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ギョーム・アンリとCEOが語る 「パトゥ」再生計画

 ブランド再生中の「ジャン・パトゥ(JEAN PATOU)」は、2020年春夏シーズンから「パトゥ」に改称する。ギョーム・アンリ(Guillaume Henry)=クリエイティブ・ディレクターは、「1920年代に大人気だった老舗メゾン『ジャン・パトゥ』の名前も、その代表作である香水『ジョイ(JOY)』も知らない世代に、全く新しいブランドとして紹介したいため」とその狙いを語る。「このブランドは30年間、休眠状態にあったようなものだ。30年も経てば、もはや時代が違う。『ジャン・パトゥ』は今でも特定の年代には人気があると思うが、新世代にアプローチするには、スタートアップのように真新しいものとして知ってもらうしかないと考えた」。

 5月28日、同ブランドはアンリ=クリエイティブ・ディレクターによる新たなコンセプトを取り入れたロゴとイメージ動画、キャッチコピーなどを発表した。「ロゴはクチュールらしさとフェミニンな雰囲気があるものにしたかったので、アイライナーを思わせる、流れるような筆致のフォントにした」。

 創業者ジャン・パトゥは1887年フランス生まれ。23歳の若さでファッションハウスを立ち上げ、1914年に「ジャン・パトゥ」をスタートさせた。女性に向けたシンプルなイブニングドレスやカジュアルかつシックな日常着を中心に手掛け、当時はガブリエル・シャネル(Gabrielle Chanel)のライバルと称されるほどの人気を博した。商品に自身のイニシャルを付けた初めてのデザイナーであり、ディフュージョンラインやスポーツウエア、アクセサリーをいち早く発表するなど、さまざまな意味で革新的な人物だった。

 現在、「ジャン・パトゥ」はLVMHモエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(LVMH MOET HENNESSY LOUIS VUITTON以下、LVMH)の傘下となっているが、アンリ=クリエイティブ・ディレクターが就任した2018年9月の時点ではアーカイブもそろっていないような状態だったという。同氏は、「アトリエや設備はおろか、ピンすらなかった。ブランド“再生”と言っているが、一から立ち上げているような感じだった。ブランドのヘリテージを基盤にしつつも全く新しいストーリーを紡いでいくのは、とてもユニークで素晴らしい機会だと思っている」と述べた。

 同ブランドを経営面から率いるソフィー・ブロカール(Sophie Brocart)最高経営責任者(CEO)も、18年10月に就任したばかりだ。同氏は「セリーヌ(CELINE)」「ロエベ(LOEWE)」「マーク ジェイコブス(MARC JACOBS)」「エミリオ・プッチ(EMILIO PUCCI)」などを統括するLVMHファッショングループ(LVMH FASHION GROUP)ファッションベンチャー部門のシニア・バイス・プレジデントでもあり、同社が若手育成のために創設した「LVMHヤング ファッション デザイナー プライズ」では優勝者のメンターを務めている。

 「ジャン・パトゥ」についてより深く知るため、2人は美術館のキュレーターや個人のコレクターのもとを訪れている。アンリ=クリエイティブ・ディレクターは、「スポーツウエアと香水のブランドというイメージしかなかったが、想像以上に豊かな歴史があった。パトゥが活躍したのは30年間ほどだったが、その間にチューブドレスから、これぞハリウッドというグラマラスなドレスまで製作している。当時の人気女優などに好まれ、彼自身も映画のような人生を送ったことを発見した」という。なお、19年2月に開催された「第69回ベルリン国際映画祭(Berlin International Film Festival)」で審査委員長を務めた女優ジュリエット・ビノシュ(Juliette Binoche)が着用した水色のシルクのドレスは、同氏が「ジャン・パトゥ」で初めて手掛けた作品だ。

 19年1月、「ジャン・パトゥ」はノートルダム大聖堂などがあるパリ・シテ島にオフィスを移転した。建物は17世紀に設立されたフランス初の新聞社ラ・ガゼット(LA GAZETTE)が入っていたもので、19世紀に改装されている。「ジャン・パトゥ」のオフィスはその3層分を使用しており、道に面した1階にあるアトリエは外から中の様子をうかがうことができる。同氏は、「アトリエはブランドの心臓部なので、多くのメゾンでは奥に隠されている。しかし私たちは、シェフのオープンキッチンのように外向きにしたかった。観光客が外から写真を撮っていたりするのも楽しい」と話した。

 こうした“アクセスのしやすさ”は、コンテンポラリーブランドとして生まれ変わる「パトゥ」全体に共通する精神だとブロカールCEOは語る。「ブランドをどうするかという話をした時、アンリ=クリエイティブ・ディレクターが『自分の友人たちのために作るような服作りがしたい』と言ったのを聞き、それだと思った。ジャン・パトゥも、最初は友人たちのために服を作っていた。『パトゥ』ではクチュールのようなアプローチをしながらも、時間をかけて商品開発をすることで、自分の友人たちが買えるような価格帯にしたい」。アンリ=クリエイティブ・ディレクターは、「シーズンごとにテーマを変えることはしない。数シーズン後でも時代遅れに見えない、タイムレスな服を作るつもりだ」と付け加えた。

 エディ・スリマン(Hedi Slimane)が「イヴ・サンローラン(YVES SAINT LAURENT)」を率いるに当たり、創業者のファーストネームを外して「サンローラン(SAINT LAURENT)」とした際には、イヴ・サンローランの地位や伝説を踏みにじるような行為だと批判された。今回、「ジャン・パトゥ」を「パトゥ」とすることに、そうした不安はなかったのだろうか。アンリ=クリエイティブ・ディレクターは、「もちろん、そのことについては考えた。しかし私たちは常にジャンのことを話しているので、ブランド名が『パトゥ』となっても、ジャンの精神はいつも共にある。これなら大丈夫だろうと判断した」とその経緯を解説する。

 ブランドを現代的によみがえらせる計画の一環として、店をオープンするより先に、まずウェブサイトを今年中に公開する。また、9月には新生「パトゥ」の魅力を詰め込んだプレゼンテーションを行う予定だ。アンリ=クリエイティブ・ディレクターは、「現代の消費者は“体験”を重視するので、『パトゥ』でも素晴らしい体験を提供したい。今の時代はもう、素敵なジャケットやコートを作るだけでは十分ではなくなっている」とコメントした。