ファッション

「ドンブラボー」が考える多摩デスティネーション・レストランの原点と本質

土地と結びついた体験が価値を持つ、デスティネーション・レストランが注目される前から、国領の「ドンブラボー(Don Bravo)」は、観光地でも生産地でもない住宅街にありながら“予約の取れない店“として知られていた。名物のピザは、全粒粉を混ぜた生地を数日熟成させ、生地の旨味を引き出すために生の玉ねぎで仕込む“玉ねぎ水“やホエイ(乳清)を使用しているのが特徴。コースの締めに自然と溶け込むよう、塩の設計にも細やかな配慮がなされている。

取材日には、トッピングを一切乗せずにオリーブオイルを添えただけのピザが振舞われた。平雅一シェフが「とても上手く焼けたから、このまま食べてほしい」と語ったように、素材と技術の本質に立ち返ったピザは、2025年のテーマである「香り」が際立っていた。積み重ねてきた技術を言葉ではなく所作で語るように、その佇まいからは料理への真っ直ぐな情熱が感じられた。「日本人が日本でイタリア料理を続ける意味が、分からなくなった時期があった」という経験を起点に、原点を見つめ直す現在の挑戦と未来の方向性までを探った。

PROFILE: 平雅一/「ドンブラボー」、「クレイジー・ピザ」オーナーシェフ

平雅一/「ドンブラボー」、「クレイジー・ピザ」オーナーシェフ
PROFILE: (たいら・まさかず)広尾のイタリアン「アッカ」に勤務後、イタリアのミシュラン 二ツ星の名店で3年修業。帰国後、広尾「リストランティーノ バルカ」(現「タクボ」)や三宿「ボッコンディビーノ」でシェフを務める。2012年6月出身地でもある調布市国領にイタリアンレストラン「ドンブラボー」を、20年には虎ノ門にピザ専門店「クレイジー・ピザ」を開店した

お客さんの期待値と“おいしい“という実感に応える

――2022年に「ジャパンタイムズ」からデスティネーション・レストランとして評価されました。その評価を受けて、どのような気づきがあったのでしょうか。

平雅一(以下、平):料理の潮流はファッションと同じで周期があります。5、6年前の東京では、クリエイティビティを極めた複雑な一皿や、意外性のある組み合わせが評価される傾向にあり、“天才“という言葉が飛び交っていました。でも今は、複雑さがそぎ落とされ、クリエイティブがクラシックへ回帰しつつある。転換のタイミングが地方のデスティネーションレストランの盛り上がりと重なった気がします。

地方には「その土地でしか成し得ないこと」が、本質的な強みとして存在します。例えば、上質な生ハムが手に入らないなら、地元の生産者と何年もかけて自家製を仕上げると、それ自体が強烈なストーリーになる。でも、東京は、世界中の食材が手に入りやすく、技術も情報も溢れているから、気を抜くと“誰でもいい“という状況になりやすい。自由度が高いからこそ、逆に難しい場所なんですよね。

地方では「食材の声を聞く」という考え方が強い。一見かっこいいですけど、東京はレストランに来る目的が多様なので食材だけに向き合うとミスマッチも起きます。僕のゴールは食材ではなく、人を喜ばせること。大切なのは、どれだけ人のことを想像できるかです。

――その難しさを突破するヒントとして、日本料理での修行があったのでしょうか。

:そうですね。当時、自分が日本で日本人としてイタリア料理を続ける意味が少しわからなくなってしまっていて。そんなタイミングで、月2回、日本料理を1年間学ばせてもらったんです。そこで気づいたのは、料理の“ジャンル“そのものよりも、自分が大切にしている価値観や表現の軸は別にあるということ。むしろ、自分の強みをどう伸ばすかを落ち着いて見つめ直せた時間でした。

シェフはアーティストではないから、お客さんの期待値と“おいしい“という実感に応えることがゴールです。虎ノ門の「クレイジー・ピザ」にシェフを招いて行ったチャリティーイベントや西東京の食材のみを使用した料理企画、全国の料理人との交流などを通して、視野は大きく広がりました。自分の料理がどこに立っているのか、少しずつ輪郭が見えてきた感覚もあります。

――東京都の23区外では良いレストランが生まれにくい傾向があると伺いました。それはどういった理由によるものなのでしょうか?

