PROFILE: 右:深川麻衣/俳優 左:若葉竜也/俳優
城定秀夫(じょうじょう・ひでお)監督の快進撃が止まらない。青春映画「アルプススタンドのはしの方」(2020)や、恋愛映画「夜、鳥たちが啼く」(22)、ラブコメディー「愛なのに」(22)などジャンルを自由自在に行き来しながら、人間を深く活写する。2020年以降だけでもなんと16本の商業長編映画を監督している多作ぶりに驚かされる。
その城定監督の最新作「嗤う蟲(わらうむし)」が現在公開中だ。スローライフに憧れて田舎の村に移住したイラストレーターの杏奈(深川麻衣)と、脱サラした夫・輝道(若葉竜也)のカップルが、村の掟に追い詰められていく姿を描くヴィレッジスリラー。
ジャンル映画でありながら、ありえないことが何一つないリアリティーにより、観客が自分事として没入できるこれぞエンターテインメント。現場を体験した深川と若葉へのインタビューから、城定秀夫監督のクリエイティブの秘密に迫る。
「嗤う蟲」の撮影について
——「嗤う蟲」に出演するにあたり、興味を惹かれた、もしくはやりがいを感じたポイントをお聞かせください。
深川麻衣(深川):サスペンスやミステリーを題材にしたものがもともと好きで、映画やドラマ、小説で楽しんでいました。閉鎖的な村を舞台にした作品がいろいろ作られてきた中で、「嗤う蟲」の後半で明らかになっていく、村の人たちが隠している秘密に対する着眼点に惹かれました。今までありそうでなかったなって。城定監督と初めてご一緒できることもうれしかったです。
若葉竜也(若葉):城定さんに対してずっと興味があったんです。今は大作も撮ってますけど、もともと割とアンダーグラウンドな場所で戦っていたイメージがあったので。その城定さんと、しっかりとメインストリームに君臨している深川麻衣という女優が一緒にやったときに、どんな化学反応が起きるのかなということに一番興味がありました。
——城定監督が現場ではどんな演出をするのか、とても興味があります。
若葉:「自由にやってください」みたいな感じでしたね。
深川:そんなに細かい演出はなくて、ピンポイントで入る程度なんですけど、それがすごく的確でした。杏奈がリモートで(担当の編集者と)打ち合わせしているシーンで、本番直前に「貧乏ゆすりをずっとしててほしい」と言われて。「どう撮るのかな、上半身と下半身のカットを分けるのかな」と思っていたら、貧乏ゆすりしている足元から愛想笑いしている顔までを、カメラがスーッと動いてワンカットで撮影したんです。すごく面白いなと思いました。
——あのカメラワーク、面白かったです。杏奈の貧乏ゆすりも強烈でした。
若葉:すごく長いシーンでも、ほとんどワンシーンをワンカットで撮ってました。「この尺感で、必要なものは全てフレームに詰め込める」という計算がある程度あるんだな、自信があるんだな、と思いました。段取りとテストを同時にやって、アングルも城定さんの中でほぼ決まっているからすぐに本番へ。毎日3時間くらい予定より早く終わってました。
深川:城定さんはすでに頭の中に絵が見えていたと思うのですが、ライブ感を大切にしていて、しっかりとお芝居を見ていてくださいました。家の軒先に蜘蛛の巣ができていたときは、蜘蛛の巣越しのカットにしようとか、現場でそのときの環境やお芝居を見て決めていくんです。トントントンっと撮影が進んでいくけれど、丁寧に撮るところはちゃんと時間をかけて準備をする。その進み方が心地よかったです。
若葉:アクションシーンだったらテストや段取りを積み重ねた方がいいと思いますし、感情的なシーンだったらテイク数もアングルも少なくしてほしいというのが役者の願いではあると思います。今回は(田口)トモロヲさんや松浦(祐也)さんといった(村の住民を演じる)個性豊かな俳優さんたちがどんなことをやってくるのか分からなかったので、それに対する生っぽいリアクションも撮れるという意味では、このスピード感は大切だったように感じます。
——村の人たちが仕掛けてくるものをいかに受けていくか、というお芝居だった。
若葉:そうですね。僕らは余計なことはしなかったです。
深川:基本、受け身でした。村人のみなさんの言動があってこそのリアクションだったので。ナチュラルに、余計なことをしないように。
若葉:みなさん全然違う毛色のお芝居でした。全員の演技を間近で見ることができたのは、特権だったかなと思います。
深川:台本を読んでいただけでは想像できなかったお芝居やアプローチがみなさんからどんどん飛び出してくるので、そこに新鮮な気持ちで反応していくという体験が面白かったです。
——特に強烈だった俳優さんはいますか?
