、異端的な要素も含めて、とても力強い表現になる。もしヒッチコックがいなかったら、こういう倒錯的なものが身近にあるっていう感覚って、たぶん理解されなかっただろうね。彼の作品には常にそういう倒錯的なものが潜んでいる。「めまい」とか「サイコ」といった作品が、なぜ人々の心を捉えて離さないのか。単にストーリーが面白いからだけではなくて、テーマや暗黙の了解、つまり何を暗示してるのか、何を匂わせてるのかが重要なんだよ。

音楽と政治

——例えば、70年代の佐伯俊男のイラストや、かつての日本のフリー・ジャズ、あるいは今回のソロ・アルバムに影響を与えたMPBも、単なるアートや音楽という以上にカウンター・カルチャーとしての性格を帯びていて、当時の政治状況や時代と密接に関わり合いながら育まれた側面がある表現だと思います。そうした背景にも惹かれるところはありますか。

ジョーディー:まあ、確かにさ、僕自身、政治をガッツリ追いかけてるわけじゃないし、世の中で起こってるほとんどのことについてそれほど知識があるわけでもない。でもさ、一つ分かっているのは、政治関連の話って、ぶっちゃけ90%くらいは大多数の人には響かないってことだと思うんだ。音楽とかアートに興味がある人からしたら、政治の話なんてほぼ全部「もういいや」って感じになるっていうか。明らかにひどいよね、どっちの側もね。政党で勝つ方法とか、変化が起こる仕組みとか、そういうのってほんと魅力的じゃないし、ただ不快で気持ち悪いだけなんだよ。

だからさ、このカウンター・カルチャー的な動きって、ほとんどの政治そのものを拒否してるって感じがするんだよね。ただ、難しいのは、僕が好きなミュージシャンって、政治的意見がとても曖昧だったり、完全に無関心であることが多くて。

例えば、僕はレオ・フェレというフランスのシンガーが大好きなんだけど、彼はたぶんアナーキストで、あらゆることに反対するというスタンスだった。60年代後半のフランスで、若者の社会主義的な反乱のシンボルみたいに祭り上げられたこともあった。で、彼自身もある程度乗り気だったんだけど、でもあるとき「いや、それも嫌だ」って言っちゃったんだよね。ジョン・レノンとかも典型的な例だけど、結局、僕らはただ良い人生を送って、やりたい仕事をしたいだけなんだよ。わかんないけどね。

でもさ、同時に、政治の模範としてミュージシャンの意見に耳を傾けるべきかって言ったら、そうではないと思うんだ。政治って、ほとんどの人が考えてるよりはるかに複雑だし、何が正しいかなんて分からないから。

で、ブラジルの音楽とか見てると面白いんだよね。なぜかって言うと、その音楽のほとんどが禁止されたり、認められなかったり、極めて“政治的”な背景を持ってるから。例えば、ミルトン・ナシメントの「Milagre dos Peixes」――僕の中では史上最高のアルバムの一つなんだけど、録音中に「歌詞はダメだ」って言われてさ。10曲中7曲、つまりアルバムの70%に歌詞がなくて、「ラ、ラ、ラ、ラ」って歌ってるだけなんだよ。全部禁止されちゃったから。ただ、それでもメロディとコードだけで最高に素晴らしいアルバムなんだよね。でも、考えてみればクレイジーだよね。ジルベルト・ジルとかもそうだけど、軍事政権がひどすぎてブラジルから逃げてロンドンに住んでたんだから。彼らにとっては、政治ってただのアイデアとか理論的な意見じゃなくて、現実そのものだったんだよ。リアルで、とても恐ろしい現実だったんだ。

——最後に、ブラック・ミディの今後についてどう考えているのか、教えてもらえますか。こういう機会なので、ぜひあなたの口から直接聞きたくて。

ジョーディー:正直なところ、ノーだろうね。僕らこれまで3枚のアルバムをつくってきたけど、どれもほんと最高だった。そして今回のソロ・アルバムもとても楽しくて、全てが順調に進んでる。いいインパクトを与えてると思うし、みんなにも気に入ってもらえてるみたいだ。それに、ツアーも今までで一番楽しくてさ、最近やったアメリカ・ツアーも今回の日本ツアーも、ほんと完璧だった。ツアー中に音楽がこれほど変化したことはなかったし、リハーサルにこんなに時間かけて、こんなにハードに働いたこともなかった。毎晩ショーの後にメモを取って、次の日のリハで調整するくらい頑張ると、その分ほんと報われるんだよね。だからツアーの最後にはすごい達成感があって、最高に気持ちいいんだ。

ブラック・ミディの今後のことは誰にも分からないよ。今のところこれがめっちゃうまくいってるからさ、あと何年かはこのまま続けたいなって思ってるんだ。どうなるか、見てみようよ。

PHOTOS:TAKUROH TOYAMA

「The New Sound」

■The New Sound
Geordie Greep
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14318

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