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「CANTEEN」遠山啓一 × 「CON_」加藤久智が語る、「アーティストが真ん中にいる」新しいカルチャービジネス

PROFILE: 左:遠山啓一/CANTEEN代表 右:加藤久智/「CON_」ディレクター

PROFILE: 左:(とおやま・けいいち)ロンドン大学SOAS修士課程修了後、外資系広告代理店を経て、2019年に株式会社CANTEEN創業。ヒップホップやダンスミュージックのアーティストマネジメントを軸に、アートギャラリーCON_の共同創業など、音楽・アート・カルチャーを横断するクリエイティブビジネスを展開している。経済産業省「エンタメ・クリエイティブ産業政策研究会」音楽分野専門委員。 右:(かとう・ひさとも)2022年、日本橋・馬喰町にて「CON_」を創設。アーティストとの対話やリサーチから生まれるプログラムを企画することで、同時代性から生まれる新しい文脈の構築を継続的に行っている。また、国内外で都市文化や音楽に関するリサーチプロジェクトを展開。その他「YOASOBI」をはじめ音楽アーティストのクリエイティブプロデュースなどアートやクリエイティブに関わる事業を複数行っている。

ラッパーTohjiをはじめ、現在のユースカルチャーを象徴するアーティストたちをサポートしながら、音楽、DJ、ファッション、アート、企業プロジェクトを横断する存在として、近年急速に存在感を高めているクリエイティブカンパニー「CANTEEN(カンティーン)」。そして、GILLOCHINDOX☆GILLOCHINDAE(ギロチンドックス・ギロチンディ)ら次世代作家の活動を広げ、現代アートと都市文化を接続する拠点として注目を集めるギャラリー/プロダクション「CON_(コン_)」。両者に共通しているのは、「アーティストが真ん中にいる」という思想だ。ジャンルを越えた創造力を、単なるコンテンツではなく、一つのカルチャーとして社会へ接続しようとしている。

今回、「CANTEEN」代表・遠山啓一氏と、「CON_」ディレクター・加藤久智氏による対談を実施。音楽と現代アートはいかにビジネスと結びつくのか。受託とプロダクションの違いとは何か。そして、彼らが語る「新たな商流を作る」という発想とは——。両者の実践と思考を掘り下げていく。

消費者と作る側が完全に分かれていることへの違和感

——お二人には、共通するテーマとして「クリエイター中心」という考え方があるように感じています。そもそも、お二人の活動はどういった課題意識から始まったのでしょうか。

加藤久智(以下、加藤):僕、大学時代から遠山さんのことを知っていて、ちゃんと後輩なんですよ。当時はすごく課題意識があったというよりも、自分が遠山さんの考えに染まっていった感覚に近いんですよね。「CANTEEN」を始める前から見ているので、遠山さんや、その周辺にいた自分より少し上の世代の人たちを、兄貴分みたいに感じていたんです。

——もともと、遠山さんの考え方に強く共鳴していたと。

加藤:よく言えばそうですし、憧れていたし染まっていったんだと思います。僕は美大生だったので、ある種、当時の遠山さんの話に出てくるような人文知への憧れもあった。もちろんアートや音楽そのものにも惹かれていましたけど、最初の入り口はテキストでした。

——となると、まずは当時、遠山さんが感じていた課題感から伺ってもいいですか。

遠山啓一(以下、遠山):自分の原点を辿ると、母親が東京都現代美術館の立ち上げからキュレーターをやっていたので、休日出勤の時によく一緒に連れて行かれた母親の職場で見ていたファインアートだったり、小学校低学年の頃にヒップホップをMTVで見た時の衝撃が大きい気がします。“そいつらしさ”だけで、こんなところまで行けるんだ、みたいな衝撃があって。なんというか、殴られるような感覚でした。とにかく、アイデンティティーがこっちにまで溢れてきて、自分の主観まで変わってしまうようなものを見た驚きというか。「こういう世界もあるんだ」って。それで、いつか自分で何かやりたいなと思いつつ、「これだ」と思えるものがなかなか見つからなくて。大学時代には「Rhetorica(レトリカ)」という批評グループで雑誌を作ってみたり、Zineを作ったり展示をやったり、フィールドワークなどのリサーチプロジェクトもいくつかやりましたが、やっぱりインパクトが小さい。「小さな実践も大事だけど、このまま続けても、何も変わらなそうだな」みたいな感覚が、そのあと社会人になってからもずっとありました。

