ファッション

コロナ危機に「中国小売業」はどう立ち向かったか 上海在住コンサルが報告

 新型コロナウイルスが発生した中国だが、現在は感染拡大がひとまず落ち着き、市民生活が平常に戻りつつあるという。この間、中国のファッション小売業はどのようにして危機に立ち向かったのか。上海在住のVMD(ビジュアル・マーチャンダイジング)コンサルタントの内田文雄氏が報告する。

上海での2週間の自宅隔離生活

 私は中国・上海に拠点を構えてVMDの仕事をしています。春節前の1月中旬にはいったん日本に帰国し、そのままニューヨークとロサンゼルスにマーケットリサーチの出張に出ました。その間、中国では新型コロナウイルスの感染が拡大し、湖北省武漢市を中心に緊急事態宣言で都市封鎖が断行されました。そのため私は中国には戻れず、1カ月半ほど実家のある神戸で過ごすことになりました。

 神戸に滞在した2月、世界中で少しずつ感染者が増えていきました。このままでは中国に戻れなくなるという強い不安から、隔離生活を覚悟で中国に戻ることを決意しました。当局の指示に基づき、上海の自宅で3月8日から22日までの2週間の隔離生活を過ごしました。

 3月23日に2カ月ぶりに上海の繁華街に出て驚きました。いつもは自動車で渋滞している道路がガラガラで、満員のはずの地下鉄の乗車率も3割程度。移動制限で上海に戻ってこられない人たちや、在宅勤務を強いられている人がそれだけ多かったのです。以前はマスク姿の人をほとんど見かけなかった中国で、ほぼ100%の人がマスクをつけている光景にもびっくりしました。

 私がコンサル契約するクライアント(アパレルメーカーや小売企業)もコロナのダメージが甚大でした。チェーン展開しているブランドは、ほとんどの店舗を一時的にクローズ。従業員も自宅待機からリモートワークへ移行しました。またビジネス形態もオフライン(実店舗)からオンライン(ECなど)に軸足を変えていきました。

 オフラインのコンサルを生業としている私自身もがまんの日々が続いていました。それでも4月中旬から事態収束の兆しが見え、実店舗が復活し始めたため、少しずつ仕事を再開しています。

値引きしないブランドが値引き——「アヴィレックス」

 ここからは中国のファッション小売業の動向を紹介しましょう。

 まずはアメカジブランド「アヴィレックス(AVIREX)」。中国全国(特に中国の華北、華東、西南地区)に18店舗を展開しています。感染が深刻だった2月中旬から3月初旬でも、成都のイトーヨーカ堂と大連の大連百年城の2店舗は営業を続け、それ以外のほとんどの店は休業を余儀なくされました。この営業していた2店舗に関しては、3月の売上高で前年実績をクリアしています。休業した店舗も、感染被害が少ないエリアでは順次営業を再開し正常化に向けて動き出します。

 オンライン(Tモール)の売上高は前年同月の実績を大幅に上回りました。これは「アヴィレックス」のみならず、他の中国、外資アパレル、小売企業も同様です。自宅にこもってやることがないため、ネットショッピングで暇をつぶす需要が大きかったようです。

 ではオフラインでどのような活性化策を打ったのでしょうか。これまで「アヴィレックス」はブランド価値の維持のために値引きの手法はとっていませんでした。しかし2月20日から4月6日まで初めてセールを実施しました。販促テーマは“コロナと戦おう!”です。対象商品は全商品(19年秋冬、20年春物)、2点お買い上げで30%オフ、3点お買い上げで40%オフでした。

 各店舗のスタッフがウィーチャット(微信、WeChat)を駆使し、お客のグループチャットを作って情報発信を繰り返しました。営業する店舗には多くのお客が詰めかけ、一人で何点も買う人もいたようです。プロパー販売を維持しているブランドが特別に期間限定の割引き策を打って、来店者数、客単価、セット率も向上させることに成功しました。販促期間中、売り上げの8割以上がウィーチャットで集まったお客によるものだったそうです。

店内イベントを再開——「ニコアンド」

 アダストリアの「ニコアンド(NIKO AND…)」は、昨年12月に中国大陸で初めてとなる旗艦店を上海に開きました。オープン1カ月後にコロナの影響をもろに受けた形になりましたが、店舗自体は一度も休業することなく営業していました。

 店舗は上海の繁華街、淮海路の路面店です。コロナ蔓延がピークの2月は通りに道行く人がいない状況が続き、売り上げは計画を大きく下回ってしまいました。それでも3月以降は街に人が戻ってきたため徐々に回復し、4月に入ると週末も平常時の客数が回復して計画も達成しているようです。