:ミシュランが来ないことも一因ではあるんですが、本質はそこではなくて、単純に“そういうお金の使い方をする層が少なかった“という点に尽きると思います。でも今は状況が変わり、郊外に行くこと自体に価値があるという考え方が広がって、魅力的な店が増えています。僕が店を始めた頃とは、明らかに状況が違います。

料理人である以上、正直ミシュランの土俵に一度は立ってみたい気持ちはあります。ただここは23区外なので、そもそも対象外なんですよね。一時は移転も考えて、いろいろと候補地を見ました。でも、何千万円も費やして移ったところで、売上が劇的に変わるわけでも、街の風景が一変するわけでもない。最終的には「地元を手放す意味はあるのか」と思い直しました。

――シェフは、熱意がなければ続けられない厳しい仕事だと感じます。

:ずっと料理やサービスのことばかり考えている“狂ってる“人たちです(笑)。スタッフは全国から来ていて、この仕事に本気の人ばかりです。

僕の最初の師匠は料理に愚直な人でした。料理は人の体に入る「神聖なもの」だから、信頼関係がないと食べられないし、作る側はその責任があることを師匠の姿勢から学びました。お客さんが時間を使って来てくれていることを理解する。センスの良し悪しなんて、時代や見る人の基準で簡単に変わるので結局は、どれだけ気持ちを込められるかなんですよね。

――何でも可視化される時代に、「予約はハガキのみ」「店内に入った瞬間から写真もメモもNG」という店も増えています。

:同じ方向を走っても意味がないので、僕は違う道を行こうと思っています。ここには子どもからシニア、シェフや食通も来ます。本当にいろんな人が座っている店は少ないですよね。レストランとして気を使うべきことは多々ありますが、無理に迎合するつもりもありません。それに、レストランの価格がどんどん上がる流れにも違和感があります。値段を上げれば期待値は跳ね上がり、逆に喜んでもらえる確率は下がる。技術を磨くのは大前提ですが「高くなること」にはどこか恥ずかしさがあります。

別の価値として、子どもたちを対象にした「0円のピザ屋」を計画中です。利益は他の事業などで補い、ピザ屋自体は象徴的な存在として運営します。人が自然に集まり、地域の交流や食にまつわる活動が広がることを目指しています。こうした挑戦は実験的で面白く、モチベーションにもなります。

――常に意識しているのは、「自分たちが納得できるほどおいしい料理かどうか」だと伺いました。

:ありがたいことに毎日満席が続いていますが、これが永遠に続くとは思っていません。以前は、常連の期待に応えるためにも新作を作り続けなければと思っていました。でも、それだけが正解ではないと気づきました。

今は、これまでの料理を今の自分で見直し、再構成するコースを考えています。クリエイティブな一皿もあればクラシックなものもあったり、旬の食材をシンプルに扱ったものもある。その“混ざり合い“こそが、自分のスタイルだと思います。10年以上通ってくださる方も多いですが、こちらが試行錯誤して料理を更新しても、その変化が伝わらないこともあります。自分の感覚とお客さんの受け取り方には必ず差がある。その差を理解したうえで、冷静に判断し続けることが大切です。

――環境配慮やフードロスへの意識が高まる中、シェフとして向き合うテーマも増えているのではないでしょうか。

:正直、地球規模の問題までは背負いきれないので、まずは身近なところで食材を丁寧に使うことから始めています。お客さんが興味を持てば、その背景を少し話すくらい。「食材を捨てるのはもったいないからスープにしました」と教え込むようなことはしたくない。子どもに「勉強しろ」と言っても響かないのと同じで、自分で気づかないと意味がないんですよね。

今年は久しぶりに良いサンマが手に入りましたが、ここ数年は本当に小さいものしか獲れませんでした。そういう変化をお客さんとの会話の中で共有するくらいがちょうどいい。昔はおいしさだけにこだわっていましたが、今はその背景にも関心が向くようになりました。最近は東大の食堂で、シェフたちと魚をテーマにしたイベントもやりました。10年前と比べても、食を取り巻く環境や社会の意識は確実に変わっていて、先を見てきた人たちの姿勢に時代が追いついてきた実感があります。

結局、“天才“を分けるのは才能よりも続ける力だと思います。センスだけでは長く立っていられず、続けることが未来を良い方向へ運んでくれると信じています。

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