ルイーズ・トロッター(Louise Trotter)の「ボッテガ・ヴェネタ(BOTTEGA VENETA)」への移籍に伴い内部昇格した、マーク・ホワード・トーマス(Mark Howard Thomas)による「カルヴェン(CARVEN)」が2026年春夏コレクションを発表した。トーマスは25-26年秋冬シーズンからデザインを担当しているが、本格的なファッションショーは今回が初めて。新デザイナーによる数々のコレクションがお披露目される中、ブランドの歴史的拠点であるシャンゼリゼ通りにある本店で、ルイーズ路線を継承する「家を居心地の良い空間にする」というコンセプトに基づくコレクションを発表した。このブランドは現在、中国企業アイシクル(ICICLE)の傘下。アイシクルは同名のアフォーダブル・ラグジュアリー・ブランドも手掛けており、「カルヴェン」はそれより上のデザイナーズやラグジュアリーの価格帯で勝負できるブランドに育もうとしている。
「家を居心地の良い空間にする」というコンセプトに基づき、マークは「カルヴェン」にとっての家、上述したシャンゼリゼ通りにある本店の上層階に位置するアトリエからの景色にインスピレーション源を得た。マークは、「本店がある建物の5階にあるアトリエで仕事をしていると、日々喜びを感じることができる。美しいアイボリーの建物からは、シャンゼリゼ通りやグラン・パレを眺めることができるんだ。華やかだが、そこにはパリの日常が広がっている」とマーク。コレクションは、建物のアイボリーを基調に、朝焼けや夕暮れのネオンに着想を得たスカイブルーや淡いピンクなどを時々差し込む優しいカラーパレット。創業デザイナーであるマリー・ルイーズ・カルヴェン(Marie-Louise Carven)が愛したというランの花の白、スモーキーな黒やグレーなどもキーカラーの1つだ。マークは、「マダム・カルヴェンの価値観を常に想像しながら、クリエイションに臨みたい」と話す。その理由は、「マダム・カルヴェンは、105歳まで生きた人。ハッピーな人生だったに違いない。今の『カルヴェン』が描くべきマインド」だから。そこでブランドの代名詞的存在、ウエストの周りで生地にドレープを寄せたり摘んだりすることで緩やかな曲線を描く“エスペラント”のディテールを多用。後前にも着られるノンシャラン(気取らない)なシャツドレスやマキシドレス、スタンドカラーと大きなポケットが印象的なスポーツブルゾンにも盛り込んだ。マダム・カルヴェンが愛したランの花のような曲線を随所に用い、チュールのスカートなどにはフランスのランの栽培家マルセル・ルクーフ(Marcel Lecoufle)がマダム・カルヴェンに因んで名付けたという花の刺繍を施した。
「家を居心地の良い空間にする」というコンセプトに基づき、スタイリングにはペチコートのような下着風のアイテムを活用。アンティークのナプキンを思わせるヘムラインの生地の他、コットンポプリンはぜいたくに使い上述のマキシドレスはまるでカーテンのようだ。ルイーズとの違いは、“だらしなさ”の寸前を狙ったシルエットとスタイリング。知的でクールなスタイルを標榜したルイーズはハリやコシのある素材も好んだが、マークはドレープする素材を使い、ネックラインが少し下がったり、長く着続けだんだん肩がズレ落ちてきたようなアシンメトリーなシルエットを描くことで“おうち時間”的なムードを醸し出すのが好みのようだ。
クワイエット・ラグジュアリー隆盛の中、「カルヴェン」が提案するようなスタイルのブランドも増えている。「ザ・ロウ(THE ROW)」は「カルヴェン」同様、自宅にいるような感覚で、洋服を自由奔放にスタイリングすることで人々の共感を誘っているだろう。故にもう少し個性があっても良いが、多くのブランドが打ち出すエフォートレスなムードに加えて、クリーンなのにほんのり官能的、気取らないのに洗練された雰囲気は突き詰め続ければ大きな差別化につながるかもしれない。すでに新たな一歩を踏み出した「ディオール(DIOR)」や、ルイーズの「ボッテガ・ヴェネタ」のように華々しいスタートとは言い難かったものの、静かに、確実な一歩を歩み始めた印象だ。