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人種差別をなくすためにファッション業界は何をするべきか 黒人デザイナーや業界人の声

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 ファッション業界が多様性の推進に取り組み始めて10年ほどが経つ。アパレル企業は人種差別と闘う団体に寄付をしたり、チャリティーを行ったり、奨学金制度を支援したり、多様性に関する部門を率いる“チーフ・ダイバーシティー・オフィサー”なる役職を設けたりしてきたが、果たしてそれで十分なのだろうか?

 米ミネソタ州ミネアポリスで5月25日に、黒人男性のジョージ・フロイド(George Floyd)氏が白人の警察官に首を押さえつけられて死亡した事件を受けて、世界中で抗議運動が行われていることを考えると、答えは「ノー」だろう。

 21世紀である現在も、アパレルや小売りの大手企業で最高経営責任者(CEO)を務めている黒人は3人しかおらず、そのうちの一人であるヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)は自身のブランド「オフ-ホワイト ヴァージル アブロー(OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH)」のCEOなので、企業のトップとしては2人しかいないことになる。またアメリカファッション協議会(Council of Fashion of Designers of America)に加盟しているデザイナーのうち、黒人が占める割合はたったの4%だ。

 人種差別は何世紀にもわたって社会に根深く巣食ってきたもので、すぐに消えてなくなるものではないだろうし、簡単な解決策もないだろう。しかし差別をなくすためのさらなる努力が必要なことは明白であり、今度こそ変化を起こすべく、相手の声に真摯に耳を傾けるべきだ。ファッション業界で活躍する黒人クリエイターに、人種が理由で受けた不当な扱いについて、またアパレル企業に望むことなどを米「WWD」が聞いた。(この記事はWWDジャパン2020年6月15日号からの抜粋に加筆したものです)

・ダッパー・ダン(Dapper Dan)=テーラー兼ファッション・
イノベーター

Q:人種が理由で不当な扱いを受けたことは?
A:2つある。まず住宅や事業用の物件を借りるのが難しいこと。もう一つは、ラグジュアリーブランドを卸してもらえないこと。

Q:ファッション業界がするべきことは?
A:弁護団のスポンサーとなって、人種差別や警察による暴力行為の被害者が訴訟を起こすための費用をカバーする。

Q:企業は多様性を推進するために何をするべきか。
A:「グッチ(GUCCI)」が多様性とインクルージョン(包括性)を推進するために立ち上げたプログラム「グッチ・チェンジメーカーズ(Gucci Changemakers)」は、正しい方向に進んでいていいと思う。こうした取り組みがもっと必要。

Q:メディアが担うべき役割は?
A:ほかのラグジュアリーブランドが「グッチ」に続き、同様の取り組みをするように求めること。

Q:何に希望を感じる?
A:私は全く違う時代に育ったので、黒人に大きな影響を与える問題に関する抗議運動にこれほど多くの白人が賛同して支援している様子を見ると、アメリカに対する希望を感じる。私が子どもの頃は、全く違っていたから。

・トレイシー・リース
(Tracy Reese)
「トレイシー リース」
創業デザイナー

Q:人種が理由で不当な扱いを受けたことは?
A:あまりにも幅広い質問。唾を吐きかけられる、「Nワード(ニガー、黒人に対する差別用語)」を言われる、店や公共の場所で警備員に後をつけられる、賃貸やローン契約を断られる、さまざまな機会を奪われる、学校のキャンプや教室、会社のミーティングや重役会議で唯一の有色人種であるなど枚挙にいとまがないし、そうしたときに自尊心を維持することは本当に大変だった。幸い両親は常に私自身に価値があることを忘れないようにしてくれたので、こうした経験にもかかわらず、自分を信じて突き進み成功することができた。

Q:ファッション業界がするべきことは?
A:人種差別に反対する「黒人の命は大切(Black Lives Matter)」運動や、全米有色人種地位向上協会(National Association for the Advancement of Colored People)、米国での警察による暴力行為をなくすための組織キャンペーン・ゼロ(Campaign Zero)など、正義や平等のために闘っている団体などと連帯し、共に立つことが大切だ。警察官が受ける訓練やとにかく投獄するという現在の方針を変えるため、業界をあげてロビー活動をすることもできると思う。

