PROFILE:(つじ・あさこ)社会派クリエイティブを掲げ、「思想と社会性のある事業作り」と「世界観に拘る作品作り」の2つを軸に広告から商品プロデュースなどを手掛ける越境クリエイター。2019年春、女性のエンパワメントやヘルスケアをテーマとした「レディーノーズ」プロジェクトを発足。2019年秋より報道番組「ニュースゼロ」で、水曜パートナーとしてレギュラー出演する PHOTO:KAZUSHI TOYOTA
ナイトプールのプロデュースやスイーツや化粧品などの商品企画、広告の制作までを手掛けるアルカ(ARCA)の辻愛沙子最高経営責任者(CEO)は、クリエイティブ・アクティビストを名乗り、クリエイティブの力で世の中に対話を投げかける。社会課題に対しても向き合う楽しさとしんどさを行ったり来たりしながら、「それでも触れない選択肢はない」と覚悟を決める。社会に向き合い、意志を発信しなければ共感されない今、それでも“間違った”発信をしてしまうのが怖い、だから、できれば考えるのを先延ばしにしたいという葛藤もあるだろう。でも、もうそれではダメなのだろうか?
WWD:社会課題に向き合い続けることは、果てしなく終わりのない問いに思える。それでもなぜ対峙し続けるのか?
辻愛沙子アルカCEO(以下、辻):子どもの頃から、理不尽な校則などに対して違和感を感じると声をあげる生徒でした。仕事をはじめてからはお台場のナイトプールやタピオカ専門店「タピスタ(TAPISTA)」など、フォトジェニックなものをプロデュースしたり、同世代に届ける広告を考えたりしています。すると、若い女性が発信源のトレンドやコンテンツに対するステレオタイプを感じるようになったんです。例えば、ナイトプールに対してはワイドショーで「泳がないのにプールに行くなんて馬鹿がやること」と非難するコメンテーターがいました。それぞれが自由に過ごす平和な空間で、来場者も誰も傷つけていないのに、「なんでこんな風にあげつらうのだろう!?」と疑問に思ったんです。タピオカ専門店でも、お店に並ぶお客さまの写真とともに、"バカ女どもがゴミのようにタピオカに群がる"という、信じられない週刊誌の記事がでました。女性向けの商材を担当することが多いため、「"女性ならでは"の企画を」というご依頼を頂くことも多くありました。
しかし、女性といっても一括りにはできないはず。一人一人好みも考え方も多種多様なのに、社会が思う画一的な"女性像”が強固に存在するんだと考えさせられました。私自身も在学中に仕事を始めたこともあり、「女子大生なのに」とか「女性起業家」という言葉で褒められることが多く、その度に違和感が残りました。良かれと思って用いられた言葉にもステレオタイプが存在することを体感したんです。メディアへの露出が増えると、今度は見た目に対してコメントが寄せられるようになりました。ビジュアルをアイデンティティにする職業ではないのに、褒め言葉も中傷も含め、こんなにも見た目で品定めされるのかと驚きました。こんな風に日々生まれたモヤモヤや疑問を払拭するために、社会について学び始めたんです。逆算して、「社会課題がこれから大事になるから勉強しよう」と掲げたわけじゃありません。自分自身の視点を通じて感じた違和感に向き合っていった結果、社会課題にアプローチするクリエイティブを作るようになりました。
WWD:企業としても個人としても、触れるのに勇気が必要だし、大変だし、炎上も怖い。「覚悟」が必要なトピックだ。
辻:社会課題と向き合うには、一貫性と覚悟が必要です。興味本位で手を出すことは難しく、やり切るべき領域だと思います。でも、人は誰しも無自覚な偏見を持っています。私を含め、間違えたことのない人なんてきっといません。絶対的な正解がないので、目の前の人や環境に誠実に向き合いながら、その都度内省し、間違いがあれば開示をしながら進んでいくしかないんです。それでも、いくら考えを深めても、発信する怖さは常に伴います。社会課題に踏み込んで炎上するくらいなら、距離を置き続ける方法を模索したい気持ちや葛藤が社会にあるのも理解できます。いきなり完璧を求めるのではなく、まずは一歩踏み出すこと。そして同じ思いを抱えている生活者をエンパワメントし連帯につなげていくーー。独りよがりの上から目線ではない、そんな発信が大事だと思います。社会課題と向き合う選択をし続けてきたこれまでを振り返ると、自分の立場を表明して後悔したことは一度もありません。勇気がいることですが、発信することで、同じ考え・熱量を持つ人に届き、連帯が生まれます。思想で共鳴する“マッチング”が、熱狂を生むんです。覚悟は必要だけれど、間違いやわからないことは絶対にあるという前提で、踏み出してみるといいのではないでしょうか。
WWD:連帯を生んでいくような発信をしていくために意識することは?
