ファッション
連載 鈴木敏仁のUSリポート

老舗百貨店ロード&テーラーが新興サブスク企業の傘下になった理由 鈴木敏仁のUSリポート

 アメリカ在住30年の鈴木敏仁氏が、現地のファッション&ビューティの最新ニュースを詳しく解説する連載をスタート。第1回は新興サブスク企業ル・トートによる老舗百貨店ロード&テーラーのM&A。新旧の勢力逆転を象徴するようなニュースだが、両社にはどのような思惑があるのか。

 カナダのデパートメントストア・チェーンの最大手、ハドソンズ・ベイ・カンパニー(HUDSON'S BAY COMPANY)が傘下の米百貨店ロード&テイラー(LORD & TAYLOR)をル・トート(LE TOTE)というデジタルネイティブな衣料サブスク企業に売却すると発表した。ハドソンズ・ベイはここ数年国外事業の見直しを進めていて、ヨーロッパは今年6月にドイツ事業の売却を決め、最後のオランダ15店舗は年内に閉鎖する予定であるほか、アメリカではサックス・フィフィス・アベニュー(SAKS FIFTH AVENUE)のみを残してロード&テイラーは売却するだろうと業界では見られていた。

 そういう意味では想定内なのだが、しかしながら相手が新興デジタル企業のル・トートという点で業界関係者を驚かすに十分なディール(取引)なのである。

取引条件から透けて見えること

 売却総額は1億ドル(約107億円)で、これによってル・トートが獲得するのは、ブランドや固定資産に付帯する知的財産、38店舗の運営権、デジタルチャネル、在庫となっている。つまり固定資産がないのである。ロード&テイラーは1824年創業の老舗中の老舗なのだが、ブランド価値は正直言うと老舗だというぐらいで、ル・トートが持っている若年層の顧客にはほぼアピールせず価値は低い。これを1億ドルで買うのはけっこうリスキーである。

 実はディールにはいくつか条件が付帯している。総額は1億ドルだが、最初に7500万ドル(約80億2500万円)のキャッシュ、2年後に2500万ドル(約26億7500万円)の担保付き約束手形という分割払いとなっている。またハドソンズ・ベイはロード&テイラーの家賃を最低3年間は支払い(推定年間7700万カナダドル、5790万米ドル)、2021年から両社が店舗を再査定してハドソンズ・ベイが店舗を再開発できるというオプションが付いている。ル・トートにとってのリスクを緩和する条項が付いているのだ。

 一方、ハドソンズ・ベイはル・トート資本の25%を獲得し取締役会の2席を獲得する。つまりハドソンズ・ベイはル・トートと資本関係を結びつつ経営にも関与することになるのである。

 こういったオプションからは、リアル店舗のノウハウを持たない新興企業のル・トートにそれでも“売りたい”という意思のようなものを感じつつ、一方でル・トートを取り込んでしまおうという思惑も透けて見えてくる。

 ハドソンズ・ベイの大株主は57%を所有するNRDCという投資企業だが、総帥のリチャード・ベイカー(Richard Baker)氏は商業不動産開発運営からスタートし、06年に買収したロード&テイラーをテコにしてハドソンズ・ベイまでたどり着いたという歴史を持っている。デジタル企業を次の買収対象として視野に入れていると考えるのは自然である。新興デジタル企業に手を延ばしてその人材やノウハウに触れることで、ハドゾンズ・ベイやサックスに変革がもたらされる期待感もあるのではないかと私は考えている。

プロパーもサブスクもまとめる

 衣料市場は、プロパー、中古、レント(サブスク)、リアル、ウェブ、モバイル等々と販売形態やチャネルが分化しているが、アメリカ最大の百貨店メイシーズ(MACY'S)が中古ファッションブランドECのスレッドアップ(THRED UP)と提携して専用売り場を導入するように、百貨店業界ではこれらをすべてまとめてしまおうという動きがあり、ル・トートによるロード&テイラー買収はその動きの一つと理解することができる。

 おそらくサブスク売り場がリアルに登場するのだろうし、また既存のロード&テイラーのマーチャンダイジングがサブスクにも生かされることだろう。なによりもデジタルネイティブなブランドにとっては、露出がネットの世界だけというのが強みでもあり弱みでもあるため、リアルな世界に出て行くことで顧客拡大につながるという期待が持てるし、ロード&テイラーの高年齢層顧客データも得がたいものになるだろう。

 しかしながら、チェーンストア運営の経験がない企業によるチェーンストア買収が成功した例というのは私の記憶にはなくて、失敗しか思いつかない。デジタル企業がリアル企業を買収して成功した例も今のところない。アマゾン(AMAZON)によるホールフーズマーケット(WHOLE FOODS MARKET)買収はいまだ途上だ。変革できなかった保守的な組織を変えるには相当な困難が待ち受けていることだろう。

 新興デジタル企業が老舗リアル企業を買収するといういかにも時代を象徴するような話ではあるのだが、その成否についてはまったく予断を許さない。われわれはこれから興味深い実験を目のあたりにすることになるのである。

鈴木敏仁(すずき・としひと):東京都北区生まれ、早大法学部卒、西武百貨店を経て渡米、在米年数は30年以上。業界メディアへの執筆、流通企業やメーカーによる米国視察の企画、セミナー講演が主要業務。年間のべ店舗訪問数は600店舗超、製配販にわたる幅広い業界知識と現場の事実に基づいた分析による情報提供がモットー

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