
記録的な熱波の中繰り広げられた2027年春夏のメンズ・ファッション・ウイーク。ビッグメゾンのパリコレへの引っ越しや9月に行われるウィメンズコレへの合流などに加え、サッカーW杯はイタリア代表が予選敗退で蚊帳の外ということもあり、やや寂寥感も漂ったミラノメンズ。しかし職人技と洗練が同居する質実流麗なミラノのクリエイションは、本質思考に回帰する今だからこそ新鮮に映ります。
今回、編集部からは単騎取材となった本橋涼介ヘッドリポーターとパリ在住ジャーナリストELIE INOUE(以下、井上)氏によるミラノメンズの取材ダイジェストVol.2をお届けします。最初は勢いが良かったけれど、だんだん暑さでエネルギーを奪われ、それでも気合で乗り切ったファッションウイーク取材をプレイバック。
「ダンヒル」 はブルー・ブレザーへのラブレター
移ろう空の下、英国紳士の一日を仕立てる
本橋:「ダンヒル(DUNHILL)」は前回同様、サイモン・ホロウェイ(Simon Holloway)=クリエイティブ・ディレクター自ら今季のコンセプト、一つひとつのルックについての着想やイメージを丁寧にプレゼンテーションしてくれました。前シーズンに引き続き、英国男性のアイデンティティーをめぐる人物考察が着想源になっており、具体的なリファレンスはロジャー・ムーア、ルシアン・フロイド、ロード・スノードンという多面的な魅力を備えた紳士たち。中でも重要だったのが、ブレザーにタートルネックを合わせた1960年代末のロジャー・ムーアの一枚の写真。サイモン自身、今季を「ブルー・ブレザーへのラブレター」と語ります。「生地の聖地」として知られる英ハダースフィールドで織った鮮やかなブルーのカシミアパナマのブレザーに、コットンチノとスエードローファー、ストローハットを合わせる幕開けは、英国紳士のヨットデッキの朝の装いを連想させます。
そこから先は、素材のすごみで見せつけます。ネイビーのダブルフェイス・リーファーコートは、希少なエスコリアルウールを手仕事で仕立てたもの。ニットには、100年を超えるダンヒルのライターのエンジンターン装飾から編み地を起こした「バーリー・ステッチ」を採用しました。グレーの章では極細キッドモヘアとリネンのテーラリングが1980年代ロンドンのモノクロームなエレガンスを想起させ、計算された無造作さで巻いたスカーフが品よく着崩します。
ルックブックは背景の空が朝から正午、夕暮れ、宵へと移ろう構成で、装いも一日をなぞるように進行。ハイサマーはターコイズやレッドの高撚りリネン、夜はエナメル装飾のトランプ柄アーカイブライターに着想したシルクジャカードのジャケットやローブ、1960年代製のアンティーク織機で織ったシルクデュピオンのイブニングスーツへと至ります。精緻な仕立てと豊かな個性が共存する「ダンヒル」の装いは、洒脱という言葉がぴったりです。
「チャーチ」は画家の邸宅へと誘う
ヴィラ、コテージ、タウンハウスの靴物語
井上:“レジデンス”をテーマに据える「チャーチ(CHURCH'S)」は、画家レンツォ・ボンジョヴァンニ・ラディーチェ(Renzo Bongiovanni Radice)が暮らした邸宅兼アトリエを舞台にプレゼンテーションを開催しました。現在はアドルフォ・ピニ財団(Fondazione Adolfo Pini)が所有する建物には、アンティーク家具と絵画、家族写真が並び、ショールームというより家に招かれたような空気に満ちています。