——大学院はロンドンに行かれてますよね。

遠山:ロンドンでは「JACK댄스」っていうNTSの番組とパーティーを通じてレーベル<PC Music>の連中と遊んだり、自分のパーティーを企画していたんですが、そこで初めて、アーティストの生活と都市文化、その文化を享受する人たちが、全部有機的につながっている感覚を体験したんです。自分が昔、画面越しに見ていたものや、ファインアートから感じ取っていたものって、こういう土壌から生まれてきたんだってなんとなく感覚的に掴んだ気がしたというか。つまり、ブランドに利用されるとか、メディアによって規定された消費とか、“コンテンツとしてのアートやクリエイティブ”ではなくて、もっと根本的に、「作らないと死んじゃう」みたいな衝動から始まっているもの。それを見て、自分が持ってた違和感が言語化された気がします。

——具体的には?

遠山:もちろん日本での生活が長くて日本の状況の方が解像度が高いという前提はありつつ、日本のアートやクリエイティブは消費者と作る側が完全に分かれている感覚が相対的に強いなと感じました。マスメディアによって役割が切り分けられている感覚というか。さっき言ったような、“アイデンティティーがザバーンと押し寄せてくる”感覚とは少し違うなと思って。その辺りから自分のキャリアを通じて何をやりたいかもっと具体的に考えるようなった気がします。

ただその視点で新卒で入った広告代理店の仕事とかをしていると、「なんか違うな」っていう感覚がますます強くなって。その途中で加藤くんにも出会った。「アーティストが真ん中にいて、そこから全部始まる」みたいなことをずっとやりたくて、色々キャリアを含めて悩んでいる時期にTohjiっていうアーティストを紹介されて。何回か喋ったりライブをみに行くうちに、「この人(と一緒にビジネス)をやらなかったら、絶対後悔するな」って思って会社も辞めて、フルコミットすることを決めました。

その流れの中で、ある種の渦みたいなものに加藤くんも巻き込まれていって、このギャラリーができたというのが雑な経緯です。だから、「CON_」だけを単体で見ると「CANTEEN」とは別のものに見えるかもしれないんですけど、僕の中では全て同じで、有機的な文化ムーブメントの一部だと思ってます。さっき言った、「アーティストが真ん中にいるよね」っていう考え方の実践の一つというか。

さまざまなカルチャーが交わるコミュニティー

——そこから、「CON_」の最初の動きは?

加藤:(所属アーティストの)GILLOCHINDOX☆GILLOCHINDAE(以下、ギロチン)の最初の企画を観に行った時に、Tohji周辺の熱量と同じフィーリングを感じたんですよね。

遠山:僕らと少し下の加藤くんの世代って、コミュニティーが全然交わらずに細分化されている感じがしていました。例えば、武蔵美とか藝大の日本画や工芸を専攻している学生と、慶應で音楽をやってるやつが交わるみたいなことってまずなかった。Tohjiがやった「PLATINA ADE」っていうかなりエポックメイキングなイベントが2019年にあったんですけど、それを見ていて一番面白かったのは、客とステージの間に線が引かれていなかったことです。美大、服飾、音楽、クラブカルチャーみたいなものが、アーティストを真ん中に置きながら一気に混ざり始めてた。それって今では普通の感覚かもしれないけど、当時はまだ普通じゃなかった。ヒップホップのイベントってそういう客層じゃなかったから。ギロチンの最初の企画を見た時にも、それに近いものを感じました。自分より下の世代のやつらが、ある種理想的なムーブメントを作るような創造力を持っていた。アーティストが真ん中にいる都市文化の芽が、ここにあるんだって思ったんですよね。

——ギロチンさんの周りで、ユース層の作る面白いものが生まれている感覚があったと。

遠山:音楽と違って、アートって流通が民主化されてないじゃないですか。誰でもサブスクに出せるわけじゃない。だから、流通する拠点であり、スタジオでもある。そういうギャラリースペースって、あって然るべきだよねってことを加藤とはなんとなく話していて。それで、「じゃあやろうか」って始めた記憶があります。ここまでも散々話してきたようにやっぱり最初にいるのはアーティスト。そのアーティストから滲み出てくる課題や、やりたいことや、創造力をどうやって殺さずにちゃんと事業化していくか。それを音楽だけじゃなくてアートっていうフィールドで実践として意思を持ってやりたかった。

加藤:アートって、音楽に比べるとビジネスの仕組みやお作法が全然整ってないんですよ。だから結局、やりたいことを、ある種“生業”みたいなものにしていかなきゃいけない。しかも、アートって「作品を売る以外にない」みたいな構造になっていることも多い。それが一番の問題でもあると思う。

——確かに、音楽と違ってアートはどうやって商売が成立しているのか世の中的にもなかなかイメージしづらいと思います。具体的に、最初に乗り越えた壁ってどういうものだったんですか?

