中国版インスタグラムと呼ばれる、アプリ「RED」(レッド、中国語で小紅書)は、中国市場進出を狙うブランドにとっては必須のマーケティングツールとされる。レッドでの取り組みこそが第一歩であり、その土台を築いてからでなければ他の施策に進むべきではない……というのが鉄則だという。
中国において唯一無二のサービスであるREDが今、揺れている。予定してた上場計画は延期され、評価額も最盛期の数分の一にまで落ち込んだとみられる。いったいREDに何が起きているのか? そこからは中国市場の現状と、世界に共通するソーシャルマーケティングの難しさが透けて見える。
神アプリ「RED」とは?
REDは2013年にローンチしたアプリ。現在は約2億人のMAU(月間アクティブユーザー)を擁している。中国版インスタグラムと言われるだけあって写真とテキストを盛り込んだカジュアルな文章を投稿したり、あるいはティックトック的なショートムービーを投稿する機能がある。
競合サービスと比較すると、規模的には見劣りする。テンセントのウィーチャット(微信)は約10億人、バイトダンスのドウイン(抖音、中国版ティックトック)は約7億人、クワイ(快手)が7億人弱、ウェイボー(微博)が6億人弱、数倍のユーザーを持つサービスがずらりと並ぶ。
それでもREDが重視されるのは、ブランド認知や口コミの土台を作る上で、他に選択肢のないサービスとみなされているからだ。
筆者は2018年に創業者のミランダ・チュー(Miranda Qu、瞿芳)にインタビューしているが、創業から2年程度はどのようにマネタイズするかは一切考えず、コミュニティ形成に専念したことが今のREDの礎になったと話している。広告のためのサービス、ECのためのサービスという出自では、どうしてもマネタイズに影響されてしまう。そうした邪念にとらわれないことで、一般ユーザーが発信できる場を作り上げることができたと胸を貼っていた。
明確な販売や宣伝ではなく、口コミを広げることを中国語では「種草」(ジョンツァオ)と言う。将来的なマネタイズ、「抜草」(バーツァオ)に向けて種をまくというわけだ。KOL(キー・オピニオン・リーダー、インフルエンサーの意)ならぬKOC(キー・オピニオン・コンシューマー、影響力があるが一般の消費者)に説明会を開いたりサンプルを渡したりとアプローチをかけたり、あるいは水面下で依頼して文章や動画を投稿してもらうステルスマーケティングといった手法が使われてきた。
ソーシャルメディアはいくつもあっても「種草」ができる場所は少ない。ウィーチャットは友人関係同士のクローズドなメッセージアプリという出自から、不特定多数の目に触れるような形で情報を発信することが難しい。
ドウインやクワイはインフルエンサー広告を自らのビジネスとしている。広告を出稿したい企業はドウインやクワイの広告マッチングプラットフォームを通じて宣伝して欲しいインフルエンサーに依頼するという手法である。いわばアプリ運営企業が広告代理店の機能をも取り込んだ格好だ。商品の宣伝は重要な収入源だけに、自社のマッチングプラットフォームを使わない投稿は削除したり、拡散しないようにしたりと規制が厳しい。
REDはもともと一般ユーザーのコミュニティサービスという位置づけでスタートしたこともあって、あまり宣伝臭くない場所とみられてきた。多数のフォロワーを抱える大物インフルエンサーもいるが、全体に占める比率は他のソーシャルメディアよりも圧倒的に少ないという。
天風証券の報告書によると、トップ投稿者(フォロワー50万人以上)によるアクセス数の比率はウェイボーが9%に対し、REDは0.5%未満。逆にフォロワー5万人以下の投稿者が占める比率はウェイボー53.5%、RED87.8%となっている。中堅以下のインフルエンサーや一般ユーザーの投稿が見られる比率が圧倒的に高いわけだ。
ミランダ・チューは、インフルエンサーマーケティングが全盛だが、利益目的ではなく投稿するユーザーの書き込み、すなわち真実の口コミもきわめて重要だと強調していた。一般ユーザーだけではなく、商品を販売するブランドにも意義があり、真実の口コミがなければすばらしいブランドは成立し得ないと強調していた。
REDでもインフルエンサーの活動は増えているとはいえ、宣伝ではない真実の口コミもあるとの信頼はまだ残っている。それだけに、なにかの商品やお店、旅行先について知りたければREDの口コミ的な投稿を読むという人が少なくない。
また、有力インフルエンサーは、REDにどれだけの関連投稿があるかを依頼受託の判断材料にしていることも多いという。有力インフルエンサーは信用商売であり、まったく無名の商品を宣伝すれば、ハズレを売りつけられたと批判される可能性もある。REDに一定数の投稿があれば、中国の消費者にそれなりに支持されている商品との証明になるわけだ。