住まいの物語を描くコレクションはヴィラとコテージ、タウンハウスの3つで構成。まず最初のスペースでは、休暇やリラックスした時間のヴィラで、室内履きのようなレザースリッパが出迎えてくれました。バカンスを思わせるリラックス感から、田園と都市をつなぐコテージへ。ライニングのみを成形し、アッパーレザーには自由な動きを残す構造で、柔軟性の高い履き心地を追求したといいます。チャッカブーツ、ダービー、さらに靴紐を結んでも、そのままスリッポンのようにも履ける隠しゴム仕様の“オックスフォード”までが揃います。最後は、グッドイヤーウェルト製法によるドレスシューズが並ぶタウンハウスのシリーズ。ダービーは深みのある色彩が特徴で、ブローグは通常切り込みを入れるウィングチップを、パンチングとステッチだけで表現する独創的なデザインを新たに採用しました。メインルーム中央には、レザーやソールなどシューズを構成する素材を集めたライブラリーと、職人による製作実演も展示。住まいを巡るような空間体験の締めくくりとして、「チャーチ」が150年以上受け継いできたクラフツマンシップをアットホームな空間で体感できました。
一段とあか抜けた「ポール・スミス」
スーツを“場違いな状況”へ連れ出す
本橋:今回のミラノで最も「あか抜けた」と感じたのが「ポール・スミス(PAUL SMITH)」でした。デザインディレクターのヘレン・ホームズとサム・コットンが率いた今季のテーマは“Suits in Unsuitable Situations(場違いな状況のスーツ)”。着想はポール・スミス本人の記憶にあります。家族旅行でスーツのまま裾をまくり、膝まで海に浸かった祖父。そしてトスカーナで白いリネンスーツのまま葡萄の収穫を手伝い、バーガンディの染みが残った経験。この染みさえも思い出として肯定し、スーツを特別な日の服から、時間とともに個性を帯びていく日常着へと連れ出します。まさに、秋冬のランウエイトレンドから萌芽している「愛着」の価値観です。
それをスタイリングとして翻訳したのが、折り返した袖口、緩めたタイ、外したシャツボタンといった所作。エクリュとトープを基調に、ミントグリーンのサマーニットやレモン色のソックスをさり気なく差し込み、ブラックではなくミッドナイトネイビーで柔らかくフォーマルアップ。遊び心はディテールに潜ませるのが今季流で、大ぶりのシルバー安全ピンで留められた葡萄の房や帆船、貝殻のチャームが目を引きます。ハンドのパッドステッチや襟裏のコントラストメルトンなど、内側に忍ばせた手仕事も、裏地を省いた軽やかなテーラリングを支えます。
「ポール・スミス」といえば遊び心の宝庫ですが、今季はスタイリングに唸らせるものがあり、テーラリングになじみのない層にも届く軽やかさがありました。このムードが、日本の小売チャネルにも持ち込まれることを願うばかりです。
列車を待つ旅人「エトロ」
ペイズリーと刺しゅうで綴る原点の旅
井上:「エトロ(ETRO)」科学技術博物館内にある航空・海運パビリオンで、デザインチームが制作したコレクションを発表しました。古い機関車や「グローブトロッター(GLOBE-TROTTER)」との協業によるトランクが並ぶ空間で、モデルたちは列車を待つ旅人のように立ち、ブランドの原点である“旅”を演出します。
旅人が着用するのはペイズリーやストライプ、アーカイブのスカーフプリントといった鮮やかモチーフに刺しゅうをふんだんにあしらったシルクシャツとスエードアウターなど、「エトロ」を象徴するコードに溢れた洋服です。ソフトなテーラリングやダブルフェイスのシルクコート、レーザーカットを施したシャツジャケットなどは軽やかで実用性が高く、スーツをシャツ感覚で着こなすなど自由なレイヤードも提案しました。そこに「ビルケンシュトック(BIRKENSTOCK)」とのコラボシューズを合わせ、旅と日常をシームレスにつなぐワードローブを完成させます。
ブランドの歴史や旅への憧憬を再確認できる内容ではありましたが、過去の遺産を守ることと、それを現代のファッションとして更新することは別の課題。次なる目的地へ向かう列車を待つ旅人のように、「エトロ」がこれからどのような新しい旅へ踏み出すのか、その一歩に期待が高まります。