PROFILE: 山口雄平/「マルタ」ヘッドシェフ

徹底して地産地消にこだわる東京・調布の深大寺にあるレストラン「マルタ(Maruta)」は、緑化事業からスタートし、創業120周年を迎えたグリーン・ワイズのプロジェクトの1つとして、2018年に深大寺ガーデン内にオープンした。同社は「スローグリーン」という自然と人が共生する環境を目指し、その考えを「マルタ」で「食」を通して体験できる空間として提供している。ヘッドシェフの山口雄平は、季節や天候に左右される状況を受け入れ「今ここにあるもの」を使って料理を組み立てる。人間によって管理されたものではなく、その日の旬な食材だけで構成されたコースメニューを提供している。そのコースの1皿はどのように生まれるのか、料理人の感性に迫った。
調理は最小限、素材が主役
――最初に、“メニューのないコース料理“について教えてください。食用としての価値が見出されていない食材も豊富に使用されているそうですね。
山口雄平(以下、山口):まずは難しいお話をするよりも体験して頂いた方が伝わりやすいため、その日にレストランの庭を歩きながら積んだハーブや香りのよい草花、枝で作ったウェルカムドリンクを味わっていただきます。庭の状態は毎日変わりますので、昼に咲いて夜にしぼむ花や枯れ落ちた葉、芽吹きなど様々な“時間の流れ“を受けとめて欲しいですね。
例えば、秋は目線より上の植物は枯れるものもありますが、地面からは新芽が芽吹く時期でもあり、様々な味わいが楽しめる季節であるため、1つに絞らずにミックスされた味わいのウェルカムドリンクが景色と合います。ここでは風味と景色がつながる体験ができます。
――「料理は生産者、野菜が主役」という言葉が印象的でした。
山口:その日、その畑の旬の食材を使うので生産者と顔を合わせ、畑の様子や作り手の想いまで直接感じられる距離の近さが、素材の状態を確かなものとして伝えてくれます。地産地消を意識するよりも、信頼できる方々の畑で採れた野菜と自分たちの庭で育った食材のように“近くにあるもの“を選ぶほうが自然でした。その積み重ねが、この土地でしか生まれない料理につながっています。
作り手を大切にしていますから、農家の「この野菜はこう食べるのが一番」という声を参考にすることもあります。料理の基本は、生産者との距離が近くに感じられること。葉そのものが驚くほど美味しいなら、そのまま提供する。ジャガイモなら蒸し焼きにして、塩とオイルだけで十分に成立します。切ることで水分や旨みが逃げてしまうので、なるべく根菜などは丸ごと調理しています。素材のそのものの味を主役にしたいので、ソースにも素材を生かしたり、調味料は植物に置き換えたりといった工夫をしています。例えば、酸味はビネガーではなく庭に生えているカタバミなどの野草や柑橘、苦味は食用菊やチコリの花、甘味は野菜で仕込んだ甘酒などです。一方で、形を変えたほうがおいしさが引き立つ食材はしっかり調理しますが、その日に庭で収穫した植物の香りを添えたり、仕込んでおいた季節の保存食を合わせたりすることで、土地で育った食材どうしのつながりが感じられる一皿にしています。
――「料理は、生産者と野菜が主役」という言葉が印象的でした。
山口:毎週畑に通っていると、農家の方々の悩みや野菜の育ち具合を相談されることもあり、そういったやり取りで信頼関係が深まります。最近は地場の食材を扱う東京のレストランも増えていますが、料理人が地域や畑ごとに旬のタイミングや風味の違いが生まれる理由まで理解していないと、農家は対応に苦労してしまいます。
形が不揃いだからと返品してしまうような向き合い方では、本来の野菜作りの背景もおいしさは見えなくなってしまいます。だからこそ、それぞれの畑が抱える状況や課題、作り手の喜びまで含めて理解することが大切だと考えています。お互いがプロとして尊重し対等に向き合う関係を築きたいと考えています。
――必要なものだけを効率的に手に入れる日常から離れると、全く違う世界があるのですね。
山口:季節に関係なく、欲しい食材は世界中から取り寄せられる時代ですが、自然と向き合うとそれは当たり前ではないことに気づかされます。こちらの都合を自然に押しつければ、自然の持つ力や面白さをつぶしてしまうこともあります。
気づきのきっかけは、いつも身の回りにあります。どんぐりの中にもアクが少な苦美味しく食べられる種類があります。普段は道端で見つけても気にも留めないかもしれませんが、そのおいしさを知れば、歩く時の自分の目線が変わるはずです。ここに来て庭を歩き、食事をししながら、小さな気づきを1つでも持ち帰ってもらえたら嬉しいですね。
境界線をつくらない空間が生む、自由な時間
――料理を通して、食材と人の距離を近づけたいと伺いました。
山口:今まで培ってきた技術を駆使し、洗練された一皿を作り上げることも料理の楽しさの1つですが、「マルタ」で表現する料理は少し違うものだと感じています。農家の方々が愛情を込めてつくった野菜を見て、口に入れて、本能的においしいと感じてもらえるような料理をお届けしたいので、料理人の技術が前に出過ぎないようにバランスを大切にしています。
この空間は客席と厨房の距離が近く、仕切りもありません。料理をじっと眺める人、料理人との会話を楽しむ人、庭を散歩したり、本を読んで過ごす人など、それぞれが心地よい時間を自由に選んでいます。こちらの想いを押し付けない接客の距離感が自然に保てるのは、空間そのものにほどよい“ゆるさ“があるから。境界線をつくらない設計が、その雰囲気を支えているのだと思います。
――薪火料理を通して伝えたいことはどのようなことでしょうか。
山口:「マルタ」では、「野生を呼び覚ます」行為を体験として取り入れています。薪火はそのための1つの手段で、火を見ていると落ち着いたり、薪火で焼いた料理が不思議とおいしく感じられます。ガスなら思い通りに仕上がりますが、薪火はいつも少し不確かですから、そこで生まれる焼きムラが、おいしさのグラデーションになります。こうした揺らぎのある体験そのものが、人がもともと持っている感覚を静かに呼び戻してくれる気がしています。
――「マルタ」の入口に置かれた植栽「茎道(くきどう)」について、教えてください。
山口:茎道は、人々の花に対する価値観を広げ、身近な自然への理解を深めることで自然との共生関係を創り上げていくためのデザインアプローチです。前代表の田丸雄一が発案しました。流通市場の同一規格で促成栽培された花と、自然環境で育った花の違いを、茎を自立させる創作活動を通して、誰もが体感できるようにしています。人がコントロールしない自然本来の魅力に触れることで、植物が枯れる姿までもを美しさとして受け止められる体験をデザインしています。
一般に知られていない環境問題の解決に向け、人々の変容を、強制ではなく共感を伴う体感によって促す手法として発案されました。この価値観が広がることで、環境配慮型消費行動が生まれ、生産者や業者が安全に働き、暮らしも安定し、環境負荷の低減につながるグリーンリカバリーを目指しています。私たち自身も、深大寺ガーデンの植物に日々触れ活用する中で、これまで気づかなかった身近な自然の価値に目を向けるきっかけとなっています。
――ここで過ごすことで、どんなところに目が向くようになってほしいですか。
山口:私も庭や里山、生産者さんの敷地を歩く中で、足元の小さな変化を見つける楽しさに気づきました。「マルタ」での体験を通じて、身近な自然の小さな変化に気づき、楽しみながら、地域の自然や生き物と人とのつながりを感じてもらえる。そんなきっかけとなる料理を作れたら嬉しいですね。