辻:社会的なスタンスを明確にすると、“面白さ”を生み出す余白は成立しないと思われがちです。でも、「ラッシュ(LUSH)」は、動物実験反対というシャープで社会的なメッセージを一貫して持ち続けているのに、世界観は超ビビット。トンマナが画一的になりがちなオーガニック・ナチュラルコスメの世界でのユニークさは際立っています。思想を深く持っているブランドや企業だって、その考えに潜む画一的な「らしさ」に染まらず、ファッションやビューティだからこその多様な表現ができるはずです。「ラッシュ」にはブランド理念に共感する人からの支持はもちろん、例えば「カラフルなバスボムを楽しみたい」など、必ずしも理念を起点としていない購入動機やブランドとの接点も存在します。社会課題は、真面目に捉えればむしろ表現の幅が増す。「これをやったら面白くなくなる」と決めつけない姿勢が大事だと思います。クリエイティブの力を信じているからこそ、多様性や社会課題に向き合うんです。
WWD:クリエイティブの力で社会課題と向き合っている業界の好例は?
辻:貝印の広告は印象的でした。剃刀を売るメーカーが、剃毛をする/しないに限定されない自由な対話を開いたと思います。“ムダ毛”という固定概念を問い直し、選択肢を提示した上で選んでもらうような、これから必要な“対話型のコミュニケーション”を開拓したと思います。さらに画期的だと感じたのは、バーチャルモデルを使用したこと。生身の人間をルッキズムから守るだけでなく、個人の主義思想とも切り離して、社会全体にフラットな視点から疑問を投げかけたと思います。私は「ミルボン(MILBON)」の企業広告で、現代女性の多様な生き方や美しさをエンパワメントすることを目指し、「ラブユアガールズパワー(LOVE YOUR GIRLS POWER)」という企画を実施しました。受け身で可憐でいることを期待されてきた“女子力”の再定義に挑戦して、女性の個性と美しさの自由を表現しました。その際意識したのは、力強い女性像を肯定しながらも、従来の可愛らしい女性像を否定しないこと。キャスティングでメッセージを伝えたくて、ゆうこすさんやあさぎーにょさんなどに出演いただきました。
WWD:こうした事例・経験を踏まえつつ、これからのブランド、企業、メンバーはどうあるべきなのか。
辻:社会課題を学ぶと、これまで良しとされてきた画一的な提案に疑問を持つことがあります。でもそれは、過去の否定ではないと思っていて。これまでがあったから気づけることもきっとあるはずです。そうやって1つ1つ内省しながら進むことが何よりも大事なのではないでしょうか。誰かを無自覚に排除していないか内省しながら、選択肢を広げ、生活者に問いかけてみる。一方的ではなく、当事者や生活者と連帯しながら進んでいく時代に、私たちは今突入しています。
6月14日発売の「WWDJAPAN」は同氏が監修し、ファッション&ビューティ業界だからこそ大切に考えたい、見た目や容姿にまつわる偏見や先入観について一緒に語り合う。