 日本の「ニコアンド」は45日サイクルでさまざまな店内イベントを行うことで知られています。上海の旗艦店も日本と同様の手法を取り入れています。ただ、しばらくは店内イベントや広告宣伝を中止したり、商品発注を抑制したりとがまんの日々が続きました。4月に入って日を増すごとに客足が戻ってきていることを確認し、10日から新たな店内イベントもスタートしています。コロナが収束に向かうことを想定し、5月初めの労働節連休に向けたイベントの準備をしているようです。

インフルエンサー起用で3日間12億円の売り上げ­——「馬克華菲」

 今年ブランド設立20周年を迎える「馬克華菲(MARK FAIRWHALE)」は、20〜30代の顧客を多く持つストリートブランドです。このブランドはSNSやライブ配信など、最新のデジタルマーケティングを使って消費者に訴求することで知られています。コロナ禍でも打開策を発信し続け、ファッション業界のみならず小売業界全体からも注目されています。

 残念ながらコロナ禍では、衣食住の衣(ファッション)が消費者からは一番遠い存在になってしまいます。どのアパレル企業もオフライン(実店舗)が稼働しないため、春節休暇タイミング(1月末)で在庫をさばこうとしていた19年冬物、そして新たに入荷した春物在庫が滞ってしまいました。「Tモール」などのオンラインサイトだけでは在庫処分ができず、さらに夏物の納品や秋冬の生産計画すら修正をせざるを得ない状況に陥りました。つまり在庫を換金する方法を検討して即実行する判断が求められたわけです。

 そんな中、「馬克華菲」大きくは2つの策を実行しました。一つは3月初めに実施した「臨時個人委託代理店策」、もう一つは3月末に行った「KOL(キー・オピニオンリーダー、いわゆるインフルエンサー)による3日間72時間限定割引き策」です。

 1つ目の臨時個人委託代理店策は一般的なオフライン店を運営する代理店施策ではなく、SNSを介して在庫販売をしてくれる個人を募集し、その個人のネットワークを利用して、オフライン上で多くのお客にブランドを紹介してもらい、在庫を売ってもらう方法です。名乗りを上げた個人は、在庫リスクを負わない委託販売で売った上代の10%ほどが利益として受け取れます。自宅待機を余儀なくされる中、個人の時間とネットワークを有効活用できるわけです。ブランド側も粗利益や粗利益率が下がっても在庫がさばけ、換金できる。双方にメリットがある手法です。

 2つ目のKOLによる3日間72時間限定割引き策は業界に大きなインパクトを与え、ニュースになりました。結論からいうと、3日間で8000万元(12億円)を売り上げ、大成功を収めました。臨時個人委託代理店策は文字通り個人が担う策でしたが、こちらは著名なKOL数人とブランド本部スタッフがタッグを組み、3日間休みなしのぶっ通しのライブ放送で商品のことを喋り続け、その場で視聴者の反応を見ながら価格も決めていくというもの。私もライブ放送をリアルタイムで見ていましたが、お祭り的なイベントのように感じました。

 実はKOLがオンラインで販売をしている間、同時進行で中国全土800の各店舗のスタッフがティックトック(TikTok)や快手(中国の動画共有アプリ)などで、自分の顧客に対して商品を紹介して販売していました。

 つまり一方は全国向けの広い範囲で、もう一方は各地域店舗単位の狭い範囲で、同時に集中して売り込んでいたわけです。「顧客とのつながりを大事にしている策」といえるでしょう。

 「馬克華菲」は、毎年11月11日の「独身の日(W11=ダブルイレブン)」でもアリババの販売順位がベスト5(メンズ部門)に入る人気ブランドです。今回の3日間で8000万元という結果は「独身の日」の3倍を売り上げたことになります。まるで「3日間限定の一人W11」を開催したような結果になりました。3日間の視聴者数350万人、新たなブランドの会員増加数10万人。やることが大胆かつ巧妙、ブランドの客層の若者が好むSNSを駆使した新しい販売方法――まさに“新零售(オンライン、オフラインの融合)”を地でやっています。

仕入先の日本のことが心配——「R.G.F.」

 「R.G.F.」は上海の旧租界にある人気の雑貨&カフェです。2月から上海市政府当局の指導によってリアル店舗は休業しましたが、3月中旬になるとカフェから店を再開します。

 同店の人気は100%輸入の雑貨です。仕入れは日本60%、欧米20%、インド20%。「日本の良いもの、埋もれた匠が製作した商品を中国の消費者に理解して使ってほしい」というコンセプトのもと、2015年にオープンし、年々売り上げを伸ばしています。オフラインでたくさん売るというのではなく、オンラインのためのショールームの意味合いです。

