旅の質が重視される今、そのときの気持ちや目的に寄り添うホテルが求められている。都心・新大久保にもコミュニケーションを深め、心と体をリセットすることを目的としたコンセプチュアルなホテルが誕生した。デイユースやプライベートサウナの利用もでき、パートナーとの交流、友人との語らいなど用途は無限大。もちろん自分自身と向き合う時間のために過ごしても。女性が誘いやすいカップルホテルという裏コンセプトも新鮮だ。
新大久保コリアンタウンの中心に
新感覚の隠れ家ホテルが誕生
山手線JR新大久保駅と総武線大久保駅をつなぐあたりに2025年4月にオープンした「エトエ サウナ & ボディ コミュニケーション(etoe sauna & body communication)」(以下、エトエ)はコリアンタウンの中心地にある。今や渋谷・原宿以上の賑わいで、K-POPファンである大学生の姪っ子も、休日なると遠征している。ここにはソウルのトレンドをいち早く取り入れたカフェやショップが並び、韓流事情にうとい私にとってもなかなか刺激的だ。
そんなにぎやかで、躍動していて、ちょっと猥雑なこの街には、ラブホテルも点在している。120分のデイユースで利用できるこの施設も、ラブホテルというカテゴリーに入るかもしれない。けれどそのコンセプトやクリーンさ、洗練されて和める空間には、いわゆるラブホテルとは全く違う。私にとってラブホテルという言葉からイメージするのは、秘密、淫靡、こっそり入るもの、というネガティブなワードばかり。昭和な女にとって、決して「行こうよ!」なんて軽々しく言える場所ではないのだ。けれどもこのホテルはオーナーでありディレクターを務める弦間潤子氏を筆頭に、クリエイティブ、PR担当も女性であり、裏コンセプトが「女性も誘えるカップルホテル」だという。
弦間潤子氏が長年抱いてきた問いは「なぜ、ホテルという空間はいまだに『男性が誘う場所』として設計されているのか」だった。自分たちが自ら「行きたい」と思うような美意識やデザインがそこにはない。その疑問はやがて、「性とは誰がリードするものなのか」「親密さとはどう築かれるべきものなのか」といった、性や関係性にまつわる価値観全体へと広がっていった。弦間氏は、「そこでセンシュアリティーをタブー視せず、また消費的に扱うこともせず、『身体』や『ふれあい』が持つ本質的な意味を見つめなおす場があるといいな、と感じました。ここでは、ボディーコミュニケーションから生まれる関係性が丁寧に尊重され、言葉にできない感情や揺らぎにも静かに寄り添う時間が流れていきます」と語る。そうして“親密さ”を設計する——ボディーコミュニケーションを提案するホテルが誕生した。見つめあって、話して、ふれあって、言葉を超えて“心にふれあう”ホテルステイを提案している。「etoe」にはEye To Eyeという意味を含む。
デザイン性の高いサウナ施設も
誘ってみたくなるポイントに
”ふたりの距離が自然と縮まる”ことをテーマにした「エトエ」には、サウナを備えた客室「サウナスイート(sauna suite)」とコンパクトな客室「スロールーム(slow room)」、「プライベートサウナ(private sauna)」の3タイプがある。「性」「身体」「関係性」といった繊細なテーマをコンセプトとし、それぞれが“自分と誰か”の間にある距離や感覚を見つめ直す時間を提供している。
3タイプ全15室は、それぞれの部屋はまったく異なるテーマと設計思想を持っている。素材の選定や導線、光の入り方に至るまで、だれもが本能的に「心地よい」と感じられるよう、やわらかな空気感を丁寧に設計。プライバシーと対話、身体性と静けさのバランスをとる空間づくりのプランニングと内装設計にOOOarchitecture(オーアーキテクチュア)が挑んだ。
サウナ設備はBAUNA inc.が手掛けた。もともと大のサウナ好きである弦間潤子氏は師匠に弟子入りするように、その温度や湿度、喚起などのバランスを基本から学んだそう。4タイプのプライベートサウナや1室のみ展開しているサウナスイートもデザインだけでなく、設備や設定そのものが微妙に異なる。それを感覚的に表すネーミングも絶妙だ。
例えば水のしたたりの音から名付けた「トトト(tototo)」は軽やかさと落ち着きが共存する、サウナ初心者にもおすすめしたくなる。緑色のタイルが印象的な「ザブーン(zabuun)」は水と揺らぎのリズムを感じる、透明感のある空間に仕上げた。深い水風呂できりりと引き締め、心身が澄み渡るような感覚に。ミストのような柔らかい熱感の「フー(fuuu)」は体と気持ちがフーとゆるむサウナ。最大の4人で利用できる「トロン(toron)」はとろけるような静けさと熱のまといがテーマ。柔らかなカーブを描く壁や暖色の光に包まれ、まどろむ畳敷きの整いスペースも。
消費し合う”性”ではなく、
心身での対話を大事にしたい
サウナ三昧の滞在を望むならば最も広く、開放的なサウナ付きの「サウナスイート」を。外気欲を楽しめる、ゆったりとした整いスペース、バルコニーもあり、滞在型サウナを堪能できるというラグジュアリーな部屋だ。仕切りがないバスタブものびのびとし、ここなら裸だからと照れることなく自由に過ごせそうだ。
ちなみにサウナついていない「スロールーム」での宿泊にも、6時30分~10時の間にサウナを利用できるプランもある。もちろん、滞在中に予約することも可能だ(宿泊者の割引もあり)。