加藤:まず、アートでビジネスを何かやろうとすると最初はいわゆる画廊的な、“小売ビジネス”として始まるのかなと思います。要は、信頼というクレディビリティーがないと誰も買わない。そこが前提としてある。だから、ギャラリーとして「どうやって信用を獲得していくか」がかなり重要でした。今は少しずつ、それこそCADAN(日本現代美術商協会)のような業界団体に入ったり、海外のアートフェアに出る人たちからエマージング(将来の成長が期待される注目の)な存在として扱われたりもしていて、だいぶクレディビリティーは高まってきたと思う。ここに至るまでは、かなり大変でした。あと、自主企画もそうですが、とにかく海外フェアに出ようとチャレンジしたりしてシンプルにめちゃくちゃお金がかかりました。

——ギロチンさんの後にも、アーティストとの出会いが生まれてるんですよね?

加藤:2022年にギャラリーをはじめてから、展覧会をはじめ80以上のプロジェクトをおこなってきたのですが、そのすべてに何かしらの形でアーティストが関わっています。弊廊と契約している形では、今は4名のアーティストと一緒に活動しています。

アーティストと一緒に育っていく

——「アーティストを真ん中に、最優先で考える」という話を聞くと、創作活動それ自体にはあまり口を出さないイメージもあります。「もっとこうした方がいい」といったアドバイスも含めて、そういうコミュニケーションもあるんですか?

加藤:創作したいことをプロジェクトにしていくという意味でコミュニケーションを常にしています。最初は想像力とアウトプットの間にかなりギャップがあることももちろんあり。例えば去年だと、「獸(第3章 / EDGE)」でギロチンが最初に「多摩川をを作りたい」って言い出したんですよ。でも、そこから会話していき噛み砕いていくと、原体験の風景を都市にインストールしたく、つまり「河川敷からはじまる原風景を体験させたい」というイメージがあることが分かっていきました。ただ、実際に社会に出ていくアウトプットとの間には、予算面も含めて、とんでもないギャップがある。アートって無形じゃないので、実際に空間や物質として成立させなきゃいけない。だからこそ、そのフィードバックを繰り返して、想像力と社会的アウトプットのあいだを往還する作業が必要だと考えています。そこは、ある意味でプロデュースに近くなってくる。

——そこは恐らく「CANTEEN」ともまた少し違うところですよね。音楽と現代アートの違いは当然あって、何をやっているのかと問われると説明が難しいところでもある。

遠山:この前カリフォルニア州官民代表団が来日して、そこに呼ばれて喋った時は、英語では「クリエイティブビジネスのグロースパートナー」ですんなり伝わりました。なので日本語だと言葉に気を付けるあまり説明が長くなりがちなんですが、簡単に言えば「なんかやりたいって言ってる若いやつがいたら、そいつとビジネスを一緒に作っていく」みたいな説明になりますね(笑)。

——あぁ、なるほど。

遠山:だから、「プロデューサーですか?」って言われると、最終的に決めるのはアーティストだからちょっと違う気もする。それも微妙なニュアンスで、広告や音楽の制作プロデューサーというよりは、どちらかというと映画とかの資金調達や座組まで考えるプロデューサーに近いのかもしれないです。でも一方でバックオフィス的な機能も当然あるし、日々のプライベートな部分での細かいことへの対応もしてる。そういう意味では、もっと日本の芸能事務所的な意味でのマネージャーっぽい動きもしているのが実情です。ビジネスもプライベートもクリエイティブなことも主体がアーティスト本人である限り、相互に関係しているという前提で動いているので、全部ひっくるめて、「一緒にやりたいことやりましょう」「一緒に育っていく」感覚に近いです。