ファッション業界そのものも、自らを省みる必要がある。生産、卸、小売り、そしてメディアにおいても経営層に黒人はほとんどおらず、人口比率と全く合っていない。黒人は歴史的にそうした機会を奪われてきたからだ。黒人がファッションやカルチャーに貢献してきたことを認め、それを評価する必要がある。

Q:企業は多様性を推進するために何をするべきか。
A:何世紀にもわたって構造的な人種差別が行われてきた結果として、黒人が抑圧されていることを認識することが重要だ。その上で、管理職への道を開くための教育プログラムなどを導入するといいのではないか。また全ての従業員と人種や平等に関して率直に話し合う機会を定期的に設けることや、格差を是正するためにどのような支援が必要かを黒人の従業員に聞いて行動することも大切だと思う。

Q:メディアが担うべき役割は?
A:メディアは社会の実態をしっかりと見つめ、現在の盛り上がりが落ち着いた後も(人種に関する)難しい質問を社会に投げかけていくべきだ。また黒人のことを、泣き、笑い、喜び、誰かを愛し、創造し、この社会に貢献する同じ人間として扱わなければならない。

Q:何に希望を感じる?
A:こうした会話が行われているという事実。

・ジェリー・ロレンゾ
(Jerry Lorenzo)
「フィアー オブ ゴッド
(FEAR OF GOD)」創業者

Q:人種が理由で不当な扱いを受けたことは?
A:答えるのに一生かかる質問だが、「WWD」のインタビューなので答えをファッションに限ると、「フィアー オブ ゴッド」で作る物には私がこれまでどういう着こなしをしてきたかが反映されている。つまりファッションを通じて先入観をなくすこと、そして相手の警戒心を解くことが狙いだ。

多くの有色人種の人は、個人として見られる前に“黒人(有色人種)”として認識されるが、何を着るかも重要だ。黒人の場合、フードをかぶった状態でフーディーを着ているだけで怪しいやつだという目で見られ、極端な例ではトレイボン・マーティン(Trayvon Martin)氏のように射殺されてしまう。私たちには、何も考えずに自由に振る舞うという贅沢は許されていない。

私は物心ついてからずっと自分が他者からどう見えているかを考えてきたから、それをデザインに生かすのは自然な流れだった。黒人の男として、私は常にそうしたことを考えて、何を着るかを意識的に選んできた。それを怠った日にはいつもと違う視線を向けられたり、勝手に誤解されたりするので、多くの有色人種の人にとってファッションとは他人の警戒心や偏見をなくすための手段でもあると思う。

Q:ファッション業界がするべきことは?
A:ファッション業界全体としては、何よりもまず内省するべきだと思う。何かのトピックについて外に向けて発信したり、支援したりする前に、それぞれの会社や組織内で変化を起こす必要がある。これまで行ってきたキャンペーンや従業員の構成がインクルーシブ(包括的)ではないのに、「私たちは包括性を支持します」と言われても信じられない。発信する前に、実践する必要がある。

Q:企業は多様性を推進するために何をするべきか。
A:まず自分たちに対して厳しく問いかけるべきだ。本気で“インクルーシビティー(包括性)”に取り組むのか、それとも多くの企業による“サステナビリティ”への対応のように適当に済ませるのか。会社のカルチャーと相容れない方針を取ってしまうと、社内で混乱や軋轢が生じてしまう。会社の本音での価値観と一致していない限り、有色人種を差別せずに採用する方針などを策定しても意味がない。ゆえに、行動する前に価値観をしっかり定めることが重要だ。

Q:メディアが担うべき役割は?
A:メディアの役割は必ずしも変わっていない。今回の抗議運動は社会の不公正や警察による暴力行為に対するものだが、本質的には他人に対する配慮についてのものだと、編集者やライターは分かっていると思う。しかし人種差別や不公正について記事にする場合、メディアは、それが事件の影響を受けた全ての人々に対して適切な配慮や共感、理解を持って書いた記事なのか、それとも自分たちが“インクルーシブな”メディアであると宣伝したり、今かっこいいとされていることをしたいからだったりなど、何か別の狙いがあるから書いたのかを自問するべきだろう。前述の企業の話と同様に、メディアも自身を省みる必要があると思う。