もともとはウェイボーがこうした機能を担っていたが、同社も広告マッチングプラットフォーム機能を導入し、今やコミュニティというよりも、有名人が一般人に情報を伝える宣伝の場という色合いが強くなっている。かくしてREDは唯一無二の場として重要性を高めてきた。
絶好調REDを襲った三重苦
そのREDに今、異変が起きている。
REDを運営する行吟信息科技(上海)有限公司はこれまで6回の資金調達を実施してきた。エンジェル投資では中国トップの真格基金、シンガポール政府系ファンドのテマセク・ホールディングス、中国大手IT企業のテンセントとアリババグループなど、そうそうたる顔ぶれが出資企業に名を連ねる。2021年11月に実施された資金調達では200億ドル(約2兆7200億円)もの評価額を得た。
IPO(新規株式公開)も間近とみられていたが、計画はご破算となったようだ。IPOのために2021年3月に元シティバングの楊若(ヤン・ルゥオ)氏をCFO(最高財務責任者)として招聘したが、同氏も今年9月までに退任したことが明らかになっている。
何が起きているのか。その理由として大きく3点があげられる。
第一に中国テック株の株価急落だ。独占禁止法違反やサイバーセキュリティ審査、さらには共同富裕の提唱などの中国政府による規制、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う消費低迷を受け、中国テック企業の株価は急落している。この余波を受けて、REDを含む未上場企業の評価額も下落した。
第二にREDがインフルエンサー広告マッチングプラットフォームを強化し、「種草」の投稿を規制する動きを強めている点にある。REDは自社のECプラットフォームも運営しているが、収入の大半は広告に依存している。テック企業の不振や消費低迷を受け広告単価が下落したこともあり、インフルエンサー広告を獲得することで売上を伸ばそうという計画だったが、REDの強みである中小インフルエンサーや一般ユーザーの反発を受けることとなった。
第三に政府の規制だ。今年8月、四川省成都市彭州市にある龍門山鎮という渓谷で、大雨による洪水でキャンプ客が流されて7人が死亡する事故が起きた。この時、問題視されたのがREDの投稿だ。今、中国ではキャンプがブームということもあって、川のすぐ近くでテントを張りバーベキューを楽しむ映え写真が多数投稿されていたが、危険な行動を誘発するものとして批判され、政府当局からも改善指導を受けた。
他にもREDでバズった観光地に観光客が殺到する「観光公害」、あまりにも美しく撮られた写真と現実との違いからクレームが上がったりという問題もある。パターナリズム(父権主義)を旨とする中国政府はこうしたネット上の不満も積極的に取りあげ、行政指導を行う。その対応にはコストがかかるほか、指導に従って規制を強化すればユーザー離れにつながるという課題もある。
こうした問題が積み重なって、飛躍していたREDは壁に直面した。中国政府のテック企業規制が一段落したこと、コロナ禍による消費低迷も2023年には回復に向かうこと、何より「種草」の場としてRED以外の選択肢がないことを考えると、今後復活に向かう可能性はあるとはいえ、足元の状況は芳しくない。
日本企業にとって注意すべきは、中国のゆるさと厳しさの見極めだろう。ステルス・マーケティングの横行などのゆるさが目につくだけに、「郷に従えば郷に従う」とばかりに中国式を採用したつもりが、思わぬところで問題を引き起こすということがある。特に中国政府は近年、ソーシャルメディアやAI(人工知能)による市民の誘導に対して警戒感を強めている。それは反政府のデマだけではなく、ネットマーケティングにも及んでいる。
そして、もう一つ、REDの苦境からはオープンソーシャルメディアの難しさも透けて見える。というのも、REDの苦境はツイッターと類似しているところが多々あるのだ。一般人でも情報を発信できるオープンソーシャルメディアとして他にない存在であり、あのイーロン・マスクに買収され、社員の大量解雇やトランプ前大統領のアカウントの復活など、日々ビッグニュースをまき散らしているツイッターだが、根本的な課題は思うように売り上げがあげられず、一方で影響力の大きさから投稿審査にかかるコストが非常に大きいという課題がある。REDの課題とよく似ているというわけだ。
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