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そごう・西武が正月広告で「ひっくり返したかった」2つのこと

 2020年元日、朝日新聞などの一部全国紙や地方紙に掲載されたそごう・西武の一面広告が話題を呼んだ。「さ、ひっくり返そう」という大きなキャッチフレーズが踊り、それと不釣り合いなほど小さな力士。「勝ち目のない勝負はあきらめるのが賢明」「どうせ奇跡なんて起こらない」といった11行の本文を一読すると、土俵際に追い詰められた状況が浮かぶ。だが、注意書きに従って下から上に読み直せば、大逆転ストーリーに様変わりする。ユニークな広告手法はSNSで多くの人から賞賛された。仕掛け人であるそごう・西武の相原秀久・営業企画部広告宣伝担当部長に、広告の狙いを聞いた。

WWDジャパン(以下、WWD):今回の正月広告に対する反響は?

相原秀久・営業企画部広告宣伝担当部長(以下、相原):SNSの中だけでなく、店頭にも「勇気づけられた」「鳥肌が立った」といったお客さまのポジティブな声が寄せられていて、まずはホッとしています。中学校の先生たちからは「受験生の背中を押すメッセージとして生徒たちに紹介したい」というお声もあり、驚きとともにうれしく思っています。

WWD:このようなメッセージ広告はいつから始めたのですか?

相原:17年からさまざまな制約の中でも自分を貫こうと頑張る人たちを応援する「わたしは、私。」という広告を展開してきました。毎年1月1日に新聞やウェブ広告で発表して、1年を通じて訴えるコーポレート広告です。初年度の17年は樹木希林さん。自由な装いで、年齢に関わらず自分らしさを表現する女性の姿を演出してもらいました。18年の木村拓哉さんは当時SMAPが解散し、ジャニーズに残るという決断に世間から厳しい目が注がれる中での起用でした。希林さんは年齢、木村さんは世間の常識や同調圧力に屈しないというメッセージを込め、私自身も手応えを感じていました。

WWD:しかし、19年の安藤サクラさんがパイ投げを受けているビジュアルの広告は大炎上しましたね。

相原:パイは女性を取り巻く「抑圧」の表現で、それに自覚的に立ち向かう人たちへのメッセージでした。当時「#MeToo」運動が世界的に広がりを見せる中、問題提起をしたいと企画したのですが、ビジュアルが強烈すぎたのかもしれません。お叱りの声が多く寄せられ、中には店舗のお客さま窓口まで抗議にいらっしゃる方もいらっしゃいました。

WWD:火消しのためにどう対応しましたか?

相原:結局、当社の場合は取り下げることなく、年末まで予定通りポスターを店内などに掲出しました。もともと元日にモデルが誰だか分からないパイ投げの広告を発表して、数日後にタネ明かしとして安藤サクラさんのシンプルなビジュアルに差し替える予定でした。批判が殺到したら、ひとまず広告自体を取り下げる方が企業としては無難かもしれません。ですが当社はトップの林(拓二そごう・西武社長)の強いリーダーシップもあって継続しました。ご批判はご批判として受け止めますが、だからと言って謝罪や取り下げは違うと思うのです。

WWD:同じ時期、やはり女性の描き方で広告が炎上し、謝罪や取り下げを余儀なくされた有名企業もありました。

相原:批判があったからといって安易に取り下げたら、それこそ予定調和的なものになってしまう。ただ、意見は分かれるところでしょう。この辺は、企業としても難しいところです。西武百貨店は1980年代に、糸井重里さんの「おいしい生活」をはじめとしたユニークな広告でお客さまの共感を集めて成長してきました。そごう・西武になった今も「こんなのは面白くない」「西武らしくない」と社内で喧々諤々する機運があります。ユニークさを求めるあまり裏目に出てしまうこともある。

WWD:炎上騒動は20年のコーポレート広告にも影響を与えましたか。

相原:それはもちろん。不本意な炎上を挽回したいという気持ちはありました。そのために多くの方々にまっすぐ届くもの。それでいて強いメッセージは何か。社内外で議論を重ねました。コーポレート広告はお客さまに向けると同時に社内に向けての宣言でもあります。19年はそごう・西武にとって非常に厳しい年でした。百貨店への逆風は止むことはなく、親会社のセブン&アイ・ホールディングスは10月10日、そごう・西武の5店舗を20年以降に閉店すると発表しました。ネガディブなニュースに触れて、意気消沈する社員が出てくるかもしれない。ならば今回は自社をとりまく状況をひっくり返そう。さまざまな逆境に立ち向かっているお客さま、そして社員をも鼓舞するようなメッセージを作りたいと思いました。

WWD:なるほど。裏テーマとしては19年の正月広告の炎上、そして百貨店事業の不振という2つの逆境を乗り越える意味があったのですね。

相原:正月広告は通常8、9月ごろから制作に着手しますが、今回は構造改革の発表(10月10日)を受けてから動き出すことになりました。実際、現場はかなりの突貫工事でした。テーマは決まった。キャスティングをどうするか。たまたま私が雑誌「アンアン」(マガジンハウス)をぱらぱらと眺めていたとき、スイーツ男子として大相撲の炎鵬さんが紹介されているのを発見して、ピンときたんです。制作チームは17年の「わたしは、私。」のスタートからずっとご一緒している、田中英生さんや島田浩太郎さんらを擁するフロンテッジ。私が「炎鵬さんでどうか」と提案したときは皆、首を傾げていました。しかしキャッチフレーズを元にコピーを考えていくと、むしろ炎鵬さん以外いないんじゃないかというくらいピッタリだったんです。幕内最軽量の168cm・98kg。小兵であることをハンデと思わず、それむしろ強みとし、周囲の予想を跳ね返して大きな力士に打ち勝っていく姿が、今回の主題にぴったりだった。

WWD:新聞広告のコピーやビジュアルのポイントは?

相原:まず角界で最も小兵な力士ということで、とにかく彼自身を小さくみせようと考えました。ポスターでも広告でもそうですが、皆さんは読もうと思って読むものではない。目に留めてもらうには、ぱっと見たときの違和感や摩擦感が大事ですね。今回も、たとえ炎鵬を知らない人でも「ちっちゃい!」と興味を持ってくれれば最初のハードルはクリア。キャッチコピーもポジティブで力強いですが、それだけでは物足りない。本文も最後まで読んでもらうためにどうするかを考え、あえてネガティブなことを言ってみようかと生まれたのが「逆読み」のアイデアです。

WWD:今回の反響を踏まえて広告の価値をどう捉えていますか。

相原:1980年代と比べれば、情報化が進んで価値観も多様化し、新聞をはじめとしたマス向け広告の影響力も弱くなっているとは思ってきました。しかし一方で、ネットのターゲティング広告が主流となった今だからこそ、一度に多くの方の目に触れる正月広告は、企業の姿勢を示す貴重な場とも考えられます。常に何か面白いものを発信しなければという西武百貨店時代からのDNAは今もわれわれの中にあります。時流を読み、工夫を凝らせばまだまだ人の心を動かせる。毎年続ければハードルもどんどん高くなりますが、来年も皆さんをあっと驚かせるような発信をしたいと考えています。