——ただ、一緒に育っていきつつも、常に真ん中にあるのはアーティストのクリエイティビティーだと。

遠山:そう。まあ、でも難しいですけどね。チームの想像力をストレッチすることができるという側面を考えると、リクエストが多くて強いアーティストの方が売れる傾向は実際ありますが、それとほとんどわがままみたいな状態って紙一重なので。実際、メジャーや大手事務所の人たちからも、「よくやるね」みたいに言われますし。レベニューシェア(売上を関係者間で事前に決めた割合で分配する仕組み)の分け方一つとっても、うちは率が全然他の会社よりもアーティストに有利な条件になっているので、そこも含めてビジネスとしては常にシビアな状態にはあると思います。専属になったら簡単には失敗できないというか。もちろんそういう状況に自分たちを置く必要があるという思想のもと、そういった契約の設計にしているわけですが。

「どう耐えるか」と「どう広がるか」

——アートの場合もそういった点は同じですか?

加藤:アートは、音楽と比べると消費されるスピードが長くて遅いんですよね。例えば、40代くらいで新人みたいな扱いになることもある。だから、「そこまでの時間をどうやって耐えるか」という軸と、「どうやって広がっていくか」という軸、その二つがあると思っていて。「どう耐えるか」と「どう広がるか」で言うと、やっぱりアーティスト自身のパワーと、ギャラリーとしてのユニークさ、その両方が必要なんです。音楽で言うなら、レーベルの強さみたいなものも必要、という感覚に近いと思います。

——耐えつつ、広げる。

加藤:例えば、絵をたくさん描いて、たくさん売る、というやり方もあると思うんです。でも、作品という形でのアウトプットは本人ときわめて近いところにある。作家性そのものに近いものなんですよね。それを、次々と流して消費されていくような出し方はしたくない。だからこそ、一点一点をどう大切に広げていくかを考える。そうすると、どうしても経済性とのギャップが出てくる時がある。そもそも大量には作れないし、どう付加価値をつくるか、という話にもなる。そういう局面で「どう耐えるか」が、ある種お金の話になってくる。それが今、僕らがチャレンジしていることのひとつですね。

——具体的には?

加藤:例えば、ギロチンは、YOASOBIのライブセットなどのクリエイティブディレクションをやっているんですけど。もともと、「もっと大きい出力がしたい」みたいなことを、ぼんやり言っていて。それで、「だったらYOASOBIのライブって、ステージが70メートルくらいありそうだし、そこに一枚絵を描いて提案してみたら?」みたいな話をしたんです。そしたら結果的に、東京ドームのライブセットをディレクションすることになって、それを本人もすごく楽しそうに取り組んでいて。そういう、想像力の拡張みたいなものが、次の作家性とか、本当にやりたいオーセンティシティに近づいていく感覚があるんですよね。

だから、僕らはこの経済的に耐える期間を「実験」と呼んでいるんですけど、現代アートというドメインで耐えながら、同時にこうやって出力を広げ続けていく。その両方をやる必要があるんです。その分、規模は小さいし、スピードも遅い。でも、それがアートなのかなと思っていて。音楽がどんどん流れて消費されていくフローだとすると、アートは一点ずつ積み上がって、後から効いてくるストックに近い。そこは性質が少し違う気がします。

遠山:「耐える」と「実験」っていうのが同居してるのはいいね。普通に会社とかアーティストとして利益を出そうと思ったら、絶対に受託でフィーをもらった方がいい。リスクもないし。だからこそクリエイティブビジネスは「受託営業を頑張ろう」みたいな話になりがちだけど、アーティストを真ん中においた時に受託のことを「耐える」っていう言葉と「実験」っていう2つの側面から解釈してある意味利用するのは、スタンスとして正しい。アーティストの持ってる想像力にはそのくらいの価値があると信じるっていう思想にも通ずる気がする。

加藤:それこそさっきの河川敷ですが、実際に作ったら数千万円かかって、最終的にはめちゃくちゃ赤字。「アートって、お金がかかるなあ」って思ったんです。一方で、受託の仕事をやっていると、よく分からないけど、信じられない大きな出力もされるし、お金ももらえる。その中で、「プロダクションとしても活動したら、もっと自在になれるんじゃないか」って考えるようになりました。プロダクションで得たお金で、自分たちにとって本当に大事なことをやる。だから、「耐えるための機能としてのプロダクション」みたいな考え方ですね。