 2〜3月のオフラインの休業期間中は中国全土で在宅隔離者が増えたため、オンラインでの売り上げが前年比1.5倍になりました。割引き販促を行なっていないにもかかわらず、この結果です。

 現状は堅調な「R.G.F.」ですが、5月以降については不安があります。輸入先である日本、欧米、インドなど各国でコロナの感染拡大が収束しないことです。また中国への輸送がいまだ麻痺している上に、国外からの飛行機が週一便だけなど減便されています。オンラインの商売では在庫確保と商品の安定供給ができないと販売チャンスを逃してしまいます。

 「R.G.F」のオーナーの馬さんは現状と今後について、以下のように答えてくれました。

 「今の中国は落ち着きを取り戻しつつある。むしろ友だちも多くいる日本が心配だ。他国のことなので言い辛いけど、短期間でも構わないので強めの非常事態宣言を行い、感染者が増えない策を打ってほしい。中国もまだまだ完全な状態ではない。第2次、第3次で感染者が増える可能性もあり、国民一人一人が自己防衛するという意識が強い。日本の状況が早くよくなって、オーダーしている商品が入り、商売が継続できるようになってほしい」

 「今回の中国起点のコロナの中、最初に国として支援をしてくれたのは日本だった。今の中国人はそのことに非常に感謝している。この関係が将来もずっと続いてほしい」

「ようやく服を買う雰囲気になってきたのだ」

 私がいつもと違う姿の上海の街を見たのは3月23日。街行く人全員がマスク姿でした。こんな光景を見るのは、中国の仕事を始めて30年近くで初です。

 3月初旬、上海市内の商業施設が徐々に営業を再開し始めました。ただ実態は「開店休業」状態。入り口ではガードマンが客一人一人の検温を行い、マスクを着用しないと入館はできませんでした。

 3月中旬になると少し変化します。上海の中心部、地下鉄直結ターミナル、オフィスビル併設の商業施設(iapm、IFC、港滙広場など)は、マスクは必須ですが、検温はなくなりました。

 4月に入るとさまざまな規制がなくなり、週末になると客足も増えて、少しずつ平常時に戻りつつあるように見えました。しかし実際には物販店は開店していても買う客は少なく、みんな買い物する気分には至っていないようでした。

 この頃の商業施設の入店客数は、見た目では平常時の60%くらい。お客がお金を落とすのは、上層階や地下にあるレストランやカフェがほとんど。子供は学校も休校が続き、親は自宅でのテレワークが長引き、そのうっぷんを晴らすように、週末は親子連れで近郊の公園や商業施設の飲食店へ、そして日常品購入のためにスーパーマーケットに足を運んでいました。

 4月18日の土曜日、私は自宅近くの商業施設「龍之夢購物中心」に行きました。あと2週間、5月1日からは労働節の5連休。休みを前に気分も高まり、明らかにこの2カ月の状況とは異なり、活気が戻ってきました。

 2週間前、1階にある「ザラ(ZARA)」は閑散としていて、レジ待ちも試着のフィティングルーム待ちも皆無でした。それが今日のぞいてみると店には客があふれ、20人程度のレジ待ち、50人以上の試着待ちの行列ができていました。

 「ようやく服を買う雰囲気になってきたのだ」と実感しました。私にとっても本当にうれしい状況です。衣食住の食・住が満たされ、ようやく服に興味が向き始めたのです。

 今の上海は平常時に戻ったと確信しました。「人が人を呼ぶ」と言いますが、今日の「ザラ」を見て「まさにそれだ」と思いました。「もうがまんせずに服を買ってもいいんだ!」という買物気分の連鎖反応です。

 このまま気温の上昇とともに、入店客も売り上げも上昇してくれることを期待します。

 日系ブランドの地道な販促活動、オンラインでの割引販売とはいえ驚くべき売り上げを達成するブランドがあったり、上海市内の商業施設がにぎわいを取り戻したりしたことは、マーケット回復の兆しが見え出した証拠だと思います。

 1月末から4月中旬までの長くも短い約2カ月半という時間で、完全自宅待機、外出禁止状態から、上述のような服を買う余裕ができる状態まで上海は回復しています。

 日本も4月17日から緊急事態宣言が全国に広げられ、オフラインのさまざまな業種の悲鳴が上がっているようですが、もう少しの辛抱だと思います。事態収束のためには、国民一人一人のさらに厳しい自覚が必要だと思います。

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内田文雄(うちだ・ふみお):福岡県福岡市生まれ。ワールドで22年間のVMD経験、1993年に上海交通大学留学、上海駐在を経て、その後はアジア事業で海外を飛び回る。2005年ユニクロへ転じ、海外の大型店などのVMDを手がける。2011年、独立して上海に拠点を移す。中国のアパレル、小売企業に対しての実務指導、セミナー講演を行う

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