デサントの元社長で7月7日に亡くなった飯田洋三さん(享年92)の「お別れの会」が、9月28日に東京・日比谷の帝国ホテルで行われました。祭壇には、ほおづえをつきながら思案するような表情の遺影が飾られました。
飯田さんは、いわば「危機に対峙するリーダー」でした。デサントが在庫過多で経営危機に直面した1985年、伊藤忠商事から常務として転籍し、粘り強く再生に導きました。社長に就いてからは「アディダス・ショック」による経営危機に陥った同社を決断力と胆力で守り切りました。
デサントは「アディダス(ADIDAS)」の国内ライセンス事業を1998年12月に失います。売上高の4割が一挙に消失する未曾有の事態でした。飯田さんは約400人の希望退職など苦渋のリストラを断行します。同時に収益確保のため「ライセンスでも商標権でも、取り組むに足るブランドとなら契約する」と語り、主に伊藤忠経由で欧米ブランドを次々に導入しました。飯田さんの社長時代から退任後の2000年代半ばまで含め、「アンブロ(UMBRO)」「ノーティカ(NAUTICA)」「テバ(TEVA)」「フットジョイ(FOOTJOY)」「フーブー(FUBU)」「バボラ(BABOLAT)」「ルルレモン(LULULEMON)」など導入ブランドは多岐に渡りました(すでに契約終了したものが多い)。
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