「耐える」っていうこと自体も、実験だったりする。自分たちだけではできない規模の創造力を実現することをプロダクションとして定義した。だから、「やる意味があるもの」と「やらないもの」が、かなり判別できるようになった。

遠山:戦後のぐちゃぐちゃな状態から、バブル到達前くらいまでの日本のクリエイティブ業界って、まだいろんな商流が整理されきってなかったじゃないですか。クリエイターや文化人的なものの絶対数も少なく、1人のクリエイターがジャンルを越境しながらいろんなアウトプットに挑戦してはコラボレーションしたり、相互に影響しあっていた。この資本主義が進みまくって最適化された都市において、あの感じをもう一回やりたいんですよね。

Tohjiのマネジメントを始める前に、国際交流基金のプロジェクトで東南アジアに行ってたんですが、その頃の向こうって、まだそういう状態だったんですよね。ちゃんとした民主化とインターネットがほぼ一緒に出てきたみたいな状況の国とか、そもそもいろんな表現手段を獲得してから時間があまり経っていないから、ファインアートに近いようなことをやってる人間がスタジオを持っていて地域の子供達にワークショップや教室を提供してたり、そこで教えてるアーティストはいわゆるグローバルの大きな会社と広告仕事をやっていたりする。ファインアートをやってるやつと、広告をやってるやつと、ローカルコミュニティのファシリテーターとメディア的なの人間が全部行き来してる感じ。経済成長みたいなものを肌身で感じられる珍しい機会だったと同時に、そういったオーガニックな状態なある種の混沌さみたいなのを体験できたのはすごく良い経験だった。

アーティストの作家性を
アート以外にも転換していく

——ちなみに受託案件だと、クライアントの意見って、どこまで反映してるんですか?

遠山:そもそもCANTEENの場合、プロダクションができると思われてない場合が多いので、アーティストやクリエイターの名前ありきで仕事がきます。誰々と一緒にやりたいですみたいな入り口なので、一般的な受託仕事とはだいぶ立場が違う気がします。基本的には、まずマネジメント事業があって、その横に受託案件の窓口が一応置いてあるみたいな感じなので、変な修正はあまり来ない気がします。というか、最初からそうならないようにマネジメントで汗をかいて、しっかりアーティストやクリエイタードメインで事業をするという設計してるつもりです。加藤くんも同じ感じじゃないかな。

加藤:最初にギロチンを提案するからですよ(笑)。「現代アーティストを抱えているギャラリーです」っていう状態で行くから、最初からハードルが上がってる。だから、変な案件が来ないし、変な修正とかもないんです。

——自分たちがどの土壌に立っているかを、最初に明確にするという感覚に近いのかもしれないですね。

加藤:ファッションとアートって、ストレートに言えば、「想像力を出力して、それを売る」っていう営みなんですよね。そこに世界観が宿るという意味では、両者にはかなり近い交流があるのかなと思っていて。もちろん、ファッションにはいろんなグラデーションがあるし、仕組みもあるし、人間関係によって決まる部分も大きいと思うんですけど。アートも、基本的には同じですね。ただ、ファッションって、そこに至るまでの流れが比較的ちゃんと整っているじゃないですか。でも、アートって、そこに至る前にみんな死んでいくんですよ。日本だけでは売れないから海外へ行かなきゃいけない。でも、海外はお金がかかりすぎる、みたいな。だから結局、どう耐えるかがすごく重要になる。

——その意味では、単に作品を売るだけではなく、作家性そのものをどう社会へ接続していくか、みたいな発想が必要になってきますね。

加藤:実際にアートの事業を始めてみると、物を売るだけじゃなくて、事業開発的な発想があれば普通に成立するなって感じてます。例えば、「権利を持つ」とか、「権利を主張する」とか。アパレル的な考え方だと、ロイヤリティーっていう概念があるじゃないですか。買い切りじゃない形を探していくとか。あるいは、作家性そのものを、美術作品以外の形へ転換していくとか。それこそ、YOASOBIの仕事とかもそうだと思うんですけど、「VJって、VJだけをやってる人じゃなくて、普通の映像アーティストでもできるよね」とか。そういう転換をやっていくと、作家性を失わずにお金を稼ぐところまで辿り着ける。

