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連載 小島健輔リポート

アパレルの商品力はこの「三次方程式」で築け【小島健輔リポート】

 ファッション業界の御意見番であるコンサルタントの小島健輔氏が、日々のニュースの裏側を解説する。アパレルビジネスの成否を決める「商品力」とは、実際にはどんな要素から成り立っているのか。漠然と語られることが多い「商品力」を考察してみよう。

 アパレルビジネスの好不調や盛衰を語るとき、経営戦略や運営スキルとともに「商品力」が問われるのは当然だ。EC(ネット通販)やOMO※1.で顧客の利便に応え、効率的な店舗運営やフレキシブルなPDCA※2.で事業を回したとしても、商品に魅力がなくマーチャンダイジングとサプライが稚拙であれば収益も成長も望めない。「もの作り」にこだわってもマーチャンダイジングとサプライが伴わなければ結果は同様で、「マーチャンダイジング」「サプライ」「もの作り」という三要素にどうこだわり、どう仕組むかが問われよう。

※1.OMO(Online Merges with Offline)…オンライン(EC)とオフライン(店舗販売)を融合するマーケティング戦略
※2.PDCA…Plan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Action(改善)のサイクルを繰り返して業務を改善する運営管理手法

マーチャンダイジングはサイエンスだ

 誰に何をどう売るかで根本からシナリオは異なるが、予算編成・商品構成企画からサプライ(生産・調達)、DB(配分・補給・在庫運用)、VMD展開(陳列訴求・フェイシング管理・マテハン※3.)まで連携するマーチャンダイジングは実務フィールドの「サイエンス」だ。「サイエンス」だから最初にシナリオの「方程式」があり、計画段階から実行段階のPDCAまで「方程式」と数値で制御される。ここでいう「方程式」とは、商品のフローと業務の連携プロセスを構図化したものと捉えてほしい。

 「方程式」はシーズンサイクルや商品フローをベースに、ファストかスローか、売り切り回転型か継続販売型か、表層を流れる回転と低層を流れる回転のバランス、それを実現するサプライとDBとVMDの仕組みと速度(在庫回転と資金回転)を設計する。それを直面する消費環境や競合環境、調達環境も考慮して年間の予算展開(売り上げ・仕入れ・在庫・粗利益)に落とし、個別の商品開発に移る。

年間の予算展開は月度に組んでキャッシュフローを裏付け、実際の販売進行と在庫消化進行は週度予算との乖離で管理していく52週MDが基本のセオリーだ。このとき、留意しなければならないのが月度売り上げの平準化であり、ピーク月の売り上げを追うと翌月の在庫を抑えられず値引きロスを予約する予算になりがちだ。定番的商品を継続販売するユニクロが毎年5月末と11月下旬、「誕生感謝祭」(17年以降、名称を統一)と名付けた一種のプレセールを仕掛ける目的も、ピーク月売り上げの前倒しによる値引きロスの抑制にある。

 逆に端境月は売り上げを底上げするトランジットMDを組まないと、最低保証売り上げを割り込んで賃料負担が跳ね上がる。トランジットMDはシーズン商品だったりイベント商品だったりさまざまで、アパレル店が8月に下着や旅行用品、2月にチョコやキャンディを売ってもおかしくない。むしろ積極的に仕掛けるべきだろう。

※3.マテハン(Material Handling)…荷役・物流作業

「マーチャンダイジング」と「サプライ」の連携

 「マーチャンダイジング」と「サプライ」は表裏一体をなすもので、「マーチャンダイジング」のフローと「サプライ」が一致しないと機会ロスや過剰在庫が生じ、値引きロスに加えて店舗運営のマテハン作業や物流費もかさんでしまう。

 マーチャンダイジングの基本は2つ。ファストなMDは売れ筋要素をリレーする売り切り回転型の「トコロテンMD」、サステナブルなMDは定番の色・サイズ構成を補給で維持する「台帳MD」を仕組む。前者は売れ筋アイテムをディティールや素材・色柄を切り替えてリレーする「線のMD」で、布帛ではプリント素材に強いサプライヤー、カットソーでは後染めや製品プリントに強いサプライヤーと組み、蒔き切りDBで短サイクルに回していく。後者は色・サイズの棚割を組んで計画生産し、販売進行を見て色・サイズのバランスを補正生産してフェイスを維持する「面のMD」で、素材備蓄を背景に資金と物流に強いサプライヤーと長期のVMI※4.を組む。さすればシーズン末に在庫が残っても値引き処分を抑制し、来シーズンに持ち越して新たなMDに組み込むこともできる。

 どちらも単品MDで、元番地フェイスから持ち出して「定型ルック」の出前を組み、多重露出で消化を図っていく。「トコロテンMD」では元番地フェイスをトップとボトムの二段に組んで「定型ルック」をリレー回転させる手法も見られる。カラーやフィット、面感がバラバラな単品を組み合わせても「売れるルック」にはならないから、シーズンディレクションでウエアリングとフィット、カラーパレットと素材構成を枠組んでから、単品MDに落としていくべきだ。

 マーチャンダイジングに「売り切り回転型」と「継続補給型」がある以上、サプライも「変化する関係」と「継続する関係」が対応し、前者では個々の取引で損益が確定するが、後者では個々の取引に加えて年度あるいは数年の契約期間で損益が最終的に確定する。前者がファストな関係だとすれば、後者はサステナブルな関係というべきだろう。