Q:何に希望を感じる?
A:さまざまな人種の人々が抗議運動に参加したり、ソーシャルメディアで声を上げたりしていること。彼らの発言は、これまで彼らが送ってきた人生やその価値観と必ずしも一致していないかもしれないが、少なくとも今は違う視線で世界を見ているということだ。

今回の抗議運動が一回きりで終わらずに長く続いていることをうれしく思うし、インスパイアされる。今も大勢の人々が路上で抗議しているが、トレイボン氏をはじめとして、過去にあった数多くの有色人種の殺害事件や不公正に対する抗議はそうではなかった。大々的にニュースにはなるものの、すぐに忘れられてしまい、事態は一向に変わらなかった。だが今度こそは本当に物事が変わるのではないかと感じるし、希望がある。より多くの人々が目を開き、耳を傾け、対話しようとしていることをありがたく思う。

Q:ヴァージル・アブローが、友人の店が略奪に遭ったことについてインスタグラムに投稿した内容が批判されたことをどう思う?また批判した人々に何か言いたいことはある?
A:批判した人々に対しては何の言葉もない。ヴァージルとは、「フェイスタイム(FaceTime)」で直接話をした。とにかく励ましたかったし、彼がこれまで成し遂げてきた数々のことのほうが、今回のインスタグラムへの投稿より何倍も彼がどんな人間なのかを雄弁に物語っていると伝えたかった。君は“インクルージョン”を代表するような存在で、ショーやキャンペーンはいつも多様なモデルを起用しているし、黒人でありつつこれほど重要で目立つポジションにいることから、君にしか分からない闘いをしている、というようなことを話した。

ヴァージルはさまざまなものを背負っていて、その重みは大変なものなのに、彼を批判する人々はそうしたことや彼の仕事について何も知らない。調べればすぐ分かることなのに。だから、「君のこれまでの仕事の数々のほうが、君という人間をよく表わしているよ。こんな騒ぎはすぐに終わるから、とにかく元気を出せ」と勇気づけるために連絡した。よく知らずに物事を判断するような人に対して、かける言葉はない。多くの場合、そういう人は自分が知っていることに基づいて、すでに判断を下してしまっているから。

ヴァージルには、私たちは“変化を導く者”あり続けることが重要だと伝えた。自分の行動をいちいち説明するような些事にとらわれることなく、生涯で成し遂げたことで判断してもらうしかないことや、インスタグラム上でのバトルではなく、私たちの生涯をかけた仕事なり作品なりが変化のきっかけになればいいと思うことなどを話した。ソーシャルメディア上のバトルとは距離を置くようにしたほうがいい、ということもね。

・アンドレ・レオン・タリー(Andre Leon Talley)=
ファッションジャーナリスト

Q:人種が理由で不当な扱いを受けたことは?
A:毎日この闘いに直面し、前進しなければならないことが何よりも大変だと感じる。私は黒人の男性なので、手錠をかけられて地面に抑え込まれ、フロイド氏のようになっていたかもしれない。黒人の男性は、人種差別について毎日嫌でも考えることになる。

Q:ファッション業界がするべきことは?
A:より多くの議論をし、認識を深めること。ただ何かのサミットやタウンホールミーティングを開催するのではなく、本気で耳を傾けることが重要だ。大手ブランドばかりでなく、縁の下の力持ちのような陰のヒーローの声も聞くべきだし、黒人ばかりでなくヒスパニック系やアジア系の声も聞くべきだ。各個人に焦点を当て、ファッション業界における人道的なふるまいとは何かを考える必要がある。

Q:企業は多様性を推進するために何をするべきか。
A:まず現在私たちが生きているこの時代が、新型コロナウイルスと、黒人のための社会的正義や平等に関する問題で本当に大変なことになっているのを認識する必要がある。また、これまでよりさらに多様性や包括性の推進について尽力しなければならないと思う。「グッチ」は2019年に、ファッション業界で最も影響力のあるアフリカ系アメリカ人を300人ほど招いて午餐会を開くという素晴らしい試みを行い、多様性に関する諮問委員会も設けている。こうした多様性に関する取り組みはもっと行われるべきだ。ファッション業界は、ブランド同士が見栄を張り合って年々ショーが派手になるなど、非常に内向きでナルシスティックなところになってしまった。