——そういう発想って、日本にはどのくらい根づいているんでしょうか。

加藤:全然足りてない実感があります。それって、さっきの「ロンドンに行ったら全部ぐちゃぐちゃにつながっていて、みんな普通に繋がってる」みたいな感覚とも近いと思っていて。日本って、どうでもいい仕事を皆がちゃんとやりすぎなんですよ。その結果、手数が固まりすぎてて皆飽きてるし、つまらなくなってるし、経済的な循環がうまくいってない。

「CON_」は現代アーティストと向き合うことが本業で、それを信じて臨んでいます。所属作家がいるから、どこに提案に行っても「現代アートのギャラリー」として話ができる。世の中だと、制作のスタンスとポジショニングが少しズレているケースも多いと思っていて、僕らはそこがうまく噛み合っている気がするんです。

遠山:CANTEENのGlobal Artist Servicesという事業部だと、主に海外で活動するDJたちを多数マネジメントしています。そういう子たちのマネジメントをやっていると、海外のDJやプロモーターやエージェントを通じて、海外のダンスミュージックコミュニティーとのやり取りも自然に発生する。そこから、アーティストマネジメント事業部で専属契約してるラッパーが曲を一緒に作ったり、海外のフェス出演につながったりする。わざわざ「Go Global」とかいう標語をおいて渡航費に投資なんてしなくても、「アーティストを真ん中に置く」っていう感覚でマネジメントや事業をやっているとそういうことが勝手に起きてくる。なんとなくマネジメントをやってると、アーティストと近い距離にいるしクリエイティブの内容にも全員が造詣が深いから「あ、こいつら大丈夫そうだな」って思われてる気がするんです。だから、海外とも仕事がしやすい気がします。「日本ではこうだ」とか、「うちのアーティストはこうだ」とか、かなり具体的な話ができるのは身を削ってマネジメントをやる価値なのかなと思います。

——その感覚はすごく分かる気がします。

遠山:普段エージェント的に動いてたり、業界の中の固定された商流で働いてるそれこそ受託的なマインドを持っている人たちって越境とか普段と違うお作法をめちゃくちゃ嫌うから、自然とそういう面白いコンビネーションとかコラボレーションの機会を失ってる気がします。実際にカルチャーとかムーブメントみたいな手触りのある意味ある文化を作ろうと思ったら、イニシアティブを持ってるのって「アーティストが真ん中だ」って本気で思ってる人だけなんですよ。

自分の信じるアーティストの価値をどこに行っても提案するっていう意味では、加藤くんなんて一番狂ってた時、SMEでも「ディーゼル(DIESEL)」でも三井不動産でもJTでもどこにいっても、なんの案件を紹介されても最初にギロチンを起用した案を出してた(笑)。

加藤:それでちゃんと覚えてもらえる(笑)。

遠山:意外とそのまま通ったりする。でもこれって結構重要なことだと思っていて。昔は、まだ商流が固まってなかったから、「こいつ、めっちゃ良いよね?」みたいな感覚で、テレビ局の人もラジオの人も広告の人もオリンピック関係の人も、みんな自分の好きな人をジャンルを越境して、その想像力とか作家性だけを信じて使っていた。でも今は、商流がどんどん固定化されてきている。だから、それを飛び越えるためには、「こいつマジでいいっす」って場違いでも本気で言い続ける人が必要なんです。そういう人がもっと増えたら面白いなと思うし、僕ら自身、そういうものしか面白いと思ってない。でも世の中も、もう正解を出せる人は無限にいるから、「決裁取りにいくいからめんどくさいな」とかはあるとしても、本質的にはそういういろんなものを越えていく人を求めている気がするんですよね。

——もっと流動的でいいと。アートとビジネスを二項対立で考えない、ということなのかもしれないです。

加藤:結局、自分たちが本当に良いと思っているものを、本気で信じて、その価値を諦めずに伝え続ける。その作業の連続が、アーティストを真ん中にしたムーブメントを作っていくんだと思うんです。さっき遠山さんが言った「本気で言い続ける人」って、たぶんそういうことで。

遠山:だから、「アート思考」みたいな言葉が僕は一番意味分かんないんですよ。「ビジネスにアートを使う」みたいな。ビジネスを作ること自体が一つのアートだし、逆にアートもビジネスとして成立させなかったら意味がない。我々は、そこを対立項じゃなくてお互いの必要条件として考えてます。

PHOTOS:HIRONORI SAKUNAGA

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