警察や政治家、そして通りの角まで続く長蛇の列が、「シーイン(SHEIN)の世界初となる常設店舗のオープンを象徴していた。中国発のウルトラ・ファストファッション企業による出店が、期待と同時に激しい物議を呼んでいる。
仏百貨店「BHV」マレ店の最上階、約1000㎡の売場には、黒とピンクのジャンプスーツを着た「SHEIN Squad」スタッフが並び、開店を前に午前中から入場整理券を求める客が列を作った。
20代から80代まで幅広い年代の来店客が口をそろえるのは「価格の安さ」。60代の女性客は、「まずは価格。BHVにこんなに安い商品が並ぶなんて思わなかった。これなら来てみようと思えるわ」と語った。
一方、店舗の外では数百人規模の抗議デモが発生した。手作りのプラカードや、「シーイン」に反対する署名サイトへ誘導するQRコード付きのビラを手にした市民や政治家が集結した。
パリを選挙区に持つイアン・ブロサ議員は、「『シーイン』はパリにとって望ましくないものすべての象徴だ。環境にも、労働者の権利にも、最低限の倫理にも背を向ける経済モデルだ」とWWDにコメント。ただし、地方自治体としては出店を阻止する権限がないとし、「パリ市は倫理的な企業の進出を促すことはできるが、SHEINの出店を直接止める法的権限はない。もし可能なら当然そうしていた」とも語った。
BHVを運営するソシエテ・デ・グラン・マガザン(SGM)のフレデリック・メルランCEOは、論争の存在を認めつつも「これほど多くの来店客がいるのは喜ばしい驚き」と強調した。「多くはBHVの既存客だ。最終的には販売する商品の質と、提供するサービスのレベルにかかっている」と記者会見で語った。
メルランCEOは品質への懸念を退け、「BHVが扱う『シーイン』商品は労働基準を満たしたものに限られている」と説明。また、実店舗を構えることで過剰消費を抑える効果もあると主張した。「実際に触れて試着できることで、衝動的な買い物を減らせる。さらに、『シーイン』の出店によってBHV全体の来店者数が増える」と話した。「私たちが目指すのは“質の高いショッピング体験”。商業は分断を生むものではない。朝8時半から開店を待つ人々を見て、胸が熱くなった。人を店に迎え入れるのが私の仕事だ」と続けた。
「シーイン」はこれまで、パリ・ファッションウイーク期間中などにフランス各地でポップアップを展開してきたが、常設店は今回が初。フランスのファッション研究機関「フランス・ファッション学院(IFM)」による調査では、同社はすでに“フランスで5番目に人気のブランド”であり、販売数量ベースでも第5位に位置するという。圧倒的な低価格がその人気を支えている。
今後は5都市でもオープン予定
今後は、ディジョン、ランス、グルノーブル、アンジェ、リモージュの5都市でも常設店をオープン予定。いずれもSGMが運営する旧ギャラリー・ラファイエット系列の店舗跡地に入居する。
ギャラリー・ラファイエットがBHVとの提携を解消し、名称を外した件について、メルランCEOは「双方合意の上での決定。BHVブランドの拡大に向けた前向きな動き」と説明。「シーイン」出店がBHVの業績回復につながるかを問われると、「1カ月ほどで明らかになるだろう」と慎重に語った。
政府はオンライン停止命令を発動
一方で、開店当日、買い物客が新店舗を訪れる中、フランス政府は「シーイン」のオンラインプラットフォームの停止措置に踏み切った。同社が「児童に類似する性人形」を販売していた疑いで司法当局が捜査を進めており、セバスチャン・ルコルニュ首相の命令により一時停止を決定。財務省によると、「シーイン」には48時間以内の改善報告が求められているという。仏ブランドの「アニエスベー」はSNSで「シーイン」の出店に抗議する声明を発表、BHVからも退店した。
他にもディズニーランド・パリはBHVのホリデーシーズン協賛を撤回、「アーペーセー(A.P.C.)」「フィガレ(Figaret)」「リヴドロワ(Rivedroite)」などのブランドが相次いで撤退を表明した。
また、BHVマレ本館の買い戻しを支援する計画を進めていたフランス公的金融機関「バンク・デ・テリトワール」も交渉から撤退しており、財務難にあえぐBHVにとって逆風をもたらしている。