若葉:僕は接する場面が多かったので、(自治会長の田久保役の)トモロヲさんですね。トモロヲさんはもともとばちかぶりというパンクバンドで大暴れしていた人で。すごく優しいし腰も低いけど、その中に潜んでいる狂気みたいなものがあって。それに触れた瞬間は、今までに触ったことのないものに触ってしまった、という感覚があってゾッとしました。
「作品に対してどう最善を尽くせるかを考えるのが役者の仕事」
——杏奈と輝道が追い込まれてじわじわと変化していく様がそれぞれにリアルでした。終盤の杏奈は顔の面積の中で白目部分が占める割合が大きいというか、目がぎょろぎょろしていて異様というか…。多少体重を落としたり、特殊メイクをしたりしましたか?
深川:いえ、特別なことは何もしていないです。仕上がったものを見て、すごい顔をしているなと自分でも思いました(笑)。ジャンルレスな映画ということになっていますが、こういうヴィレッジスリラー的な題材のものはやはり、監督によっては分かりやすいお芝居を求められるときもあると思うんです。「もっと強く、分かりやすく気持ちを表現して」と。でも今回はかなり繊細にやらせていただけました。
——輝道の全身から漂う「諦めていく感じ」も素晴らしかったです。
若葉:作為的なものを入れることでもないなと思っていたので、台本に書かれている通りにやりました。あと、ロケ地があまり自分に合ってなかったです。その場所に行くのがどんどん嫌になっていったので、自分の精神と肉体が役とリンクしていた感じはあります。
深川:心霊体験もしてましたよね。
若葉:晴れていても暗い、閉鎖的な場所だったので、早く帰りたかったです(笑)。
深川:私は撮影した場所が緑が多くて、自然が好きなので生き生きしてました。
——受け取り方が全然違いますね(笑)。お2人は「愛がなんだ」(18/今泉力哉監督)以来の共演となります。今回は夫婦役ということで、どのように役柄の関係性をつくっていきましたか?
若葉:夫婦だから特別どうこうしようということはなかったです。夫婦も所詮他人なので、対人間として呼応していきました。
深川:特に「このシーンをこうしよう」とか話したわけではなく。でも、「愛がなんだ」で共演した経験から、何をやっても受け止めてくれるという信頼感と安心感が土台にありました。言い合いや殴るシーンもあったんですけど、若葉くんだから思い切り気持ちをぶつけることができました。
——若葉さんは過去のインタビューで、主演する作品では脚本の打ち合わせに入ることが多いとおっしゃっていました。今回は何か提案しましたか?
若葉:台詞の中の抽象を具象にしていきました。例えば「コンビニに行ってくるわ」という台詞があったとしたら、「セブン(イレブン)行ってくるわ」にした方が見てる人たちの環境と地続きになると思うんです。一つの接点になるというか。今回は「台詞の『電子タバコ』を『IQOS』にできますか?」という相談はしました。その作品に対してどういう最善を尽くせるかを考えるのが役者の仕事だと思うので。
——深川さんは杏奈について提案したことはありますか?
深川:いくつかの台詞について「こう言った方が分かりやすいですかね?」という相談はしました。あと、今回杏奈は途中で出産するんですけど、世の中のお母さんが見たときに、杏奈の言動に違和感を持ってほしくないなと思って。出産経験のあるお友達に話を聞きました。(田久保の妻の)よしこさんがおせっかいで赤ちゃんの面倒を見に来ることになるシーンで、本当は嫌だけれどよしこさんに任せて、杏奈は2階で仕事をしてて。しばらくして杏奈が下に降りていくと、よしこさんがミルクを勝手にあげている。「何してるんですか!」と怒って、赤ちゃんを取り戻すんですけど、そのときの不快感ってどのぐらいなんだろうって。そこでお芝居として大きな嫌悪を出さなければいけない場合、そもそも目を離して仕事をしていることが違和感にならないかなと考えました。「第1子だったら特に慎重になるから、離れるときはベビーカメラを付けて見てたりするよ」という人もいて。この夫婦はスローライフに憧れてはいるけれどデジタルに頼っているところもあるので、ベビーカメラがあっても不思議じゃないのかなと思って、提案してみたりしました。
城定監督のすごさ
——城定監督の現場を体験したお2人から見て、監督が近年ハイペースで映画を撮ることができるのはなぜだと思いますか?
若葉:城定さんと1回プライベートでご飯を食べに行ったとき、「なんでこんなに急にとんでもない数の映画を撮り出したんですか?」と聞いたら、「いや分かんないけど、撮るスピードが速いし、予算もそんなかかんないし、プロデューサーからしたら便利なんじゃない?」と言ってました(笑)。でもそれだけじゃないですよね。やっぱりみんなの想像を超えるからじゃないでしょうか。僕も、撮影中と試写を見てからでこの映画の印象が変わりました。自分が思っていたリズムでは全然なかったんです。「あ、このリズムがこの人には見えていたんだ」と。正直、現場では「こんなにもワンカットでいっていいのかな」と不安になることが多かったんですけど、本編を見たら全くそんな心配はいらなかったことが分かりました。出来を見て「また一緒に仕事したいな」と思える監督は最高だと思います。
深川:演出と、判断の的確さが本当にすごいなと思います。私も今回ワンカット・ワンシーンが多かったので、つながったときにどういう映像になるのか全然想像がつかなくて。もうちょっとスローテンポの作品になるのかなと思ったんですけど(うなずく若葉)、試写を見たら、つなぎ方や間に入れるちょっとしたショットで、見ている人がハッとさせられたり、緊迫感のある不気味な空気が漂うシーンになっていました。城定さんは撮影しながら頭の中でこれをイメージできていたのか、という驚きがありました。
2024年を振り返って
——2024年は若葉さんにとって激動の年になったのではないでしょうか。「アンメット」で6年ぶりに民放の連ドラに出演し、「東京ドラマアウォード2024」で助演男優賞を受賞。「大きな転機になった作品だと思っています。良くも悪くもかもしれないですが」という受賞コメントが印象的です。これからどういう作品に出ていきたいかがより明確になりましたか?