オーナー自身が、パートナーとの関係の中で気づいたのは身体のふれあいを通じたコミュニケーションの大切さ。「身体のふれあい」は必ずしも性的なことではなく、言葉だけでは通じないことがあることを認め、心を満たし合うためにも大切な行為だということ。「けれど今、誰かと近づくことや、心や身体で想いを伝えることには、どこか照れや、特別な意味が付きまとっているように感じます。本当はもっと自然でいい。もっと優しくて、もっと誇らしくていい。『エトエ」はそんな思いでつくりました」と語る。サウナという密な空間ならば、ともに溶けあい、もっと心を開けるだろう。
頻繁に通る道でありながら
アジアの熱気を感じる街並み
各部屋やサウナを見学し、それだけでも記事はまとめられる手応えはあったが、せっかくなので実際に滞在してみることにした。パートナーやご友人とどうぞと勧められたが、仕事だし、取材だし…と照れくささもあり、単独で。1泊のコリアンタウン、プチ1人旅だ。
中央線に住む自分にとって、新大久保は都心への通過点。とくに節約や運動不足解消も兼ね、自転車で移動するようになってからは、通り過ぎる機会が増えた。チェックインは17時。ちょうど午前中に飯田橋に行く予定があるから、そのまま新大久保へ移動し、チェックインまではこの辺りを探検することにしよう。
観光でにぎわう街らしく、ワカモノたちは伸びるチーズドッグの韓国式ホットドッグ「ハットグ」やチーズボールなどを食べ歩き。揚げたてのドーナツやボリューミーなマカロン「トゥンカロン」などのスイーツも人気だ。最近ではトッピングをあれこれ選べるグリークヨーグルトのスタンドにも行列が。そして街を巡って気づいたのが、このエリアはランチタイムが長いこと。中には10時から17時までランチ営業をしているお店も。チェックイン後は室内でまったり過ごしたいから、その前に遅めのランチ、早めのディナーをすますのもいいだろう。もちろん、コリアンレストランならではの、前菜のような野菜中心の小皿もずらりと並ぶ。これはヘルシーで罪悪感がない。ちなみに平日の昼間は飲み放題プランやハッピーアワーを導入しているところも多く、新大久保旅行を企画するのなら、平日が断然お得だ。14時以降なら人気のレストランも並ばずに入れる。
17時過ぎたらセルフチェックイン
ホテルというよりも知人宅の感覚
17時を過ぎ、そろそろ部屋へ。コリアンタウンの真ん中なので、とりあえず荷物を置いて汗を流そう。フロントらしきものはなく、そのまま2階の部屋へ。事前に送られてきたバーコードをかざすとすぐ開錠できた。
街ナカホテルに広さは必要ない。私が滞在した「スロールーム」、は極めてコンパクトなつくりで、壁面のカウンターに洗面台が設置され、デスクやバーカウンターを兼ねている。
ホテルの一室というよりも、誰かの部屋を訪れたような感覚だ。ちょっとしたグリーンやレコードプレーヤーが程よい生活感を演出し、インテリアも程よくおしゃれで安心感があるのだ。この「程よい感じ」こそ、新大久保っぽい。緊張はなく、心地よさだけがある感じ。レコードプレーヤーが各部屋にあり、その部屋の気分のBGMとして、1枚用意されているのもアナログでいい。全室、ベッドはシモンズ製。ベッドの上で過ごす時間も多いと想定し、快適な睡眠こそ娯楽ととらえた。テレビはなく、壁面全体をスクリーンとしてプロジェクターで投影するシステム。YouTubeで「孤独のグルメ」やただ笑えるお笑いコンテンツを大画面で流して、ベッドでごろごろしていた。久々に声を出して笑ったなあ。何もしない贅沢、万歳!
各客室は、素材の選定、導線、光の入り方に至るまで、だれもが本能的に「心地よい」と感じられるよう、やわらかな空気感を設計。私が滞在した202室も、自然光は入るが窓はそれほど大きくなく、間接照明に近い柔らかさ。周りの気配をあまり感じないのも心地いい。
90分の個室サウナと2時間〜の客室利用がセットになった日帰りプランも人気だ。暑さや雨を避けて、サウナで心身をととのえたあと、シモンズベッドで昼寝したり、ルームサービスでビールとおつまみを味わったり、レコードの音に身をゆだねながら、静かな対話を交わす——そんな“日帰りホカンス”もオツだ。
誰にも会わないのになぜか
ぬくもりのあるロビーラウンジ
私が実際に滞在して、一番うれしかったのが、エントランスすぐのコンパクトなラウンジだ。カウンターにはキンキンに冷えた白ワインが2本。デトックスウォーターもあり、外出から帰ったとき、サウナでほぐれた後にふとくつろげるセルフバーでもある。冷凍ケースにはマスカルポーネのアイスクリームが。これにオリーブオイルをかけて食べるのが美味!塩が効いたビスケットや胡椒をかけるのもなかなかいい。エントランスを抜けてすぐにあるこのラウンジ、なぜか人の気配がなく、サウナ帰りの女の子2人組にしかすれ違わなかった。フロントがないので、必要がない限りスタッフとも会うこともない。人の気配はないのに、なぜかぬくもりを感じるこの空間は「エトエ」のイメージそのもののように感じる。
そう。いい意味での閉ざされた感がある。恋愛のパートナーだけでなく、友人や仲間との関係性を深める場でもある。今回のように1人で滞在し、自分の心と体に向き合ってみるのもいい。私のホテルのイメージは、軽やかでクリーンなものにシフトしつつある。
よし、次は勇気を出して誰かを誘うか。それとも姪っ子を招待し、真夜中の新大久保も探検してもらおうか。ここならまっさらな気持ちで真夏の大冒険もかなうだろう。明け方にキンパをつまむ、なんて「ちょっと悪いこと」が楽しい。100人いれば100通りの、100組いれば100通りのバリエーションがある、“親密さ”を設計するホテルステイをぜひこの夏は体感してほしい。