旅の質が重視される今、気分や価値観に添い、心から満足できるホテルが求められている。そんな施設やブランド、会社をハコ推しするこの連載だが、今回、推すのは街そのもの。コロナ過では城を貸し切り滞在できるという大胆なプランで話題となり、歴史や文化という資産を観光に生かす、持続可能な観光モデルとなった「大洲」に注目する。
まちそのものを観光資産に 歴史ある街並みをそのまま残した大洲
さまざまなホテルブランドや施設にクローズアップしてきたハコ推しホテルの連載ではあるが、今回、猛烈に推したいのは街そのもの。愛媛県大洲市が行政や住民、企業などさまざまな立場の人たちが一体となって街の観光を促進し、世界の持続可能な観光地TOP100に選ばれた。さらには2023年「ザ グリーン ディスティネーションズ ストーリー アワード」の文化伝統保全部門の世界1位も受賞。世界的にも注目されているという成功モデルだという。
2020年には日本初の城泊事業「大洲城キャッスルステイ」がスタート。コロナ禍であった当時、停滞した気分が明るくなる夢のあるニュースとして、私も各メディアで取り上げた。価格は1泊100万円以上!夢のまた夢!と思ったが、最大6人まで滞在でき、大洲藩鉄砲隊による祝砲など住人「まちびと」により再現され、まちをあげて歓迎される。甲冑をまとったエキストラ(まちの人々!)のコストを考えたら、かえってお得なんじゃない?
ちなみに1泊朝食、夕食、税込みで2名だと1人66万0000円、6人だと30万8000円となる。特別なお祝いとして、あの人を1日城主として祭り上げるなんてとっておきのサプライズも。城主には甲冑やお殿様衣装が用意され、大洲藩の史実に従い、入城の際はほら貝が鳴り響く。伝統的な神楽で歓迎される大河ドラマの1シーンのような舞台も。城主気分になってお城での滞在を実現できるこのスペシャルなプランは、当然ながら1日1組限定。しかも年間で30日だけ可能という滞在だ。
そして大洲の城下町には、旧加藤家住宅や老舗の商家などの、建造物を保存・改修した宿「NIPPONIA HOTEL大洲 城下町」の客室やレストランが点在しているという。その規模はいかに?古い街並みを生かした観光地や、モダンにリユースされた古民家の宿は他にもあるけれど、何が違うの?その疑問を解決すべく、愛媛県大洲まで飛んでみた!
城下町にラグジュアリー空間が溶け込み、
没入感のあるアート作品のように
「NIPPONIA HOTEL大洲 城下町」の施設は城下町に点在している。歴史を紡いできた屋敷や商家など、そのまま生かして客室にしているからだ。中には1階を店舗として活用している建物も。まち全体がまるごとホテルとなる分散型ホテルであり、フロント・客室・レストランなどの役割を持たせて、ゲストが回遊する仕組みを築き、まちをまるごと1つの宿泊空間にしている。
まずはフロント棟であるOKI棟へ。なるほど、ここもまた江戸時代に「木蝋」で財を成した豪商の邸宅を改装した棟。随所に江戸後期の建築の特徴が残され、国の登録有形文化財にも指定されている。チェックインの手続きをするまで、ゆったり過ごせるスペースでもある。
私が今回滞在したのはこのOKI棟のすぐ近く、道1本、肱川側に位置するかつて木蝋の作業場であったMUNE棟だった。こちらは敷地内に木蝋の原料であるはぜの加工に使われた石臼や井戸などが残り、職人たちの名残を感じる空間。私の部屋は天窓付プレミア蔵ツイン。明治期の蔵の中にある。
重い扉を開くと、目の前には透明なガラス壁に囲まれた檜風呂が!建造物を守るため、設計されたユニークな透け透けバスルームなのだ。2階は梁がそのままむき出しの高い天井で、スタイリッシュで広々とした空間となっていた。窓の下を見下ろすと芝生の中庭にテラス席が。蔵の1階が宿泊するゲストならば誰でも利用できるクラブラウンジなのだ。そしてこのラウンジがすごかった!
