デサントは29日、今年7月から新建屋での稼働を始めた水沢工場(岩手県奥州市)を報道陣に公開した。人気商品「水沢ダウン」の専用工場。最新鋭の機械やシステムを取り入れ、モノ作りの背景を生かしたブランディングも強化する。小関秀一社長は「世界のスポーツアパレルの先頭を走る工場ができた。武器として最大限に活用する」と意気込む。
1970年から操業してきた水沢工場を約30億円投じて建て替えた。旧工場で8棟に分かれていたものを1棟1フロアにまとめた。工場面積は建て替え前の1.5倍の5098平方メートル。ここで働く118人(10月末時点)の従業員が作業効率を高め、クリエイティブで高度なモノ作りが行えるよう隅々まで配慮した。
水沢ダウンは手間暇がかかる商品だ。工場長の杉浦剛氏は「55年の歳月をかけて紡いできた技術は、他の工場では真似できない」と胸を張り、「1着の水沢ダウンを作るのに163の裁断パーツ、90の副資材、280の工程を要し、完成までに50人が携わる」と説明する。工程だけでも通常のアウターの4倍近いという。
従業員の働きやすさをとことん追求
原材料が入荷されて製品となって出荷されるまでの導線を「原反や副資材の入荷」「ダウン(羽毛)の入荷」、そして完成した「製品の出荷」の3つにきっちり分ける。それぞれの出入り口を含めた導線を分けることで、無駄をなくし、効率を最大限に高めた。
明るく開放感のあるフロアの上部には、2m間隔で木枠のレールのような構造物が何本も走る。これは電源およびエアコンプレッサー配管で、各オペレーターが自在にミシンの配置や調整を行えるようにした。オペレータはほとんど女性。背の低い人でも無理なく手が届く高さに設計した。生産ラインの組み替えが簡単なため、アイテムや納期に応じて柔軟な対応が可能になる。
フランスから届く良質な羽毛は、品質検査を経た後、ダウンパックの工程に移る。袋状に縫われた袖や身頃の部位に羽毛を詰める作業だ。最新鋭の機器を用いて、ノズルを通じて部位ごとに決められた量の羽毛がダウンパックに収められ、手際よく縫われる。
工場内の冷暖房もダウンジャケットの工場に適したものにした。一般的な空調機では羽毛が飛散する恐れがあり、暖気や冷気の風に直接あたり続けるのはオペレーターの健康にも良くない。地下水を利用した輻射熱による冷暖房システムによって、風も起こさずに安定した気温を維持できる。また一度に140人が着席できる大食堂、1人になりたいときや横になりたいときに利用できる休憩ラウンジ、体調が悪くなった際に利用できるベッドルームを男性1室・女性3室設けた。
水沢工場で働く118人は全員が岩手県内の人たちで、年齢層は新卒の18歳から大ベテランの70代まで幅広い。親子2代で働く従業員もいる。かつて祖父・祖母が働いていて孫が入社するケースもある。人手不足で海外の技能実習生に頼らざるを得ない縫製工場が多い中、水沢工場には技能実習生も派遣社員もいない。
水沢ダウンは「デサント」の象徴
工場の面積を1.5倍に拡大し、最新鋭の設備を入れたにもかかわらず、水沢ダウンの生産量は増やさない。10年ほど前から年間生産量は約2万5000点で変えていない。人気商品のため店頭からは増産の要望も届くが、あえて供給量をコントロールして希少性を守ってきた。新工場で生産効率を高めた分は、一点一点のクオリティの更なる向上や、付加価値の高いアイテムを作り出すエネルギーに充てる。
小関社長は水沢ダウンを「『デサント』ブランドのトップ商品であり、象徴である」と強調する。「国内に流通するアパレル製品のうち、日本で縫製されたものの割合は今や1.4%(数量ベース、24年度)しかない。なのに何で30億円もの大金を新工場に費やしたかといえば、水沢ダウンがこれからも当社の象徴であり続けるために、世界最高の工場が必要だと覚悟を決めたからだ」と述べる。
水沢ダウンの中心価格は14万〜15万円。2008年の誕生以降、じわじわと人気を集め、「デサント」ブランドがファッション領域で認められる機運を作った。日本発のダウンウエアとしては抜群の存在感がある。半世紀以上にわたってスキーウエアやダウンウエアを作ってきた水沢工場の歴史や技術力が認められるかたちで、「ディオール」のような高級ブランドとのコラボレーションも実現した。
年間を通じてダウンウエアを作る水沢工場では10月末現在、26-27年秋冬用の商品が作られている。原則として年間2万5000点の計画生産で、店頭の売れ行きが良くても期中の追加生産は行わない。例年1月末にはほぼ完売するため、翌シーズンに在庫を持ち越さない。生産量が決まっているため水沢ダウン自体の売上高は上限がほぼ決まっているが、ここで培われた高いブランドイメージは「デサント」ブランドの他の製品に波及する。結果として「デサント」ブランドの売り上げ拡大につながる。
水沢ダウンの水沢工場で確立された生産背景のブランド化は、「マンシングウェア」などのポロシャツを作る吉野工場(奈良県)、「アリーナ」の水着を作る西都工場(宮崎県)にも採用され始めた。機能性やデザイン性だけでなく、工場の生産背景や歴史も含めたブランディングでデサント製品の価値を高めていく。