 マーチャンダイジングの方程式は売り切り回転型の「線のMD」と継続補給型の「面のMD」の比率で決まり、サプライヤーとの関係もVMD体系もマテハン体系も物流体系も自ずから定まってくる。うまく回らないとしたら、そのいずれかが食い違っているからで、連携するよう再構築すればうまく回り出す。

 商品企画には当たり外れがあり、トレンドや天候は移ろうから販売予測の精度にも限界があるが、調達した在庫の移動や値引き処理という後追いの機械的在庫運用ばかりが問われ、POSをベースにAI(人工知能)依存が高まっていくアパレルチェーンの現状は経費倒れの消耗戦でしかない。AI依存の消耗戦に陥らぬよう、マーチャンダイジングとサプライをオン・デマンドに連携し、DBとVMDの連携で最大のプロパー消化を図る「方程式」の確立こそ急務ではないか。

※4.VMI(Vendor Managed Inventory)…あらかじめ定めた陳列棚割と販売計画に基づいてベンダーに在庫管理と補給・補充生産を委任する取引形態

「もの作り」は出生が見えるマニファクチャリングだ

 いかに優れた「方程式」を仕組んでも、肝心の商品に魅力がなければ絵に描いた餅に終わりかねない。店頭で手に取れば、玄人ならずとも商品の「出生」が見える。

 分かりやすいのが「大手商社仕様」で、素材も縫製仕上げもきちんとして安心感があるが、どこか金型で成型したような味気なさが付きまとう。手頃なクラスでは「ユニクロ(UNIQLO)」が典型的だが、セレクトショップのオリジナルや百貨店の平場ブランドにも似たような匂いがするものがある。

 「大手商社仕様」に比べれば素材も縫製仕上げも安っぽいのが、チェーン店に並ぶ低価格のOEM(相手先ブランドの生産)商品だ。縫製の破綻が目に見えるようなB品は工場や出荷基地の検品ではねられるから、店頭で見ることは滅多にないが、破綻はなくても「いかにも安手」という低コスト商品は市場にあふれている。こういう商品はOEM業者がコストと納期でさまざまな工場に振っているから仕様が安定せず、発注したアパレルチェーンも「出生」(どこの素材を使って何処の工場で作ったか)を知らないことが多い。今時のトレーサビリティーを追及されてはお手上げだろう。

 「大手商社仕様」の上はこだわればきりがなくコストがかさむが、これも「出生」が仕上がりを決める。アパレル商品の生産仕様はブランド側のデザイナーやマーチャンダイザーがどんなに細かく指定しても、工場の生産機器や手工業プロセスに固有の「インダストリアル・スペック」があって、それが独特の仕上がりを生む。布帛製品ではプレス仕上げによる差が大きく、工場に任せず指定のプレス業者や自社工場のプレス仕上げに拘るメーカーもあるが、ニット製品では編み機の特性と縮絨加減が仕上がりを左右する。

 「大手商社仕様」以上の仕上がりや風合いを求めるなら、工場やプレス業者の「インダストリアル・スペック」までこだわるべきで、「出生」は必然的に明らかになる。スペックにこだわるなら商社やOEM業者を通す「製品仕入れ」ではなく、自ら工場を選び生産工程を直接管理する「工賃払い」に徹するべきだ。もっとこだわるなら「ザラ(ZARA)」のコレクションアイテムのように、自社工場のCAD/CAM※5.で裁断した素材や裏地、副資材をミルクランで提供して近隣(スペインとポルトガル)の提携工場で縫製し、ミルクランで製品を回収して自社工場でプレス仕上げするまで徹底したい。

 コストと資金に糸目をつけないなら、生産設備に投資して主要素材・部材まで自社で生産し、自社で育成した職人が自社工場で最終製品化する「完全自社生産」という選択もある。第1級のラグジュアリーブランドではお約束の生産方式で、「シャネル(CHANEL)」や「ディオール(DIOR)」のプレタポルテは自社アトリエで生産しているし、「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」のウォッチはムーブメントから完成品まで自社工場生産に徹している。

 逆にいえば、そこまで徹底しきれない中途半端なラグジュアリーブランドも少なくない。同じブランドでも、アイテムによって外部工場への生産委託だったり、製品仕入れのOEM調達だったりする。玄人なら、そんな違いも見抜けるはずだ。

 ブランド商品には「格」と「価格」に応じた「もの作り」があり、それを崩すと如実にブランド価値が下がる。スペックにこだわって「出生」の確かな「もの作り」に徹するからこそ特有の完成度や風合いが得られ、ブランド神話が熟成されていく。サステナビリティが正面から問われる今日、業者任せの「製品仕入れ」で大量に調達しAI任せで叩き売る商売では永久に見えない、「大切に作って丁寧に売る」原点から「もの作り」を考え直しても良いのではないか。

 マーチャンダイジングの「サイエンス」ともの作りの「マニファクチャリング」を両立する「方程式」こそ、A.C.(アフター・コロナ=アフター・チャイナ)に生き残るアパレルビジネスのレーゾンデートル※6.だと思う。

※5.CAD/CAM…コンピュータ・グラフィック支援の設計と製造。
※6.レーゾンデートル(仏)…存在意義

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