ラウンジは朝8時から夜の10時まで開放されていて、コーヒーやお茶などはもちろん、ワインや地元酒造の日本酒、ビール、ウイスキー、ご当地ジュースなど約15種のドリンクがずらり。なんと朝からシャンパン(スパークリングワインではなく!)という贅沢さ。街歩きやディナーの後、そして翌朝も、何度もラウンジに通ったので、MUNE棟を拠点とした宿泊は大正解だった。
大洲城のライトアップを一望できる
レストランや料亭での朝ご飯も格別
国指定の重要文化財を擁する大洲城郭のお膝元に位置し、本丸や天守閣が迫ってくるような景観に圧倒されるのがレストラン「ルアン(LE UN)」だ。こういった歴史的な空間では、伝統的な和食が定石かもしれないが、あえてのフレンチ。神戸北野ホテルや伊豆のアルカナイズなどでの実績がある杉本和弥シェフが、サイエンスな技法で展開する美食体験。瀬戸内海の海の幸や山々の幸、そこから流れる清らかな肱川の川の幸など、旬の食材を吟味し、ここでしか食べられない地産地消フレンチなのだ。
たとえば夏のコースでは、カツオの炙りとパプリカの取り合わせ、八幡浜産鮮魚のポワレ 瀬戸内レモンのソースなどが提供される。そして〆は鯛めし ル・アン風。ネタばれになってしまうので、みなまで言わないが、お刺身をのせた宇和島たいめしがあんなお醤油によりフレンチスタイルに昇華する。これにはびっくり!この不思議体験をぜひ。そしてワインから日本酒まで、お料理に合わせて提案されるペアリングもぜひぜひ。和食とフレンチの垣根を越えた調和には、さまざまな発見があるはず。
料理や絶景にも魅了されるが、大洲の工芸もこのコースでは味わいつくす。お料理はすべて砥部焼の人気工房、ヨシュア工房の器に。瀬戸内海の海のブルーを表現したグラデーションが美しく、彩りが美しいフランス料理に映えるのだ。
朝食は老舗料亭「いづみや」だったTUNE棟で。大洲名産のいもたきからインスピレーションを得たお料理や、愛媛県産米のつやつやごはん、麦みその優しい甘味のお味噌汁など、郷土料理の朝ごはん。
夕食、朝食の会場はいずれも客室も備えた棟なので、夜そのまま寝たいのならばSADA棟へ、朝寝坊ならTUNE棟へ、など旅のスタイルに合わせて選ぶのもいい。それぞれの客室の背景やデザインが違うので、リピーターでも毎回、新鮮な気持ちで滞在できる。もともとの住み手の息遣いや、家族の歴史を感じられる空間なのだ。
空家を掃除しよう、という若者たちの一歩からプロジェクトに発展
そそのほかにも元製糸工場、茶本舗など、老朽化で取り壊される危機にさらされていた歴史的にも文化的にも価値ある建造物が客室となっている。中はスタイリッシュ、外観は景観を損ねぬ、今まで通りの風情を保つ施設を展開し、まちを活性化させている。それぞれの建物にはオーナーがおり、住んでいたり店舗を展開していたりしている。
「大洲城下町再生のストーリーを体感するまち歩きツアー」はそんな大洲の取り組みを紹介する約2時間のツアー。1組16,000 円(ひとり参加)~32,000円(10名参加1人3200円)組と決して安くはない参加費ながら、人気は上々。ツアーは英語・中国語、フランス語、スペイン語、ドイツ語でも開催された実績があり、この成功例から学ぼうと、世界各国から訪れている。
大洲城下町再生に関わった住民や事業者などの「まちびと」と交流し、再生した歴史的建造物、再生前の物件の現状を見学するなど、体感しながら「まちびと」の思いに触れる。「旅びと」と「まちびと」をつなぐ、ガイド「紡びびと」は実際にまちづくりの立役者になっている方々。ツアーの収益はまちの保全を行う地域団体に寄付され、ガイド育成にも充当されている。参加し、学ぶことで、旅びともまた、まちづくりに貢献できるという仕組みだ。
ツアーに参加して、実際に改装前の民家に足を踏み入れ、歴史や文化を守りながら、宿として改築することがどれほど困難かという切実さを知った。こう言っては何だが、廃墟のように荒れ果てた空き家、そしてその予備軍がそこかしこにあるのだ。高齢化が進む今、日本各地で共通する課題だろう。これは簡単なことではない。
けれど案内人である「紡ぎびと」が語っていたことで、少しの明るさがみえた。それはどうにかしたいと思っていた大洲の若者たちが、最初の一歩を踏み出したということ。地域がすたれていくことに心を痛め、空き家をそうじすることから始まった。毎週末、休みのたびに集まり、廃墟になりかけた空き家を一気に片付ける。これは若い世代の勢い、自主性がなくては進まなかったであろう。それにより大洲のまちは蘇生するかのように、新しい息吹がもたらされた。
大洲のまちの再生を、行政や企業が後押しし、世界が認める成功例に!
その思いを組んだのが行政や各企業。伊予銀行と国土交通省の間で「大洲まちづくりファンド」が設立され、空き店舗等を活用した民間主体のリノベーションまちづくり事業等を資金面で支援するなど、プロジェクトを促進。善意の連鎖のようなそのストーリーは実に、胸アツ。その躍動をぜひとも、大洲の地で「紡ぎびと」から、そして「まちびと」から感じてほしい。
もちろんまちそのものの魅力がなければ、この成功はなかっただろう。実際に訪れてみると、大洲には実に見どころが多い! なかでも圧巻なのが数寄屋造り建築の傑作と言われるが臥龍山荘。瓦葺屋根の臥龍院には月を表現した丸窓や欄間「花筏」の透し彫りなどの意匠が美しい。臥龍淵を足元に盛る崖に建つ不老庵からの眺めはスリル満点だ。
肱南地区の古い街並みの中には、カフェやギャラリー、ショップが点在。古き良き昭和を体感できるポコペン横丁の思ひ出倉庫にもわくわくした。明治時代の銀行の建物を生かしたおおず赤煉瓦館や観光案内所もある大洲まちの駅あさもやで、おみやげ探しもいい。できたてのクラフトビールを楽しめるタップルームがある臥龍醸造などもあり、街歩きの楽しさがぎゅぎゅっと詰まったようなエリアなのだ。

まちびとたちの発案で、第3土曜日はさらに街歩きが楽しく…! 「おおず夜まで迂回バル」というイベントが開催され、15軒以上のカフェやショップが1コイン500円でおつまみとこだわりの推し酒を提供するスタンプラリーに参加できる。飲食店ではないショップも賛同し、まちびとと交流しながら、飲み歩く。まち全体がバルになるという週末イベント、いつかは加わりたい!
9月20日までは日本三大鵜飼いと言われる大洲のうかいのシーズン。貸し切り船でディナーも乙だし、水しぶきをあげながら魚を獲る鵜たちを川沿いからも見学できる。月夜に浮かぶ大洲城や臥龍山荘も幻想的だそう。
伊予大洲の夏には、心の中のふるさとのような、ニッポンの原風景がある。松山空港から車やバスで約1時間、松山市内からはJR特急で約35分。実はすごかった大洲のまちに没入し、ぜひ五感で味わってほしい。