Q:メディアが担うべき役割は?
A:このパンデミックの中で、メディアはいっそう工夫を凝らしてエキサイティングなものをつくる必要があるし、新型コロナウイルスと人種差別というウイルスが将来にどのような影響を及ぼすのかを考える必要がある。また次世代の子どもたちにも手を差し伸べなくてはならない。Zoomなどのビデオ会議システムは、例えば130カ国にいる130人の生徒に教えることができるし、本当に素晴らしい技術だと思う。それに加えてソーシャルメディアなど、これまでとは違うさまざまな方法を使って変化を起こすことができるだろう。(メディアのように)力がある存在は、力なき人々の声に耳を傾けなければならないと思う。

Q:何に希望を感じる?
A:社会は進化できると思えること。ファッション業界内外の人々が協力し合い、諦めずに闘い続けることが重要だ。マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(Martin Luther King Jr.)博士は「私には夢がある」と演説したが、その夢はまだかなえられていないし、諦めてはいけない。同氏は1968年4月に暗殺されたが、私たちは2020年6月になっても、やはり殺害されたフロイド氏を追悼することになってしまった。

・ブレット・ジョンソン(Brett Johnson)「ブレット ジョンソン コレクション(BRETT JOHNSON COLLECTION)」創業者兼
クリエイティブ・ディレクター

Q:ファッション業界がするべきことは?
A:ファッション業界ができることは山ほどある。まず、有色人種の客が来店した際の扱いを改めること。私の経験では、完全に無視されるか後をつけられるかという2通りの対応しかされたことがない。私たちは、有色人種でない客が来店したときと同様の扱いを受けるべきだ。

次に、ファッションショーやイベントなどに有色人種の人々を含めること。登場するモデルやフロントローのゲストはもちろん、有色人種の学生を採用して多様性を推進することが重要だ。

私が目にした最もパワフルなイメージの一つは、ニューヨークやミシガン州の警察署長が片膝をついた後、人々とハグをして連帯を示したシーンだ。大手ブランドは、有色人種のデザイナーと提携することで同様のメッセージを送ることができる。また私は現場主義の人間なので、見習い制度を導入して有色人種の学生や従業員に機会を与えることも提案したい──これが3つ目。

4つ目は、デザイナーのオーロラ・ジェームズ(Aurora James)が設立した「15パーセント誓約(15 Percent Pledge)」に倣うこと。これは陳列棚の15%を黒人が運営するビジネスのために使うことを小売店やECなどに呼びかける運動だが、同様に服飾学校も黒人の学生を少なくとも15人は受け入れるようにすればいいのではないか。

最後に、大手ブランドは人種差別的になってしまわないように、商品のデザインにもっと気を配るべきだと思う。ブラックカルチャーや図像の盗用という問題も含め、有色人種の文化や歴史に対してもっと敏感になるべきだ。

Q:企業は多様性を推進するために何をするべきか。
A:前述の「15パーセント誓約」を経営陣や会社全体に適用すること。当社の場合、経営陣の3分の2が有色人種の女性だ。一般的に女性は過小評価される傾向にあるので、彼女たちの声にも耳を傾けなければならない。

Q:メディアが担うべき役割は?
A:結局、大手ブランドや企業がいっそうインクルーシブになる必要があるというところに話が戻ると思う。有色人種にもっと機会が与えられれば、メディア業界とのつきあいが増えるだろうし、その後のビジネスに必要な人脈づくりも可能になる。メディアは、これまで手が届かなかった世界にアクセスするためのプラットフォームを有色人種に提供できるはずだし、世界的なセレブリティーなどの知り合いがいない有色人種のデザイナーをもっと取り上げる努力をしてほしいと思う。

Q:何に希望を感じる?
A:新型コロナウイルスの世界的な流行という危機的な状況の中でも、有色人種のデザイナーである私が率いるラグジュアリーブランドに対して世界中の小売店から励ましのメッセージが届き、今後も取引をすると表明してくれていること。

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