若葉:激動でしたけど、自分の指針がブレることはまずないです。ただ、転機ということでいうと、生活しづらくなったなって(苦笑)。収入が爆発的に上がったわけでもないし、デメリットの方が大きいんですよね。顔が知られてしまって。
深川:世の中に。
若葉:そう。面倒くさいことの方が多くなりました。ただ、まだ解禁になってないんですけど、昨年末まで撮影していた作品で、自分が目標にしていた場所にたどり着いた感じがあったんです。
深川:そうなんですね。
若葉:演技に関してではなくて、「こんな人たちと、こんな風に、こんな作品を」というものを作れたんじゃないかと少し思えたんです。今から環境を変えるということではないですけど、ちょっと自分を裏切っていきたいなというか、視点を少し変えて違うステージを見つめていきたいな、みたいなことはぼんやりとは思いました。
——情報解禁が楽しみです。深川さんは何か転機や心境の変化はありましたか?
深川:2024年でいうと、3年ぶりに舞台ができたことが大きかったです。舞台はかなり気合を入れないと、本当に自分を奮い立たせないと怖くてできない場所なんです。今まで私が出演した舞台はコメディータッチのものが多かったんですけど、日常に沿うような舞台をやってみたいと思っていて、そういう題材の作品(「他と信頼と」)でたまたまオファーをいただけて、できたことが大きかったです。立て続けに朗読劇「ハロルドとモード」にも出ることができました。お話自体も大好きでしたし、ご一緒した黒柳徹子さんが「100歳まで舞台に立ちたい」とおっしゃっていて、本当にすてきでした。
若葉:(真剣な表情で)うん。
深川:2時間出ずっぱりですごくパワーも使う中、立ち居振る舞いも、誰に対しても同じ目線で話してくださるところも、とてもチャーミングでした。自分は100歳までできないかもしれないですけど、お仕事でも趣味でも意識して好きなものを探求していかないと駄目だなと思いました。「なんかないかなー」ではなくて、自分から意識して選択して、充実させて、ずっと新鮮な気持ちでやる。それが大事だなと思った年でした。
——昨年は若葉さんがメインストリームに再合流した年だったわけですが、できれば普段は地下に潜っていたい?
若葉:僕はそうですね。できることなら、メディアとかテレビとか一切出たくないですね(笑)。出ることで収入が150倍くらいになったらいいですけど、そんな感じでもないし。聖人君子か、聞き分けのいい子以外はめんどくさい人として扱われる世界なんで、僕は向いてないんですよね。
深川:うん(笑)。
若葉:この業界がこのままの方向に進んでいくんだったら、興味ないなという感じではあります。ただ、今はできることをやろうかなとは、ぼんやりとは思っています。
——その業界のメインストリームで戦ってきた深川さんのことはどうご覧になっていますか?
若葉:多分ご本人の中で嫌なこともあったとは思うんですけど、表舞台に立ってきた人の強さを感じます。迷いながらも戦ってきた面構えというか、懐の深さを感じました。深川麻衣さんと城定監督、そして曲者ぞろいの役者たち、すてきな化学反応を特等席で見せてもらいました。
——深川さん、曲者たちに全然負けていなかったです。
若葉:いやむしろ(笑)。
深川:ありがとうございます。でも私は全然メインストリームじゃないですよ!(笑)。
PHOTOS:YUKI KAWASHIMA
STYLING:[MAI FUKAGAWA]YAMAGUCHI KAHO、[RYUYA WAKABA]TOSHIO TAKEDA(MILD)
HAIR & MAKEUP:[MAI FUKAGAWA] AYA MURAKAMI
HAIR:[RYUYA WAKABA]ASASHI(ota office)
映画「嗤う蟲」
■映画「嗤う蟲」
全国公開中
出演:深川麻衣
若葉竜也
松浦祐也 片岡礼子 中山功太 / 杉田かおる
田口トモロヲ
監督:城定秀夫
脚本:内藤瑛亮、城定秀夫
音楽:ゲイリー芦屋
編集:城定秀夫
配給:ショウゲート
製作プロダクション:ダブ
2024年/日本/カラー/99分/5.1ch/シネスコ/PG-12
Ⓒ2024 映画「嗤う蟲」製作委員会
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