
ビューティ賢者が最新の業界ニュースを斬る
ビューティ・インサイトは、「WWDJAPAN.com」のニュースを起点に識者が業界の展望を語る。今週は、「化粧品催事」における体験価値や情報発信のあり方の話。(この記事は「WWDJAPAN」2025年4月14日号からの抜粋です)
PROFILE: 弓気田みずほ/ユジェット代表・美容コーディネーター

【賢者が選んだ注目ニュース】
1 / 2
3月に伊勢丹新宿本店が開催した「イセタン ビューティー ウィーク 2025」は、高価格帯のプレミアムスキンケアにフォーカスした初の催事となった。同店は2018年から毎年3月に「イセタン メイクアップ パーティ」を開催してきたが、今回大きく方向転換をした。
「メイク催事」の変遷と限界
初年度の「イセタン メイクアップ パーティ」は40ブランド以上が参加した。「RMK」「スック(SUQQU)」など人気ブランドの限定品が多数企画されたほか、メイクアップアーティストやゲストによるトークショーがにぎわいを作った。ビューティクリエイターの吉川康雄による「アンミックス(UNMIX)」や「ヴァレンティノ ビューティ(VALENTINO BEAUTY)」など、このイベントでデビューを飾るブランドもあった。
「イセタン メイクアップ パーティ」は、百貨店に中国からの団体客が押し寄せ「爆買い」への対応に追われた時期に始まった。もともと手狭な売り場面積に加えて取り扱いブランド数が増え、本来の接客サービスを提供することが難しくなっていた。混雑するフロアを離れた場所で本来のターゲット層に向けたイベントを行うことは、百貨店とブランド双方にとって意義のあるチャレンジだったといえる。
翌19年の秋に増床を含む大規模なリモデルを終え、ようやくゆとりのあるサービスを提供できるようになったのもつかの間、コロナ禍により百貨店に逆風が吹き荒れた。緊急事態宣言に伴う休業や部分営業に加え、化粧品フロアではタッチアップの中止など販売方法にも大きな制限が設けられた。店頭への積極的な集客が難しくなった20年以降、「イセタン メイクアップ パーティ」はオンラインを併用した新たな手法を模索しながら続けられたが、コロナ禍の打撃を受けた大手ビューティブランドにとって、イベントに伴う負担が大きくなったことは否めない。イベントに合わせて企画した限定品はブランド側の在庫となり、一部は最終的にアウトレットページで販売されていたケースもある。近年は化粧品フロアで通常扱わない韓国コスメブランドを誘致するなど、売り上げ・集客ともに苦しい状況も見えていた。
問われる「参加するメリット」
プレミアムスキンケアは、単純に考えればメイクアップより催事期間中の売り上げを見込めるカテゴリーだ。しかしスキンケアは、「試す機会を設ければその場で売れる」という簡単なものではない。今回「イセタン ビューティー ウィーク」に参加した26ブランドのうち、約半数はこれまで伊勢丹で取り扱いがなかった。国内外のホテル・スパ、エステティックサロンでの展開が中心で、日本国内の販売拠点を持たない。こうしたブランドはサロンの顧客にトリートメントの技術を通じて製品を知ってもらい、ホームユースにつなげるというスタイルを採用しており、製品だけを切り分けて販売することが難しい。こうした「知る人ぞ知る」プレミアムスキンケアブランドを集積することは、参加するブランドにとってもサロンの外にタッチポイントを持つ絶好の機会になる。しかし店舗販売やECなどの一般流通を行うブランドと異なり、こうしたブランドはSNSでの情報発信に不慣れで、PR活動を通じたメディアリレーションもほぼ行っていないため、外に向けて自分たちの製品を広く知ってもらう方法を知らない。イベント開催の告知は、伊勢丹公式ホームページやSNS、ニュースリリースなどを通じて行われたが、その中で個々のブランドが紹介される機会はほとんどなかった。有名ブランドが集まる化粧品フロアのカウンターですら、接客を受けるハードルは高い。初めて見るブランドのブースばかりが並んだ状態では、なおさら自力でブランドを選んで購入するのは至難の業だ。各ブランドの背景や特長を横断的に紹介し、来場者の要望に合ったガイダンスを行うなど、サービス面でさらに丁寧なサポートが必要だと強く感じた。
催事の終了後も一部ブランドの製品は「イセタン ビューティー オンライン」で継続して販売されているが、もともとオンライン販売向きでない高価格帯の製品を「品ぞろえの豊富さ」を誇るサイト内で見つけ、試す機会のないまま購入につなげることはかなり難しくなるだろう。
もちろん今回の催事は、安易に高価格帯のブランドを集積したわけではないはずだ。購買力の高い「個客」にプレミアムスキンケアとの出合いの場を設ける試みは、今後も何らかの形で続けられていくだろう。しかし協力するブランド側にとってはたとえ1週間のイベントであっても、ブースの設置費用や人件費、告知のためのタイアップ費など多額の負担が生じ、結果によっては赤字にもなりかねない。お付き合い感覚での出店にメリットはない。新しい顧客との出会いを期間終了後にどう生かすか、両者が連携した体験価値や情報発信のアップデートが求められている。